深澤side
目黒が阿部を連れていった。それに続き、俺も足を進める。
意識的と言うよりかは無意識だった。
勝手に足が進んでいる。
そんな感じ。
目黒がこれから阿部を連れていく場所は分からない。
けれど、怒っていることは確かだ。
目黒は阿部のことがすごい好きだと、前に聞いたことがある。
まあ、ウワサでしかないが……
本当か嘘か分からない事を人間というものは言うのだから。
阿部も、そんなところに嫌気が差したのかもしれない。
「ふっか…!」
「助けてよ…!」
阿部ちゃんが何回も何回も助けてと繰り返す。
それでも、俺は助けられない。
阿部に、本当の気持ちを聞くまでは……
「ここ……」
目黒が連れて来た所は、小さな公園だった。
ここは、俺も知っている。
小学生の頃、よく遊んだ。
ここら辺の小学生は、大体が知っている公園で、昼間は、ちびっ子達で賑わっている。
その公園が、夜だからなのか少し不気味に思えた。
「阿部ちゃん。」
目黒が口を開く。
「この公園、知って…!?」
目黒が目を見開く。
阿部の方を見て。
俺もつられて阿部の方を見ると、
「……」
静かに、音1つ立てず、いつもの阿部の顔のまま、
綺麗で、透き通った滴を流していた。
俺は、ハッと息を呑んだ。
あまりにも、美しくて、
見とれていた。
「どうしたの…?」
最初に口を開いたのは目黒。
落ち着く低い声で問いかける。
「おれっ……」
枯れることなく流れ続けている滴のせいで上手く話せない阿部。
「うん……」
それでも、2人で見守る。
阿部の答えが出るまで…
「母さんとっ…よくここで…遊んでて…」
落ち着いたのか、少し途切れ途切れになりながらも、一生懸命話してくれる。
「でも…母さんは…ある日を境に…急に変わって…」
阿部の話はこうだった。
阿部の母親は阿部が小さい頃は優しくて、綺麗で、自慢の母親だった。
でも、ある日を境に性格が豹変した。
それと同時に父親を見なくなった。
小さい頃は状況が分からなくて、母親に殴られて、泣いて、蹴られて、泣いて。
その繰り返しだった。
そんな時、唯一の逃げ場が自分の部屋だった。
パタリといなくなった父親が唯一残してくれたものだそう。
そこに逃げ込むようになった阿部は、毎日毎日部屋に鍵を掛けて母親から逃げていた。
母親は、朝と昼はスーパーのパートで夜になると、化粧を直し、着飾り、水商売の仕事に出かける。
阿部は、そんな人生を10年以上続けてきた。
阿部の、そんな人生を変えてくれたのが勉強だった
逃げ場となっていた部屋で、怖い思いを打ち消すために始めたものだった。
中学校まで、勉強に散々打ち込んできた。
勉強が得意だから威張ってるとか、そんな声もたくさん耳にしてきた。
それでも、母親の暴力よりはマシだった。
阿部は、何も聞こえないフリをして生活を続けた。
そして、この高校に入ってから、急に息苦しくなった。
「中学では、周りをあんま見てこなかった。」
「けど、高校に入ってから、1人暮しを始めて、心に余裕が出来た。」
そう話す阿部の目には、また、うっすらと光るものが見えた。
「余裕が出来たから、周りを見るようになった。」
「そしたら、みんな楽しそうに今日の放課後の話とか、部活の話とか、たくさんしていた。」
「俺も、会話に混ざりたかった。」
「でも、そういう会話をしている連中の中には、俺をよく思ってないやつがいるんじゃないかとか、」
「もし、そんな奴に出会ったら、また、殴られるかもしれない。」
「そう思うと、なかなか周りに溶け込めなかった」
「俺だけが宙に浮いてるみたいだった。」
「……だから?」
それまで黙って聞いていた俺たちだけど、俺は、言葉を発してしまった。
「宙に浮いてるみたいだから何?」
「殴られるのが嫌だから?蹴られたくないから?傷つきたくないから?」
「だからって、人と関われない訳じゃないだろ。」
言ってしまった。
俺は、さっきからずっと阿部に対してイライラした感情があった。
なんで、そんなに自分を守る必要があるのか。
「男なら……」
「……」
阿部は、黙って俺の方をじっと見る。
「男なら当たって砕けろ!」
「____よ」
小さくて聞こえない。
「何?」
「もう何回も当たったよ!!!」
「もう何回も何回も砕けたよ!!!」
阿部が、叫びに近い程の声で俺に訴える。
「なんで、なんでみんなそんなこと言うの?」
なんでだよ…なんで阿部が泣くんだよ…
「頑張れよ!阿部ならもっと頑張れる!!」
「うるさい!!!!!!」
阿部の、怒りを含んだような、それでいて、訴えるような、そんな声で叫ぶ。
「なんで、なんでだよ…なんでみんなそんなこと言うんだよ…」
「もう頑張れないよ!!」
「阿部ちゃんッッ!」
そう叫んだ瞬間、阿部が走り出した。
それを目黒が追う。
俺は……
俺は、追いかけられない。
さっきの阿部の、「もう頑張れない。」その声が耳にこびりついて離れない。
何度でも頭の中でリピートされる。
そうだった……
俺も、父親が亡くなった時、親戚に、頑張ろうねって、たくさん言われた。
でも、泣きじゃくる花恋と、どうやって頑張ればいいんだ……
まだ、中学生。
頑張れない。
母親がいなくて、父親が毎日毎日仕事を頑張って、花恋の育て役は俺だった。
ろくに遊びへも出かけられない。
花恋の世話ばかり。
父親は、“一緒に”頑張ろうと言ってくれた。
その、“一緒に”が心強かった。
でも、親戚は違う。
あの人たちは、明日になったら、何事もなかったかのように暮らす。
楽しそうに笑って暮らす。
俺らには、それが出来ない。
父親も母親もいなくて、何を頑張ればいいんだ。
これ以上、何を頑張ればいいんだ。
“頑張れ”という言葉は、勇気付けられる。
でも、時には、人を傷つける。
俺は、“頑張れ”を間違った使い方をしてしまった。
追いかけよう。
阿部を追いかけて、謝ろう。
そうして、俺は阿部を追いかけ、走り出した。