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森の中を歩き回るのは危険だが、ティオネならば並の冒険者よりはずっと強い。心配するほどのことはないが、飛空艇にそろそろ戻ろうかというときにいないのは困る。シャロムが『俺が探そうか』と言ったが、ヒルデガルドは遠慮した。


「大丈夫だ、ティオネがどこにいるのかなんてすぐに分かる」


竜翡翠の杖を出して、石突でとんと地面を叩く。ふわっと舞った葉っぱ一枚が、ひらひらと森の中を進んでいくのを追いかけた。


歩いたのはたった数分だ。湖から少しだけ離れたところで、彼女は両腕いっぱいに果物を抱えている。シャブランの森の豊かさに、鼻歌が聞こえてきた。


「ティオネ。戻るぞ、出発の準備ができた」


「あっ、ヒルデガルド様。もう終わったのですね!」


「無事にな。……良い匂いだ」


「ええ! 実はあちらの方が手伝ってくださったのです!」


振り返った先には誰もいない。ティオネが不思議がって首を傾げた。「本当にいたんですよ?」と、戸惑いを隠せないで、少し慌てている。


「疲れてるんじゃないのか? なんの気配もしないが」


「いえ、本当にいたのです。長い黒髪の綺麗な女性でしたわ」


「そんな馬鹿な。こんな広い森にたった一人で?」


とても嘘をついているようにも見えず、ヒルデガルドが気配を探ってみるも、魔力はちっとも反応をみせない。痕跡すら感じ取れず、ただ疲れていただけではないのか、と尋ね直してみても、やはりティオネは首を横に振った。


「まあいい、先に戻っててくれ。私はもう少し調べてみる」


「ありがとうございます、ヒルデガルド様」


「うん? 突然どうした。礼を言われるようなことはしてないが」


それはもう、快晴のように微笑んでティオネは「信じて下さったので」と答えて、イーリスたちのもとへ帰っていく。


普通なら誰も信じない。ただの幻覚だと言い切って踵を返したことだろう。ヒルデガルドは、むしろ誰かがいたに違いないと強く信じていた。それが彼女にとっては極めて普通のことなのだが、嬉しかったのだ。


「……はて。変わった奴だな」


何をどう思われたのかヒルデガルドは分からないまま、周囲を自身の魔力で満たす。もし気配や魔力の残滓がなくとも、範囲内に何がいるかを正確に把握できる。広範囲の索敵は、過去に何度救われたか分からない技術だ。


もし彼女の魔力の範囲から逃れようとするのなら、相応の手段が必要になる。同等以上の魔力放出による相殺。それが条件だが、そうなれば、今度は魔力の残滓を辿って、彼女は獲物を狙う肉食動物のように執拗に追いかけ回す。そうなれば逃げ隠れする意味もなく──何者かが彼女の背後で強い殺気を放った。


「相変わらず、実《げ》に下らんのう、ヒルデガルド」


背後には女が立っていた。腰よりやや長く伸びた黒髪。頭部には、空へ昇る雷のように歪な形をして天を衝く、鋭くて太い角が伸びている。明らかに人間ではなく、ヒルデガルドは女の琥珀色の縦長の瞳から放たれる〝強さ〟に覚えがあった。


「なぜ君が生きている?」


「殺したと思うたか」


女がにやっと笑う。ヒルデガルドが瞬きするよりも早く、女はすぐ傍までやってきて、さらっとした頬を指でなぞるように触れた。


「……やはりぬしは特別じゃのう、実に美しき賢者よな。儂の血で作った杖の使い心地はどうじゃ、さぞ役に立っておるように見えるが」


「なんのつもりでティオネに近づいた?」


ヒルデガルドは女に強い嫌悪感を示す。


「そう怒るでない。儂が食べようとしとった果物を欲しがるんで、くれてやっただけじゃ。なにしろこの森は食糧が豊富なのでのう」


ぎろりと見えた鋭い牙が、きらっと輝く。微動だにしないヒルデガルドの首に手を回し、女は嬉しそうに目を細めながら──。


「またぬしとは殺し合ってみたいものじゃ、あの皮膚を切り裂かれる感触……。忘れはせぬ、あの屈辱……。と、いうのも今や昔の話ではあるが」


また瞬時に距離を取って、倒れた木の上で膝を立てた。


「五年も経てば変わるものじゃのう」


「最初の質問に戻るが、なぜ君が生きているんだ」


強く睨みつけ、敵意をむき出しにする。ヒルデガルドにとっては忌々しい相手。杖を握る手に緊張感が走った。


「イルネス・ヴァーミリオン。君は確かに、五年前、クレイがトドメを刺したはずだ。……三度目だぞ、なぜ君が生きていると聞いている」


魔王イルネス・ヴァーミリオン。魔物の中でも頂点とされるドラゴンのデミゴッド。間違いなく討伐したはずの強敵と同じ魔力、いや、言動でさえも、まさしくかつて戦った魔王そのもの。だが幸いにも、今の彼女からは当時ほどの勢いを感じられない。もし何か企んでいるのなら、ヒルデガルドは即座に、森を吹き飛ばしてでも殺す覚悟があった。額には冷たい汗が浮かぶ。


「そう怖い顔をするな。誰かが儂を生き返らせた。それだけのことじゃ。どこの誰が、とまでは知らんがな。目的も、何も。しかし安堵せよ。ぬしらに受けた傷のおかげで、儂はずいぶん弱くなってしもうたからのう」


突然、イルネスの口から、桶をひっくり返したような勢いで血が流れる。思わずヒルデガルドも「大丈夫か?」と声をかけてしまうほどだった。


彼女はへらへらと笑い、手を振った。


「気にするな、この森に長居しておるせいじゃ。ぬしらがロードと名付けた階級の魔物と比べれば大したことはない。定期的にちょっと血を吐くだけ──」


またしても血を吐きだしたので、さすがに困ったように口もとを拭って、ひょいと倒木から降りた。


「話はまた今度じゃ。せっかくばあやから貰った儂好みの服がどろどろになってしもうたから、さっさと帰って洗濯をせねばならぬ」


「はっ? ばあやとは誰の話だ。というか帰って洗濯?」


薄黒のシャツとパンツに、しっかりと赤黒い血が染みてしまったせいで、イルネスが不快感を示す。べたべたとしていて心底気持ち悪いのだ。


「まあ、ぬしとは積もる話もある。今さらではあるが……うむ、それはまた次の機会に話そう。会えてよかった、ではいずれ」


目に留まらぬ速さで姿を消したイルネスの気配は、もうどこにもない。ヒルデガルドは杖を下ろすと、話していただけで疲れて、長い息をもらす。


「……いったいどうなってるんだ?」

大賢者ヒルデガルドの気侭な革命譚

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