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当たり前

5 - 第5話

♥

350

2025年12月01日

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「…及川、」

追ってくる足音が少し遠ざかっていく。

その音が消えた瞬間、胸の奥がぎゅっと潰れたみたいに苦しくなる。


「なんで俺ばっか…」


呟いても誰も答えない。

教室に向かう途中、窓に映った自分の顔が妙にひどい。こんな顔、岩ちゃんや松川、他のみんなに見られたくなかった。けど、もうそんな心配をする必要もないのかもしれない。


関わらないで。

距離を置く。

言われた通りにしなきゃいけない。


それなのに胸のどこかでは、誰かに助けてほしいって甘えた声が消えない。

そんな声を母さんが聞いたら絶対に怒鳴るだろう。

「弱音を吐くな」「無駄な感情はいらない」

今まで何度も聞いてきた。


「…はぁ」


階段の踊り場にしゃがみ込むと、喉の奥が熱くなる。

泣くなよ。

泣くな。

泣いたら負けだ。

泣いたらまた弱くなる。


でも、涙は勝手に滲んでくる。

それを慌てて袖で拭った瞬間――


「及川?」


顔を上げると、真上から影が差していた。

松川だった。


「お前…なんかあったんだろ」


「え、なにも…ないよ、別に」


声が震えてるのは自分でも分かる。

隠せているわけがない。


松川は、黙って俺の隣に腰を下ろした。

何も言わない。

何も聞かない。

ただ隣に座って、じっと待ってるみたいだった。


その沈黙が、逆に怖かった。


「…まっつん、ごめん、ほんとに。しばらく、話せないんだ」


「理由は?」


「言えないよ」


「言えない理由は?」


「だから…!言えないって言ってんじゃん!」


怒鳴った瞬間、後悔が喉の奥を刺した。

松川は眉一つ動かさず、ただ俺を見ていた。


「怒鳴る余裕はあるんだな」


「…違う、そうじゃなくて」


「及川、お前さ」


松川はゆっくりと視線を下げ、俺の震える手に目をやった。


「誰にも頼れねぇみたいな顔すんなよ」


その一言で、呼吸が止まった。


頼れない。

頼ったら壊れる。

母さんにバレたら終わりだ。

俺の世界が全部ひっくり返る。

怖い、怖い、怖い。


でも――


「お前、何があっても俺らのことは巻き込んでいいんだぞ」


松川の声は低くて、落ち着いてて、いつも通りだった。

なのに、胸の奥が激しく揺れた。


「…巻き込んじゃダメなんだよ」


「誰が決めた?」


「母さ…」

言いかけて、口を閉じる。


やばい。

これ以上は、本当にだめだ。


「まっつん、ごめん。ほんとに行かなきゃ」


立ち上がろうとすると、松川は腕を掴んで止めた。

優しい力だった。

逃げようと思えば逃げられる。

それなのに、足は動かなかった。


「及川。お前が今、どんな顔してるか分かってるか?」


「知らないよ」


「泣きそうな顔だよ」


「…っ」


もう、無理かもしれない。

普通を演じるの、そろそろ限界だ。


松川の手が、意外なくらい温かかった。


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