テラーノベル
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夢主の設定
・名前:朝比奈綾芽(あさひな あやめ)
・商家の娘
・時透兄弟の1つ年上
思い出の味
刀鍛冶の里での戦いで記憶を取り戻した僕は、ある場所へと足を運んだ。
両親が健在で、杣人をしていた父と、切った木を運び町へと下りる日が定期的にあった頃。
木材を売ったその後、毎回立ち寄る店の娘と仲良くなった。
“綾芽”というその女の子は、町でいちばん大きな商家の娘で、いつも綺麗な身なりをしていた。
『あ!有一郎くん、無一郎くん!』
ぱっと明るい笑顔を向けてくれて、嬉しかったのを覚えてる。
兄の有一郎は、普段見たことないような赤い顔をして綾芽と話をしていた。
今思い返せば、兄さんは彼女に恋をしていたのかもしれない。
綾芽は、山から時々下りてくる僕たちに、いつも珍しいお菓子をお土産に持たせてくれた。
金平糖、カステラ、ビスケット……。
透き通る金魚の飴細工をもらって、食べるのが勿体なくてずっと家に飾ってた兄さんの分を、僕が食べてしまって烈火の如く怒って大泣きされたこともあったな。
両親が死んで、僕たち2人だけで山を下りるようになった時も、綾芽は変わらず笑顔で出迎えてくれた。
兄さんとはあまり口を聞かなくなって息苦しい思いをしていたけれど、綾芽と話している間は兄さんも笑顔を取り戻して、僕も心が軽くなった。
“あの夜”。
鬼に襲われ戦って家に戻り、片腕を失い死んでいく兄さんと、泣きながら兄の手を握って力尽きてしまった僕。
あまね様に助けていただいて産屋敷邸に保護され、僕は記憶を閉ざした。
先日の戦いで記憶が戻ったことで、綾芽に会いに行こうと思ったんだ。
家族と同じくらい、忘れちゃいけない相手だったのに。
元気にしてるかな。
僕が14になったんだ。綾芽は15の歳だ。
元々整った顔立ちをしていたから、きっと更に綺麗になっているんだろうな。
ひょっとしたら、お見合いとか縁談とかあって、もう結婚相手が決まっているかもしれない。
少し変わった町の風景。
綾芽の店が近付くにつれ、緊張で鼓動が速く大きくなる。
ここだ。
久し振りだなあ。
綾芽…いるかな……。
『いらっしゃいませ………あっ…!』
懐かしい声が聞こえてそちらを向くと、綺麗なお嬢さんが驚いた顔をして立っていた。
『ひょっとして、無一郎くん……?』
「あやめ…?」
お互いそっと近付く。
たった2年とか3年会っていなかっただけで、こんなに綺麗になるなんて。
身長は僕のほうが高くなっていた。
ほんの少し、綾芽が僕を見上げるような感じだ。
その大きな瞳から、ぽろぽろと涙が零れ落ちた。
「あっ、綾芽!?どうしたの?」
『無一郎くん…会いたかった……』
そう言ってぎゅっと僕を抱き締めてくれた綾芽。
柔らかな身体。髪の毛の甘い香り。
懐かしくてあったかくて、思わず僕の目からも涙が零れて頬を伝う。
とりあえず、お店の裏の住居に案内されてお邪魔する。
『…ごめんね、感極まっちゃった』
お茶とお菓子を持ってきてくれた綾芽が、まだ潤んだ瞳でにっこり笑う。
「ううん。僕も嬉しかった。……その…ごめん。僕、最近自分のこと思い出して…。家族のことも、綾芽のことも忘れちゃってたんだ……」
有一郎が死んだことも言うべきだよな……。
でも絶対悲しませる。
『…うん、知ってる。鬼殺隊の当主の方の奥様が訪ねてきてくださったの。全部…聞いたわ。有一郎くんが亡くなったことも、無一郎くんが保護されたことも、記憶を失くしてしまったことも。それから、たくさん鍛錬して柱にまで上り詰めたことも』
