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サイド黒
耳をつんざくような甲高いブレーキの音。
視界を埋めるまばゆいヘッドライトの明かり。
目の前が真っ白になる。
雷に打たれたように身体中に衝撃が広がった。
「っはあ、はぁ…」
急に目が覚める。気がつくと、僕は頭を抱えてベッドに寝転がっていた。
カーテンの隙間から日光が降り注いでいる。もう朝だ。
「ああ…、夢か…」
何度も見た夢だ。しかし慣れない。でも本当は、夢ではなく現実にあったこと。
思い出してまた怖くなり、足をぎゅっと握る。だが痛くもかゆくもない。触られている感触もない。
いつも通りに。
あの夢は、僕が3年前に体験したことだ。
大学から帰る途中だった。
道を歩いていたら、トラックにぶつかられた。幸い轢かれたのは自分ひとりだったそうだ。
その後病院に搬送され、検査を受けた。
脊髄損傷。そう診断された。
つまり、へそから下の感覚がないから、もう一生歩けない。そこから僕の車いす生活は始まった。
当時はほとんど誰とも口を利かなくなり、ふさぎ込んでいたらしい。でも段々慣れてきて、徐々に以前の自分を取り戻していった。
その中で助けになったのが、高校からの友達、ジェシーだ。アメリカ人とのハーフで底抜けに明るい彼は、最初は陰気な自分とは仲良くならないタイプだと思っていた。でも彼から話しかけられるうちに打ち解け、今では一番の仲良しだ。
事故にあったときもその後も、ずっと一緒にいてくれた。親友以上の存在なのかもしれない。
今日はそんなジェシーと、出かける約束をしている。会社以外はあまり出向かない僕をいろんなところに連れて行こうと、よくお出かけの誘いをしてくる。楽しいし、リフレッシュにもなるから大体断る理由はない。
と、スマホが着信音を奏でた。ジェシーからメールが届いていた。
『北斗おはよう! 今日は楽しみだねー! ちゃんと9時にそっち行くよー』
かなりの確率で語尾に伸ばし棒をつけがちなのは、彼の癖。
よろしく、と返信を打ち、支度を始めた。
チャイムの音がし、ジェシーが訪れたのはちょうど出ようかと思っていたところだった。
「おはよ。来てくれてありがとな」
「ううん。じゃあ行こっ」
いつもの彼の車に乗せてもらう。車いすは後部座席。
「で、どこ行く?」
始まるまで全く無計画なのも、普段のことだ。
「どこでもいいよ」
「AHA、またそれ~? 」
ジェシーと一緒なら、という言葉は胸の内に隠しておく。
「じゃあららぽーと行こ」
どこでもいいと言うのも毎回のことだが、ららぽーとも僕らのお出かけの定番スポットだ。
車内では陽気な音楽がかかっている。きっとジェシーの好きな曲だろう。
「この曲、誰」
「えー北斗知らないの? ジャスティンビーバーだよ。これ新曲!」
「ふうん」
リズムに乗せて歌うジェシー。でもなぜか上手い。それが憎めない。歌手になればいいのに、って思う。
「とうちゃーく!」
終始同じテンションのままで目的地に着く。車いすを出してもらい、移乗する。
休日も相まって、ショッピングに来る人でいっぱいだ。家族連れも多い。
「とりあえずカフェ行かない?」
カフェ大好き人間の最初の一言は、これ。
「いいよ。好きなとこ選んで」
そして1軒のコーヒーショップに入った。2人用のテーブル席の椅子を退けてもらい、ジェシーと向かい合う。
注文を聞きに来たウェイターに伝える。「ブレンドコーヒーのブラックで」
特にこだわりはないから、一番大きく写真が載っているものにした。
「えーっと、アメリカン。あ、ブラック」
取って付けたような『ブラック』が少し不釣り合いで、笑いがこぼれる。
「お前、ブラックなんて飲んでないよな?」
「だってたまには飲みたいもん。得意じゃないけどさ」
「じゃあ何で飲むんだよ笑」
「まあいいじゃん。苦かったらミルク入れればいいんだから」
にっこり笑って当たり前の理屈を言う。
しばらくして、二人分のカップが運ばれてくる。
「……うん、うま」
淹れたての熱さが、美味しさを引き立てている。
一方ジェシーは、「熱いなー。…うお、ちょっとにげえ」と口を曲げてミルクを手に取る。
ちょっとくらい我慢してみたらどうかと思うが、苦いのが無理なのも少しかわいらしい。
「次どこ行く?」
ジェシーが訊いてくる。行きたいところはあるか、という意味も含まれるニュアンスだ。
「あー、俺服見たい。好きなブランドの新作チェックしたくて」
服が好きなのは、昔からだ。この身体になっても、やはりファッションは楽しみたいもの。
「オッケー」
そしてそれぞれカップを飲み干し、席を立つ。
何回かあの店には行っているから、何となく場所はわかる。「確かこっちだったはず」
「うん。人多いから気を付けてね」
たまに人とぶつかることもあるので、要注意だ。
すると、案の定、黄色い風船を持った男の子がこちらに向かって駆けてくる。避けようとハンドリムを操作しようとしたが、その瞬間、
「なにこれ!」
指をさして言う。その指先は、あからさまに僕の車いすに向かっていた。
周りに親らしき大人はいない。
好奇心に満ちた目で僕の『足』を見たあと、走り去っていく。
一瞬の出来事だった。表情を変える余裕すらなかった。
「北斗…」
手を止めてしまった僕にジェシーが声を掛けるが、まるで聞こえない。心臓が早鐘を打っている。
「北斗、ちょっと端寄ろうか」
グリップを握られ、半強制的に人のいない通路の端まで移動させられる。
「大丈夫?」
ジェシーはしゃがみ、視線を僕と合わせる。
別に大丈夫といえば大丈夫だ。でも返答ができない。
「嫌だよね。傷ついちゃうよね」
優しく言う。それでやっと、口が開く。
「…わかってる。子どもだから、きっとわざと言ったんじゃない。たぶん、車いすは見たことないんだよ。小さいから」
子どもはもともと好きじゃない。すぐ泣くし、面倒はかかるし、言動や行動は不可解だから。
「うん…。でも大人が誰もいなかったよね。何してるんだろう」
たまたま近くにいなかっただけかもしれないし、自分たちがわからなかっただけかもしれない。そう考えればいいのに、僕は負の思考を止められなくなった。
「だけど、あんな純粋無垢な瞳だと余計に辛いんだよね。何も知らないからこそ、何でも言える。まあこれから色々知ってくんだろうけどさ」
どうにもならない怒りで、泣きそうになってくる。
「子どもだから、って片付けていいものなのかな? それは違う気が――」
「北斗、北斗」
名前を呼ばれ、言葉が切れる。
「一旦車戻ろうか、ね。もう喋らない」
またやや強制的に車いすが押されていく。
「気にしすぎもよくないよ。そんなことしてたら楽しめない」
髪をわしゃわしゃっと撫でまわされる。慰めるときはいつもこうだ。
でも、その慰めも今は効かない。
やり場のない憤りを誤ってジェシーにぶつけないよう、口を閉ざした。
続く
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