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前職は舞妓
425
きょう
171
三島先生が無事に救出されて、病院で奥さんと赤ちゃんに抱きしめられているニュースをテレビで見た。「……よかった」
自室のベッドで小さく呟くと、胸の奥に詰まっていた冷たい塊が、すーっと溶けていくような感覚があった。
死者からの声を聞くのはいつだって苦しい。けれど、生きている人の「助けて」という声を聞き届けられて、本当によかったと思う。
◇
翌日の放課後。
教室の自分の席でリュックを背負っていると、莉子ちゃんが満面の笑みで駆け寄ってきた。
「渚ちゃん! ニュース見たよ! 行方不明だった先生、無事に助かったんだね!」
「うん、よかったね」
「警察の捜査がすごく迅速だったって!……ねえ、もしかしてまた渚ちゃん、おじさん刑事のお手伝いしてたの?」
今度は疑うような目ではなく、完全に「街の隠れたヒーロー」を見るような尊敬の眼差しだ。
「まさか。私はただの女子高生だって。……あ、でも」
私は机の中から、昨日佐藤さんから「助けてくれて本当にありがとうございました!」と涙ながらに渡された、高級な焼き菓子の詰め合わせを取り出した。
「これ、もらいものなんだけど……みんなで食べる?」
「えっ! すごい、美味しそうなクッキー! 渚ちゃん、もしかして警察からのお給料(?)なの!?」
「まあ、似たようなものかな」
群がってきた女子グループにクッキーを配ると、みんな楽しそうに「美味しい!」と声を弾ませた。
『おいおい渚ちゃん! 俺にもその一番でかいクッキーおくれよー!』
天井の近くで、相変わらず浮遊している男子中学生の幽霊が手を伸ばしてくる。
(あげない。幽霊は物理的に食べられないでしょ)
心の中で冷たく返しながら、私は自分の分として残しておいたチョコチップクッキーをひとつ口に運んだ。甘くて、香ばしくて、ちょっとだけ涙の味がした。
「……あ、また渚ちゃんが空中に向かってジト目を送ってる……」
「クッキー食べてる姿もクールで可愛いね……」
クラスメイトたちの謎の勘違い評価は相変わらずだけど、もう否定するのも面倒だし、これでいいやと思う。
◇
校門を出ると、いつもの場所にあの古くさい黒のセダンが停まっていた。
「……チース。今日も相変わらず煙草臭い。窓開けて」
助手席のドアを開けると、そこにはくたびれたスーツ姿の峯岸さんと、後部座席でニコニコしている佐藤さんの姿があった。
「おう、渚。……三島さんから、直接お礼が言いたいって伝言預かってるぞ」
「ううん、いいよ。無事だったならそれで十分」
「そう言うと思ったよ。……で、今日の捜査協力費だけどな」
峯岸さんがニヤリと不敵な笑みを浮かべ、ダッシュボードを叩いた。
「今日は特別だ。ファミレスの山盛りポテトと、ドリンクバーと、特大のチョコパフェ。それにピザも奢ってやる。佐藤の財布でな」
「えぇッ!? なんで俺の財布なんですか峯岸先輩!?」
「お前が『三島先生を助けたい』って言い出したんだろ! 奢るのが筋だ!」
後部座席で頭を抱える佐藤さんと、悪代官みたいな顔で笑う峯岸さん。
車内を満たすくだらないやり取りと、ほんのり漂う煙草と缶コーヒーの匂い。
車がゆっくりと動き出し、茜色に染まる街並みの中へと溶け込んでいく。
街にはまだ、たくさんの悲しみや未練が溢れている。
お父さんとお母さんの霊には、今日も会えなかった。
だけど、この歪で頼もしいふたりの刑事と一緒にいる限り、私はきっと大丈夫だ。
私は窓の外を眺めながら、小さな声で呟いた。
「……チョコパフェ、いちご乗ってるやつにしてね、佐藤さん」
「もうやけくそです! 一番高いいちごパフェ奢りますよ!!」
車内に広がる笑い声と一緒に、私たちはいつものファミレスへと向かった。
コメント
1件
第20話読み終わったよ〜〜!😭💕 三島先生無事で本当によかった…!渚ちゃんの「生きてる人の助けてを届けられた」って気持ちにじーんときたし、最後のファミレス行く流れ、峯岸さんと佐藤さんの掛け合いがもう最高すぎて笑った😂✨ クッキー配るシーンもクラスメイトの勘違い評価も相変わらずで安心したよ!次も楽しみにしてるね〜!🌸