「クレハ・ジェムラートです。突然の訪問で……警備をなさっている一番隊の皆さんには、気苦労を増やしてしまい申し訳ありません」
「いいえ、とんでもありません。クレハ様の不安なお気持ちは当然のことです。少しでも早く安寧の日々が訪れるようにとの願い……女神にもきっと届くでしょう」
「そのように言って頂けると有り難いです。しばらくの間通わせて貰うつもりですので、どうぞよろしくお願い致します」
一番隊のウォーレン・ベインズさんは私に向かって綺麗な敬礼をした。レオンの方からしっかりと通達が行き届いているようで、私がリアン大聖堂に来た目的を兵士たちは周知している。
「それで、ベインズさんの用事って何さ? まさか姫さんと話がしたかっただけとかじゃないよね」
「クレハ様へお近づきになりたいのは分かるが、今は控えてくれないだろうか。伴は私たちだけで間に合っている。一番隊の者たちは与えられた任務に集中してくれ」
「レナードさん!! それに、ルイスさんも……そんな風に言わなくても……」
日頃から遠慮の無いストレートな物言いをすることが多いクラヴェル兄弟ではあるが、いくらなんでもベインズさんに失礼ではないか。黙って見ていられなくなった私は、ふたりを窘めた。
ルーイ様から忠告を受けたせいで、周囲への気の張り方が過剰になっているだけだと思っていたけど……もともと『とまり木』と一番隊はあまり仲が良くなかったのを思い出した。ふたりのこの態度の悪さには、私情も含まれているのではという疑念を抱いてしまう。警戒を強めるのはいいけど、もうちょっと自然に行って欲しかった。
「はぁ……こちらの話を聞いてもいないのに悪意全開で噛みついてくる。殿下の決定に異を唱える気は無いが……直属の部下の躾に関しては、もっと厳しくするべきだと進言したい気持ちで一杯ですよ」
「……ふたりの強硬な振る舞いは、私を心配するがゆえですので、どうかご容赦下さい」
「ああっ! 姫さん。そんな奴に頭下げちゃダメだよ。俺らが悪かった。ごめん!!」
「……些か肩に力が入り過ぎていたようです。クレハ様、申し訳ありません」
「……場の空気を乱した尻拭いを主人にさせるなど、もっての他だぞ。以後気を付けろ」
溜め息混じりにベインズさんが呟くと、ルイスさんは舌打ちをした。私が口を挟んだせいで余計に拗らせてしまったかもしれない。それでもこれ以降、クラヴェル兄弟がベインズさんに対して言い返すことはなかったので良かったけど……想像以上にふたつの隊の間にある溝は深そうだ。
「えっと……一番隊のベインズさんでしたね。俺の事は知ってるかな。レオン殿下やジェイク隊長から話は通ってると思うんだけど……」
「はい、ルーイ先生ですよね。お噂は耳にしておりますよ。お会いできて光栄です」
険悪だった雰囲気を吹き飛ばすかのように、ルーイ様の明るい声が耳に飛び込んできた。これ以上兄弟とベインズさんが揉めないように話題をすり替えようとしているのは明らかだ。私もそんなルーイ様に乗っかることにしよう。
「ルーイ様は女神との繋がりが強い方。私の願いが確実に届くようにと、ご同行頂いたのです」
「そうでしたか……おふたりが聖堂を訪問なさるとの知らせを受け、その御姿を一目見ようと浮ついた輩がいるのは否定できません。クラヴェル兄弟の礼を欠いた態度は目に余りますが、警戒を強めること自体は間違っていないのです。聖堂内は女神の領域……我々兵士たちもいるとはいえ、どうかくれぐれもお気を付けて……」
「はい、心得ております。充分に注意して行動致します。ベインズさんも、忠告をありがとうございます」
ベインズさんはにっこりと微笑んだ。兄弟と口論をしている時とは違い、表情は穏やかだった。私に対する悪意は感じない。
「それでは、私がクレハ様にお声掛けさせて頂いた理由をお話し致します。実は……マードック司教がクレハ様にご挨拶したいと申し出ておられるのです。その旨をお伝えしに来た次第です」
「マードック司教様……?」
「簡単に言うと、ここいらの教会で一番偉い人。リアン大聖堂の責任者だよ」
困惑している私を見兼ねて、ルーイ様が助言をしてくれた。司教様が私に会いたがっている……? 全く予想していなかった展開だ。どのように対応するのが正解なのだろうか。一番偉い方だなんて緊張してしまう。
「あくまで形式的なもので、そう時間は取らせないと仰っておられます。司教の願いを聞き入れては頂けませんでしょうか」
「えーっと、そうですね……分かりました」
悩んだ結果、司教様にお会いすることにした。私は王太子殿下の婚約者だ。今後は教会と関わる機会も多くなるだろう。素気無い態度を取って、司教様からの印象を悪くするのは良くない。しばらく調査で聖堂に出入りする予定なのだから尚のこと。それに、司教様から事件に関わる重要な話を聞けるかもしれない。
「クレハ様。マードック司教様は物腰の柔らかい穏やかな方ですから、身構えなくても大丈夫ですよ」
会うと決めたはいいものの、不安な気持ちが顔に出ていたのだろう。フェリスさんは司教様がどんな方なのか教えてくれた。温厚な方だと聞いて少しほっとした。
「ありがとうございます、クレハ様。それでは、司教のもとへご案内させて頂きます。こちらへどうぞ」
ベインズさんは聖堂の奥に向かって私たちを誘導する。私が司教様の申し出を受け入れたので安心したのかもしれない。彼の足取りは軽かった。
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