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サイド桃
楽屋の雰囲気はいつになく重苦しい。
でも別に喧嘩したわけでも、スタッフに怒られたわけでもない。
まあ言うとすれば、俺の報告のせいかもしれない。
この間、俺は慎太郎に会ってきた。2回目だった。辞めてから、2か月くらいが経っていた気がする。最初訪れたとき、俺はメンバーの中で来るのが一番遅かったらしい。母親も、待っていたと言っていた。
なかなか会いに行けなかったのには理由がある。もちろん忙しかったのもそうだが、それはみんなに当てはまる。
自分に会ってどういう反応をするのかが、怖かった。
メンバーは「顔と名前はまだわかる」と言っていたが、それでも俺はわからなかったらどうしよう、と怖かった。
でも会いたい。
樹が、「きっと慎太郎も会いたいよ。待ってるよ」と声掛けしてくれて、やっと尋ねることができた。
名前も一度だけ呼んでくれて、元気そうだった。
でも。
2回目に行ったときは、少なからずショックを受けた。
母親は変わらない様子だった。
リビングでテレビを見ていた慎太郎に「久しぶり」と話しかけてみると、
「……誰…?」
小さな声で、訊いた。
その瞳は、見知らぬ訪問者に怯えていた。
母親は振り返って、「え…前、松村さんが来てくださったときは名前言えてたんですけど…」
動揺していた。
「慎太郎、メンバーの京本さんよ。京本大我さん」
正確には元メンバー、なのだが。
「俺だよ。…きょも」
いつも彼に呼ばれていたあだ名を口にしても、反応は変わらなかった。
慎太郎は何も悪くない。なのに、泣きたい気持ちだった。
そのことをさっきメンバーに話したところ、みんなも初耳だったらしくものすごくショックを受けた。そしてみんな黙り込んでしまったわけだ。
樹「……まあいつかはそうなるって覚悟してたことだけどね」
ジェシー「もう会いにいけない…?」
高地「ううん、きっとそんなことない。大丈夫」
高地はジェシーの背中に手を回し、言う。
北斗「…曲とか聴いてもわかんないかな」
「多分…」
北斗はため息をつく。
「でも…俺は聴かせてあげたい」
今はちょうど、次のシングルを録っているところだ。
樹「そうだな。シングルが完成したら持ってこうか」
「うん」
「うーん、そういう声じゃないかな」
ディレクターが首を捻る。
カップリング曲のレコーディングをしているが、伝えられたイメージと違ったようだ。
「もう少し明るい声で。表題曲の感じを引きずってると思う」
「はい、すいません」
意識的に唇の端を上げ、声を出す。やっとディレクターはオーケーを出してくれた。
「やっぱり森本さんがいないとちょっと今までより物足りないですね…。あのキャラメルボイスが良い味だったんですけど」
「ですよね。ほんと、残念です」
悲しそうに聞こえてしまったのか、彼は慌てて手で制す。
「今ももちろんいいですよ。みなさんでしっかりカバーして」
「……でもやっぱ足りないんです。一音ないんです」
「え?」
突然発した訳のわからない言葉に、ディレクターが訊き返す。
「僕らは6つの音で構成されてるんです。シックス、トーンズだから」
「ああ、それは知っています」
「だから1音でも欠けたら、僕らの音楽じゃありません」
「でも…しょうがないと思いますけど…」
「そうですよね。それで、どうしようかと悩んでるんです」
沈黙が訪れる。
「だから…僕が持ってる音をすべて出せるように、全身全霊をかけて歌います」
力強くうなずいてくれた。
樹「昨日、CD渡しに慎太郎のとこ行ってきたよ」
楽屋で集まったとき、樹が言った。代表して持っていくことは、慎太郎を除いたグループラインで連絡を取り、決めていた。
ジェシー「どんな感じだった?」
樹「まあ相変わらず…。元気かって訊いても『うん』だけだし、挨拶くらいしか。たぶん慎太郎の中では俺らは知らない人になっちゃった」
北斗「マジか…」
高地「もうこのままずっと、思い出せないままなのかな」
樹「…自然な流れだと思おうよ。そうじゃないと俺らまで壊れちゃう」
「だね」
すると、誰ものものだかスマホに着信があった。
ジェシー「え? グループラインなんだけど」
北斗「誰か送った?」
「いや…」
樹「え⁉ 慎太郎じゃん」
みんなは刮目する。俺も、画面を二度見した。
確かに通知のところのアイコンは、慎太郎のものだった。まだ携帯はあるそうで、グループラインから消すのも嫌でずっと残していた。
ラインを開き、確認する。そこには、こう書いてあった。
『わたしてくれたきょく、ききました。
すごくいいきょくばかりで、たのしいです。
またききたいです。』
色々驚きすぎて、言葉が出てこない。
ジェシー「え…聴いてくれたんだ」
高地「うそ…」
樹「やっぱ操作方法とか忘れちゃったのかな…」
だから全て平仮名なのだろう。
「でも連絡できたっていうだけでもすごいじゃん」
すると、また着信音が鳴る。
が、文面は先ほどのものと違っていた。
『慎太郎の母です。
先程は急に連絡してしまい、すみません。
いただいたCDを聴かせたところ、嬉しそうに感想を話すので、グループラインで伝えてみてはと言いました。
やはり操作は難しいそうで、拙い文章になっていると思います。
でも本当に楽しそうで、とても笑顔でした。
あんな明るい笑顔を見せたのは久しぶりな気がします。
私も聴いて、とても素敵な曲だと感じました。
これからも頑張ってください。応援しています。』
胸がじんわりと熱くなる感覚があった。
みんながそれぞれ、親子からの言葉を噛み締めていた。
ジェシー「嬉しいね…」
北斗「うん」
樹「ほんとに良かった」
高地「そうだね」
気づいたら、頬を涙が伝っていた。
「えっきょも」
驚いた声を出したのは樹だ。
ジェシー「ええ、どうしたの大我?」
高地「なんで泣いてるの」
「ごめん、嬉しくて…」
高地「うん…心込めて歌ったもんね」
ジェシー「心どころじゃないよね。きっと魂とか全部込めたんだよね」
いつになく優しいジェシーの声に、また涙があふれる。
ディレクターに声が違うとは言われながらも、その後は曲のイメージを大切にし、自分のありのままの感情を歌声に乗せた。
全身全霊をかけて歌う、というのを有言実行できた気がする。
樹「これでこそ歌の醍醐味だよね。人の心を動かせる」
北斗「俺らの心まで動いちゃってるんだから、すごいね」
「…うん」
頑張って良かった。
ちゃんと慎太郎まで届いた。
音が一つ足りないなんてことない。
その1音を心にしまって歌うなら、奏でる音は6つある。
だから大丈夫。
これからも頑張るから、見ていて。
終わり