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305
ルーシャンは眉尻を下げ、男を見つめた。
「持って、逝く……貴男が?」
「そうだ」
男が破顔する。
子の幸福を願い……
「二人共、これからは普通に年をとっていく。失っていた時間を歩んでいける」
「貴男が犠牲になって……?」
「犠牲ではないよ」
キッパリと言い切られ、ルーシャンは口を噤んだ。
これ以上は、言ってはいけない……そう感じる。
また、何を言ったとしても、彼はもう決めてしまっているのだから意味がない。
(でも……でも……)
ルーシャンは握った拳を震わせた。
「…………でも……」
言ってはいけないと思っても、疑問が巡る。
溢れそうになるのを、必死で抑え込もうとした。
誰が悪いの?
彼がそこまでする必要があるの?
何故、エミールなの?
王家の生まれだというだけで、何故、私なの?
誰かが、“声”を持って逝かなければならないの?
人間は、何もしなくていいの?
人間が、すべての元凶ではないの?
何故、人魚は空を見てはいけないの?
地上に出られないの?
海の底に、隠れなければいけないの?
ルーシャンの口許に、激情が集まる。唇が微かに開き、声が洩れる。
小さく洩れた声は、感情を抑える理性の鎖を緩めてしまった。
「───どうして? どうして、人魚が──人魚ばかりが、そんな重責を負わなければならないの!? どうして人間は何もしないでいいの!? 人魚は、その存在を物語の中だけに閉じ込められなければいけないの!?」
本来は美しい声が、憎しみと怒りと悲しみに染まる。
「人間が勝手だから、人魚は願わずに居れなかったのではないの!? 人間がそう願わせたのなら、どうして人間は罪に縛されないの!?」
理不尽だ!
ルーシャンは嗚咽を洩らし、両手で顔を覆った。ガクガクと肩が揺れている。
答えの出ない疑問に無力を覚え、ただ泣き叫んだ。
「……貴男やエミールや、小瑪が……どうして、辛い事ばかり与えられなければならないの?」
小瑪は、何も悪くないのに。
愛しただけなのに。
エミールは、この世界に生まれてきただけなのに。
「……ッ……そうよ──みんな、生まれてきただけなのに……誰がそんな運命を定めるの? どうして、悲しみをつくるの? 誰が悪いのっ?! 幸せは、必要なのに!!」
ルーシャンの嘆きは、誰にも慰められるものではなかった。
運命、とは……何なのか。
取り留めのない疑問は、種属が違っていても同じである。
解決の糸口が見つからない。
「誰が悪いかは、判らない。永い歳月を生きていても……」
男は静かに、打ち震えるルーシャンを鎮めるように、言葉を紡ぐ。
「でも、確かに生きている」
ヒク、と、ルーシャンは泪を呑んだ。
「生きているからこそ、流れる時の中で様々な事が起こる。誰を責められる訳ではない」
「……判らないわ……貴男も、エミールも、小瑪も、どうして、そうやって受け入れられるの? 簡単な事ではないのに……」
「生きているからだ…………君は、誰が悪いかと訊くが……誰が悪いと思っている?」
「人間よ!!」
吐き捨てるように叫び、亜麻色の髪を振り乱す。
「人間が、私たちに危害を加えなければ、こんな事にならなかったわ!」
「だが、人間すべてではないだろう?」
「キレイ事を言わないで!」
ルーシャンはカッとし、男を鋭い眼差しで捕らえた。声を張り過ぎて眩暈を覚える。
「すべてではなくても、同じよ! 人間は何かしたの? 何かするのは、私たちだけじゃない!」
「人間の中には、人魚と再び交流しようと手を伸べた者がいた。しかし、人魚達はその手を振り払った……」
「当然よ! 人間に関われば、誰かが命を狙われるわ!」
「だから、悲しみが繰り返される。誰が悪いのかと問い、誰かのせいにして……それでは、いつまでも終わらない」
悪循環。
男は掌の光を胸の前で握り込み、荒波が狂う翡翠の瞳に一点の凪を見出した。
「生きている……ただそれだけ。感情に流され、過ちを犯しても、命の存在に喜びを感じることがある。君なら、判るね?」
「…………わかる、わ……」
乱れた感情を宥め、ルーシャンはしゃくり上げる。己の感情を制御しきれぬことに恥じ、項垂れた。
「……ごめんなさい。貴男にぶつけても、仕方がない事なのに……ううん、誰にぶつけても……貴男は、エミールを助けてくれた。ありがとうございます……」
「いや……」
縮こまった乙女を前に、男は苦笑する。
「己を素直に表現することは、悪くない。偽りではないのだから……だが、君は少し注意が必要かもしれない」
と、ルーシャンの今までの行動を振り返るように咽喉を鳴らした。それに、ルーシャンは頬を染め、少しは控えるようにしようと思う。
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