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シャロムが三人を背中に乗せ、森の中を木々にぶつかることもなく、風のように森を駆け抜ける。シャブランの森は非常に広いため、どこに何があるかを知らずに探すのでは半日以上かかってしまうところが、彼のひとっ走りであっという間に目的の場所へ辿り着く。必要なものが揃っていると彼が話すのは、大きな湖だった。
『着いたぞ、プシュケイ湖だ。理屈は分からんが、魔力を帯びた水が底から湧き続けていて、渇くのもまだ随分と先になる。他にも湖はあるから、欲しければ必要な分だけ持っていけ。あの飛空艇とやらを動かすのに十分なはずだ』
ヒルデガルドは、シャロムの背中から降りたあと、話を聞きながら水に手を触れる。自分の魔力を流してみると、含んだ魔力が反発するように淡く白い輝きを波打たせた。以前に訪れたときには来たことのない湖に、強い興味を示す。
「……ほお、これは面白い。シャブランの森を満たす大気の影響かもしれないな。もしかしたら、動力源として以外にも使い道が多くあるかもしない」
「ヒルデガルド様、研究熱心なのはよろしいのですが」
コホン、とティオネが咳払いをする。
「わたくしたちが最優先にすべきは、飛空艇の電力供給を安定させるための動力源を確保することですわ。調べるのは次の機会にしてもらって、まずは、この水をどうやって運ぶかを考えましょう。ただ凍らせるだけでは、とても運べませんわよ」
シャロムが連れてきた湖は、飛空艇のある場所からかなり遠く、凍らせて運ぶにも時間が掛かり過ぎて、到着するまでに溶けてしまうし、なにり徒歩だと何時間もかかる。往復となれば、一日掛かりだ。森自体には野生動物も棲息しているため危険も伴うので、確実に、安全に飛空艇まで運搬する何かが必要だとティオネは説明する。
もちろん、ヒルデガルドもよく理解している。せっかく使えそうな資源を見つけたにも関わらず、目の前で指をくわえるだけではいられない。ポータルを開いたとして長時間は彼女でも負担になるし、なにより人員を確保したところで帰り道が徒歩では氷が解けてしまう。冒険者たちも傷ついた者ばかりで、手伝わせるのは無理があった。
『では俺が手伝おう』
シャロムが自信たっぷりに牙を見せた。
『必要な分を凍らせてくれれば、俺が飛空艇の近くまで運ぼう。溶けたり汚れたりしないよう、運ぶ間の保護結界はお前たちに任せる。それでどうだ?』
ティオネがぱちんと指を鳴らして彼を指す。
「素晴らしい案ですわ、わんちゃん!」
『わんちゃん……?』
「それなら確実に誰も疲れず運べますわね!」
『……わんちゃん。ふう、まあ、それで構わぬ』
よくもまあ物怖じせず堂々としていられるものだと、思わず呆れた。もしシャロムが簡単に怒りを覚えるような魔物だったなら、彼女はとっくに上半身が胃袋の中を住まいにしたことだろう。
「ありがたい、シャロム。さっそく頼むとしよう。既に電力の供給は二日分の蓄えがあるし、三日目の分だけあれば、また私たちで電力も供給できる。場所が分かっている以上、救援も遅くないだろうから、少なくても問題ない」
と、言いつつも、結果的にはかなり巨大な氷塊を作った。多分に魔力を含んだ水ではあるが、飛空艇にいる人間が『電力の節約』といった概念など持ち合わせているはずがない、とティオネに言われたからだ。
いかに説得を試みたところで貴族たちが従うとは思えず──というより、仮にヒルデガルドが忠告をしたとしても、生活習慣はそう変えられないので──やや過分にでも持ち帰るべきだと提言されると、すぐに納得した。
「シャロムさんの三倍くらいの大きさだけど大丈夫?」
「うむ、運べることは運べるだろうが……」
みあげてヒルデガルドも頭を掻く。
「流石に、ある程度の大きさに切ったほうが良さそうだ。でないと森を切り拓くことになってしまう。……別に開拓がしたいわけではないし」
試行錯誤を重ね、シャロムと同程度の大きさにカットしたあと、ぶつかったりして削れたりしないよう保護の結界を張り、ヒルデガルドが光の縄で縛ったら、彼の身体に括りつけて牽引の準備は完了だ。
「よし、シャロム。試しに走って──」
言い切るより速くシャロムが走りだす。勢いに任せて引っ張られたいくつかの氷塊のひとつがヒルデガルドを直撃して湖に吹き飛ばされてしまった。
『あっ、すまん。生きてるかね、ヒルデガルドよ』
湖からざぶんと顔を出して、彼女はじろっと苛立った視線を投げた。
「……不死身なのを今ほど感謝した瞬間はない」
「だ、大丈夫、ヒルデガルド!?」
「問題ないよ、イーリス。君こそ無事で良かった」
危険だとわかって咄嗟に突き飛ばされたイーリスは、その場に転んで難を逃れていた。彼女がかすり傷ひとつしてないので、ホッとして笑みがこぼれる。
『すまん。だが、これなら問題なさそうだ』
「そうでなければ困る。……というか、ティオネは?」
まさか自分と同様に吹き飛ばされてしまったのでは、と慌てて湖からあがる。氷塊の一撃など普通の人間が喰らったらひとたまりもない。だが、シャロムは首を横にふって、『大丈夫だ』と答えた。
彼女は、自分に手伝えることがないと分かると、「食べられそうな木の実を集めてきますわ!」と、楽な服とはいえそれなりに高価なドレスのまま野生児の如く森の中へ消えたという。ヒルデガルドが大きなため息をつく。
「まったく、準備も出来たというのに。ちょっと探してくるよ」