あぁ、来てしまった。真実を、知るときが。
「ご主人…!春樹さんを連れてきました。」
「春樹。お前には色々酷いことをした。本当に、すまん。」
二人が何を言っているのかも理解できない。僕には、15年という短い人生の中で楓が一番で楓が僕の生きがいなんだ。今現実を突きつけられたら…。
「話を聞いてくれなくてもいい。俺を許さなくてもいい。ただ、楓の思いは受け取ってくれ。」
『…春樹くん。』
楓の声!?いや、きっとアンドロイドの声だ。惑わされるな。
『ええと、元気?今は、11月。冬だし、風邪ひいてない?』
「楓…?」
『なんて声をかけても、春樹くんは私のこともう見てくれないかな。黙っていなくなったのは私だもん。』
楓の声がしたのは、アンドロイドではなく―テレビからだった。
『春樹くん、私の話、聞いてくれる?』
アンドロイドの声とはまた違った楓の声。機会を通しているのにも関わらず、まるで目の前に楓がいるみたいだ。
『私ね、結構重い病気なんだ。』
ドクン、と、心臓の音が大きく脈打った。
『びっくりだよね。私も驚いてる。実を言うと、春樹くんが告白してくれたときにはもう患ってた。』
心臓の音がうるさくて、楓の声が聞こえづらい。こんな心臓、止まってしまえ。
『私も春樹くんが好きだった。付き合って、手を繋いで、デートして、キスして、色々なことがしたかった。だから、告白を受け取ったんだよ。』
楓の眉が下がる。僕は楓の笑っている顔が見たい。叶うなら、僕の隣で、笑ってほしい。
『でも、駄目なんだって。…私、余命宣告されちゃった。残り3ヶ月。』
余命宣告。まだあのときの楓は中学生の少女だというのに。
『3ヶ月っていうと、2月だね。まだまだ人の肌が恋しい季節。春樹くんは平気かな?』
人の心配よりも、することがあるだろ。ねぇ楓。そんな、悲しい顔をしないでよ。
『って、こんな話をするつもりじゃないの。私の余命は3ヶ月。でも、私の代わりの子を圭くんが造ってくれるんだって。』
楓の代わりなんて、そんなのいないだろ…。楓は一人。僕の好きな楓は一人なんだよ…!
『だから、春樹くんはきっと大丈夫。…私の本音を言うと、春樹くんの隣にいるのは私がいい。でも、叶わないから。』
そして、僕は目を見張った。テレビ越しに映っている楓が、泣いていたから。
『やだなぁ。笑って終わろうと思ったのに、涙止まんない。…春樹くん。私、春樹くんのことが一番好き。大好きなの。初めて出会った中学校の春からずっと。あの春が、永遠に続いていたら…!』
「なんで…直接言ってくれないんだよ。僕だって、楓が一番大好きだよ。あの春から、ずっと!!なんでこんな形で…。」
僕たちは声を上げて泣いた。場所も、時間も違うけれど、僕たちは一緒に泣いたんだ。
『動画、まだ撮ってたの?恥ずかしいからカットしてね!?』
目を真っ赤に腫らしながら楓は動画の撮影者に言う。もう動画が終わってしまう。楓と、本当に二度と会えなくなってしまう。そろそろ僕も決心をしなければならない。
『春樹くん、最期にお願いしたいんだ。造ったアンドロイドの「私としての役割」が必要じゃなくなったら、名前を新しくつけてほしい。』
名前を…つける。『楓』に?
『春樹くんならいい名前がつけられると思う。だから、お願い。返事が聞けないのが惜しいなぁ。』
「わかったよ、楓。名前、つけるから。だから、」
『春樹くん。お別れだね。』
…楓には、僕の考えることがわかるらしい。遠く離れていても。
『春樹くん。大好き。私の分まで人生楽しんでね。』
楓は満面の笑みを見せて―プツンと暗闇に切り替わってしまった。
「バイバイ。楓。」
涙はとっくに枯れてしまったはずなのに、僕の目からまた溢れてきた。
「そうだ。『楓』。」
僕は自分の涙には知らない振りをして、楓からのお願いを実行する。
「はい。なんですか?」
「君に、名前をつけるよ。」
「…はい。」
名前は、もう考えてある。考えたと言うか、頭に降りてきた。きっと、楓も「いい名前だね」って言ってくれるはず。
「これから君は『紅葉(もみじ)』だよ。」
「紅葉、ですか?」
「うん。楓と紅葉って、同じ植物だから、見た目や性格が楓と同じな君に合うかなって。嫌かな?」
少し安直過ぎたかもしれない。気に入ってもらえるかな。
「とても、嬉しいです。私は今日から紅葉ですね。」
「楓からのお願いもしっかりやったし、僕はもう帰るよ。時間もかなり遅くなったし。」
気付けば外は真っ暗。当たり前だけど。
「春樹。本当に悪かった。」
「圭はもういいって。これからよそよそしくしないでよ?」
「わかってる。」
そんな会話をして、僕は帰路へついた。
「ご主人。私は、この数ヶ月間で春樹さんに恋心を抱いてしまいました。今、気付いてしまったのです。私はもう、アンドロイドとしては利用できません。解体してください。」
「もう紅葉を利用したりしないから。紅葉の好きなように生きて。」
「ですが…!私は、恋が、片思いがこんなに苦しいだなんて知りません。こんなに苦しい思いをするならば、こんな感情を知らなかったあの春を永遠に生きたいのです。助けてください…。私には、とても辛いのです。」
「紅葉。その感情も大事にしてくれ。生きていく中で、誰かを愛するというのは、大事な感情だから。」
楓。僕、もう大丈夫だよ。やっと前を向いて歩いてる気がする。楓が望んだ永遠の世界もきっと楽しいと思う。でも、僕は思うんだ。
時が進むからこそ世界は美しいんだ。
だから、この世界を歩んでみようと思うよ。
END