ああ、全部知ってたんだ。
『…無一郎くん……いちばんつらい時に、傍にいられなくてごめんね』
綾芽は僕の手をぎゅっと握ってくれた。
涙を流しながら話す彼女を見て、僕もつられて泣いてしまう。
『思い出せてよかったね。また会えてほんとに嬉しい。今日はこの後時間あるの?』
「…っ。うん、今日はお休みもらったんだ」
『そっか、よかった。父様と母様にお店の番任せてきたから、ゆっくりお話しよう』
それから僕たちはたくさん話をした。
時折、綾芽が差し出してくれたハンカチで涙を拭いながら。
思い出話や、苦労した話、綾芽が一度に10人もの人から交際を申し込まれた話、僕が記憶を取り戻すきっかけをくれた隊士の話……。
「…兄さんは、多分、綾芽のことが好きだったと思う」
『うん。有一郎くん、私を好きだって言ってくれた』
「えっ!そうなの? 」
『うん、町に下りてきた時に、お手紙くれてね。嬉しかったなあ……』
知らなかった。兄さん、ちゃんと綾芽に気持ちを伝えてたんだ。
『あとね…、……無一郎くん、ちょっと待ってて』
「?うん。わかった」
綾芽は台所のほうに姿を消して、すぐに戻ってきた。
手には小皿の乗ったお盆を持って。
『…これ、食べてくれる?』
「!!」
僕の大好きなふろふき大根だ。
「…いただきます……」
箸でひと口大に切って、口に運ぶ。
…この味……!
一気に視界がぼやけて、涙が溢れて止まらなくなる。
「…うっ…なんで……?これ、兄さんの味だ……」
『有一郎くんがね、お手紙に書いててくれたの。
万が一、自分に何かあったら無一郎を頼む、って。無一郎が大好きなふろふき大根を作ってやってほしい、って。調味料の分量から、火を通す時間まで細かく書いてくれてて。…あまね様から無一郎くんのこと聞いてたけど、いつか記憶が戻って会える日があったらと思って、毎日欠かさず作っておいたの』
そうだったんだ。
兄さん……兄さん………!
こんなところでこの味を体験できるなんて思ってなかった。
僕の大好きな、兄さんのふろふき大根の味。
「…っ。うぅっ…おいしい……!ほんとにおいしい…っ!…うっ……」
『よかった。やっと無一郎くんに食べてもらえた……』
嗚咽を漏らしながらふろふき大根を食べる僕の背中を、綾芽も頬を濡らしながら優しくさすってくれた。
しばらく2人で泣いて、ようやく涙が止まった。
「…綾芽、ありがとう。もう大丈夫だよ」
『ううん。よかった 』
壁に掛けられた鏡に映る僕たちは、2人とも目と鼻が真っ赤になっていた。
『ふふ。すごい顔ね』
「ほんとだ」
可笑しくて顔を見合わせて笑う。
「…そろそろ帰らなくちゃ」
『そうよね……。無一郎くん、また来てね』
「うん、また来るよ。綾芽が作ってくれたふろふき大根食べに来るね」
『うん、待ってる』
玄関を出る前に、僕たちはどちらからともなく、もう一度お互いを抱き締め合った。
兄さんの分まで綾芽を守る。
兄さんにとっての好きとは違うかもしれないけど、僕も綾芽が大好きだから。
みんなの幸せを守る。
鬼を倒して、みんなが笑顔で暮せる世の中を作るんだ。
綾芽は別れ際に、以前と同じように珍しいお菓子をたくさんお土産に持たせてくれた。
仲間の皆さんと食べてねって。
僕は何度も振り返りながら、綾芽に手を振って帰路についた。
彼女も、ずっと手を振り見送ってくれた。僕の姿が見えなくなるまで。
終わり
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