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神ですね!最高すぎです
いますぐ及川さんを抱きしめたくなった
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「…及川、」
追ってくる足音が少し遠ざかっていく。
その音が消えた瞬間、胸の奥がぎゅっと潰れたみたいに苦しくなる。
「なんで俺ばっか…」
呟いても誰も答えない。
教室に向かう途中、窓に映った自分の顔が妙にひどい。こんな顔、岩ちゃんや松川、他のみんなに見られたくなかった。けど、もうそんな心配をする必要もないのかもしれない。
関わらないで。
距離を置く。
言われた通りにしなきゃいけない。
それなのに胸のどこかでは、誰かに助けてほしいって甘えた声が消えない。
そんな声を母さんが聞いたら絶対に怒鳴るだろう。
「弱音を吐くな」「無駄な感情はいらない」
今まで何度も聞いてきた。
「…はぁ」
階段の踊り場にしゃがみ込むと、喉の奥が熱くなる。
泣くなよ。
泣くな。
泣いたら負けだ。
泣いたらまた弱くなる。
でも、涙は勝手に滲んでくる。
それを慌てて袖で拭った瞬間――
「及川?」
顔を上げると、真上から影が差していた。
松川だった。
「お前…なんかあったんだろ」
「え、なにも…ないよ、別に」
声が震えてるのは自分でも分かる。
隠せているわけがない。
松川は、黙って俺の隣に腰を下ろした。
何も言わない。
何も聞かない。
ただ隣に座って、じっと待ってるみたいだった。
その沈黙が、逆に怖かった。
「…まっつん、ごめん、ほんとに。しばらく、話せないんだ」
「理由は?」
「言えないよ」
「言えない理由は?」
「だから…!言えないって言ってんじゃん!」
怒鳴った瞬間、後悔が喉の奥を刺した。
松川は眉一つ動かさず、ただ俺を見ていた。
「怒鳴る余裕はあるんだな」
「…違う、そうじゃなくて」
「及川、お前さ」
松川はゆっくりと視線を下げ、俺の震える手に目をやった。
「誰にも頼れねぇみたいな顔すんなよ」
その一言で、呼吸が止まった。
頼れない。
頼ったら壊れる。
母さんにバレたら終わりだ。
俺の世界が全部ひっくり返る。
怖い、怖い、怖い。
でも――
「お前、何があっても俺らのことは巻き込んでいいんだぞ」
松川の声は低くて、落ち着いてて、いつも通りだった。
なのに、胸の奥が激しく揺れた。
「…巻き込んじゃダメなんだよ」
「誰が決めた?」
「母さ…」
言いかけて、口を閉じる。
やばい。
これ以上は、本当にだめだ。
「まっつん、ごめん。ほんとに行かなきゃ」
立ち上がろうとすると、松川は腕を掴んで止めた。
優しい力だった。
逃げようと思えば逃げられる。
それなのに、足は動かなかった。
「及川。お前が今、どんな顔してるか分かってるか?」
「知らないよ」
「泣きそうな顔だよ」
「…っ」
もう、無理かもしれない。
普通を演じるの、そろそろ限界だ。
松川の手が、意外なくらい温かかった。
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