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二人目は、もう水の中にいる。
二枚目の死亡通知に浮かんだ赤い文字を見ながら、私は榊原美佐子へ何度も電話をかけた。
繋がらない。
さっきの電話は非通知だった。
番号すら分からない。
私は母の手帳を開いた。
榊原美佐子。
名前が出てくるページを最初から確認する。
六月十五日。
美佐子から電話。「もうやめて」と言われた。
六月十七日。
美佐子は知っている。
そして、その少し前。
五月二十六日。
今まで見落としていた一行があった。
課長・榊原と面談。
「課長……」
私はスマートフォンで榊原美佐子を検索した。
いくつか同姓同名が出てくる。
そこへ十五年前の高瀬の会社名を加える。
古い求人情報。
業界誌の記事。
そして、一枚の集合写真。
高瀬の会社で見せてもらったものと同じだった。
記事には社員の名前が並んでいる。
代表取締役、高瀬隆志。
総務課長、榊原美佐子。
その下に、
総務部 水城千佳。
母の名前。
「母の上司だったんだ」
高瀬は会社のトップ。
榊原は、母の直属の上司だった。
十五年前。
母はこの二人と同じ会社で働いていた。
私はさらに検索した。
榊原は十二年前に会社を退職している。
現在の住所までは出ない。
死亡通知には住所が書かれていた。
市内北部。
川沿いの住宅地。
私は地図を開いた。
そして息を止めた。
榊原の住所のすぐ裏を、大きな川が流れている。
私は車の鍵をつかんだ。
*
榊原の家までは二十分ほどだった。
雨は強くなっていた。
ワイパーを最速にしても前が見えにくい。
ラジオでは、大雨注意報が流れている。
川の水位が上昇しているという。
「もう水の中にいる」
あの文字が頭から離れない。
九月七日。
死亡予定日はまだ先だ。
でも高瀬は予定日前に死んだ。
通知の日付を信じて待つわけにはいかない。
住宅街へ入る。
榊原の家はすぐに見つかった。
古い二階建て。
明かりは消えている。
インターホンを押す。
反応なし。
もう一度。
「榊原さん!」
ドアを叩く。
返事はない。
玄関には鍵がかかっていた。
私は家の横へ回った。
裏手は川だった。
堤防との間に、小さな駐車スペースがある。
車が一台。
運転席は空。
助手席も。
雨の向こうで、何かが光った。
川沿いに続く遊歩道。
その先に、小さな階段がある。
河川敷へ降りる階段。
下はもう半分以上、水に浸かっていた。
そして。
水の中に、人がいた。
「榊原さん!」
私は走った。
階段の途中。
濁った水が腰まで達する位置に、一人の女が立っていた。
白髪の混じった短い髪。
ずぶ濡れのシャツ。
六十歳前後。
女は川の中央を見つめている。
「榊原美佐子さんですか!」
振り返った。
電話の声と同じだった。
「澪ちゃん……」
「上がってください!」
私は階段を降りた。
水が靴に入る。
冷たい。
「危ないです!」
榊原は動かなかった。
「来ちゃったのね」
「何してるんですか」
榊原は川を見る。
「待ってるの」
「誰を?」
「千佳」
心臓が強く打った。
「母は死にました」
「知ってる」
「だったら――」
「十五年前も、ここで待ったの」
私は足を止めた。
「十五年前?」
榊原が私を見る。
雨なのか涙なのか分からないものが頬を流れている。
「千佳は、この川に来るはずだった」
「どういう意味ですか」
「死ぬために」
私は言葉を失った。
「母が、自殺しようとした?」
榊原は首を振った。
「違う」
「じゃあ」
「人を殺すためよ」
背後で川が轟いた。
「誰を?」
榊原は答えなかった。
代わりに私の手にある死亡通知を見る。
「二枚目、見たのね」
「あなたの通知です」
「私のじゃない」
まただ。
「名前はあなたです」
「名前なんて関係ないの」
「じゃあこれは誰の死亡通知なんですか」
榊原は震える指で紙を指した。
死亡対象者。
水城雅彦。
「あなたのお父さん」
「どうしてあなたの通知に父の名前があるんですか」
「私が選んだから」
私は息を呑んだ。
「選んだ?」
榊原は目を閉じた。
「十五年前、私たちは一人ずつ選ばされた」
「誰に?」
榊原が目を開く。
「千佳に」
雨音だけが続く。
「意味が分かりません」
「千佳は私たち七人に言ったの」
榊原の声が震える。
「自分が死んだら、七人のうち一人を選べって」
「何のために」
「代わりに死んでもらうため」
私は榊原を見つめた。
「母がそんなことを?」
「信じないでしょうね」
「当然です」
「私も最初は信じなかった」
榊原が笑った。
「だから一人死んだ」
十五年前。
未来の日付の死亡届。
三日後に起きた事故。
佐伯が話していた事件。
「誰が死んだんですか」
榊原の表情が変わった。
「それだけは言えない」
「またそれですか」
私は一段、水の中へ降りた。
「みんな知ってるのに、私だけ知らない。高瀬さんも課長も、あなたも」
「知らない方がいい」
「母はもう死んだんです!」
思わず声を荒らげた。
「なのに、母のせいでまた人が死んでる!」
榊原の顔が歪んだ。
「千佳のせいじゃない!」
