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「泣いてないよ」
言葉だけは強くしてみても、声は震えていた。
まっつんは俺を見つめたまま手を離さない。
逃げ道を塞ぐみたいじゃなくて、
“ここにいていい”って言われてる感じの掴み方だった。
「及川、無理してんの、バレバレ」
「してない、」
「してんだよ」
短くて、淡々とした言い方なのに、嘘みたいに胸に刺さる。
俺はうつむいて、爪をぎゅっと食い込ませた。
「…まっつん。ほんとに大丈夫だから」
「大丈夫な奴がこんな顔すんのか」
「もうやめてよ」
泣きそうになるのを必死で押しとどめて、
手の甲で目元をこすった。
まっつんはため息をついて、背中をそっと押すように壁に寄りかかった。
「なぁ及川。お前、なんでそんなに一人で抱え込むんだよ」
理由は言えない。
言ったらすべてが壊れる。
母さんの言う通りにしなきゃ。
失敗したらまた怒られる。
もう外に追い出されるのは嫌だ。
岩ちゃんとも距離を置いた。
部活だけは、バレーだけは守りたい。
それだけで精一杯なんだ。
これ以上、誰にも迷惑かけられない。
喉がつまって声が出ない。
その沈黙を松川が読み取ったのか、小さく言った。
「巻き込まれて困るようなことなら、尚更言え」
「…は?」
「お前だけで処理できねぇから、今こうなってんだろ」
「ちが…」
違わない。
本当は全部当たってる。
でも言いたくない。
知られたら俺は壊れる。
そして、たぶん母さんにも壊される。
「まっつん、お願い。もう行って」
「やだ」
「なんで」
「お前がやばいって顔してるから」
「してない!」
「してる」
言い返すたび、心のどこかが崩れていく。
まっつんは少し考え込むように視線を落とし、それから――
「なぁ、及川。お前さ、俺らのこと信用してねぇだろ」
その言葉に胸が跳ねた。
痛かった。
「信用してるよ」
「じゃあ言えよ」
「言えないってば!」
声が上ずって、泣きそうな顔を見られたくなくて俯く。
まっつんがゆっくり近づいて、俺の肩に手を置いた。
その手が、妙に温かかった。
「言えない理由があるのは分かる。でもな、俺らは敵じゃねぇよ」
「……」
「誰に何を言われてんのか知らねぇけど、お前が潰れそうなら止めんのが友達だろ」
その“友達”って言葉が、胸の奥で痛くて、優しくて。
ずっと欲しくて、でもずっと怖かった。
「…やめてよ。そんなこと言わないでよ」
「なんでだよ」
「優しくされたら…崩れるから」
言った瞬間、涙が一粒こぼれた。
止めようとしても次々あふれてくる。
もう隠せない。
普通のふりなんてできなかった。
まっつんは何も言わなかった。
ただ俺が泣き終わるまで――隣に座ってくれていた。
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まっつんー!