叫び返された。
私は固まった。
「じゃあ誰のせいなんですか」
榊原は口を開いた。
その瞬間。
川上から大きな音がした。
ゴオッ。
榊原の顔色が変わる。
「上がって!」
水位が急に上がった。
私は榊原の腕をつかむ。
「早く!」
階段を上る。
水が膝を打つ。
榊原が足を滑らせた。
「きゃっ!」
「榊原さん!」
腕を引く。
だが流れが強い。
榊原の体が川側へ持っていかれる。
私は手すりをつかんだ。
片手で榊原を引っ張る。
「手を離さないで!」
「澪ちゃん!」
さらに水が押し寄せた。
榊原の指が滑る。
その瞬間だった。
誰かが私の腕をつかんだ。
後ろから強く引かれる。
榊原ごと階段の上へ引き上げられた。
三人で地面に倒れ込む。
息を切らしながら振り返った。
男が立っていた。
「何をやってる!」
真壁刑事だった。
*
十分後。
私たちは榊原の家にいた。
真壁は濡れた上着を脱ぎながら、私を睨んだ。
「一人で動くなと言ったでしょう」
「言われてません」
「今言いました」
「どうしてここに?」
真壁は榊原を見る。
「榊原美佐子さんを探していた」
「警察も?」
「高瀬さんの携帯電話の履歴に、榊原さんへの発信が何度も残っていた」
私は榊原を見る。
「高瀬さんと連絡を取っていたんですか」
榊原は俯いた。
「十五年ぶりにね」
「何を話したんです」
「死亡通知が届いたって」
「高瀬さんから?」
榊原は頷いた。
「だから私は言ったの。捨てろって」
「それで終わり?」
榊原は黙った。
真壁が口を挟む。
「高瀬さんが死んだ夜、午後八時四十一分に榊原さんへ電話しています」
私が高瀬から電話を受ける約三十分前だ。
「何を話したんです」
榊原の手が震え始めた。
「高瀬さんは……」
「はい」
「千佳を見たと言った」
背中が冷える。
「どこで?」
「会社の前」
防犯カメラ。
高瀬が母を見たと言っていた。
「榊原さんは何て?」
「逃げろって言った」
「なぜ」
榊原は両手で顔を覆った。
「十五年前も同じだったから」
真壁と私は顔を見合わせる。
「十五年前、何があったんです」
長い沈黙。
やがて榊原が顔を上げた。
「私たちの会社で、一人の女性が死んだ」
「事故ですか」
「そう処理された」
またその言葉。
「本当は?」
榊原は首を振る。
「事故じゃなかった」
「殺された?」
「分からない」
「その女性の名前は?」
榊原は唇を噛んだ。
そして言った。
「相原奈緒」
知らない名前だった。
「母とはどういう関係だったんですか」
「同僚よ」
「高瀬さんとは?」
「部下」
「父とも知り合いだった?」
榊原の目が私を見る。
「奈緒さんは――」
声が震えた。
「あなたのお父さんの恋人だった」
頭の中が真っ白になった。
「……父の?」
「千佳と結婚していたときにね」
父の不倫相手。
十五年前に死んだ女性。
そして、母と同じ職場にいた。
榊原は続けた。
「奈緒さんが死んだあと、千佳は私たち七人を集めた」
「七人?」
「高瀬さん。私。あなたのお父さん。柿崎先生……それから」
そこで口を閉じる。
「死亡通知に載ってる七人ですか」
榊原は頷いた。
「母は何を言ったんです?」
榊原が私を見る。
恐怖の浮かんだ目だった。
「奈緒を殺した人間が、この中にいるって」
私は息を止めた。
「だから七人を?」
「違う」
榊原は首を振る。
「千佳が言ったのは、そのあと」
「何を?」
「犯人が名乗り出なければ――」
榊原の声が掠れた。
「三日ごとに一人、死ぬって」
部屋が静まり返った。
そのとき。
テーブルに置いていた二枚目の死亡通知から、
ぽたり、
水が落ちた。
全員が見る。
紙は濡れていない。
なのに、また一滴。
ぽたり。
赤い文字が浮かび始める。
二人目 榊原美佐子
その下。
死亡まで、あと四日。
榊原の顔から血の気が引いた。
「違う……」
紙を見たまま呟く。
「何が違うんです」
「順番が違う」
「順番?」
榊原が私を見る。
「十五年前は――」
震える声で言った。
「私が最初だったの」
コメント
1件
うわあ…今回も重かったね。澪ちゃんが自分の手で母の過去に迫っていく感じ、すごくリアルだった。特に榊原さんが川の中で「待ってる」って言ったシーン、背筋が寒くなったよ。 15年前、母さんが「七人の中から一人選べ」って…しかも相原奈緒っていう父の不倫相手が死んでて、母さんは「♡♡♡た者がいる」って確信してたのか。順番が違うって榊原さんが言ったのも気になる…。 まだまだ謎が深まるばかりだけど、澪ちゃんの視点で一つずつ紐解いていくのがたまらない🥀
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しらなみ
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#主人公最強
杯雪乃
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桜咲かな
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