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白山小梅
白山小梅
12
ひよりはまだ俯いたまま、
陽の手の温度だけを頼りに呼吸を整えていた。
夕日の色は少しずつ薄れ、
キャンパスの空気は夜の気配を帯び始めている。
陽はひよりの横で、
急かさず、問い詰めず、
ただ静かに寄り添っていた。
「……少し、落ち着いた?」
ひよりは小さく頷いた。
でも胸の奥のざわつきは、まだ完全には消えていない。
陽はひよりの表情を見て、
そっと声を落とした。
「無理に話さなくていいよ。
でも……ひよりが怖い思いしたなら、俺は知りたい」
その言葉に、
ひよりの胸がまたぎゅっと痛んだ。
(……陽くんは優しい。
だからこそ……言えない)
思い出したくなかった記憶。
佐伯の名前。
あの頃の痛み。
全部、陽に知られたくなかった。
ひよりは小さく首を横に振った。
「……ほんとに……大丈夫だから……」
陽はひよりの言葉を否定しなかった。
ただ、ひよりの手を包んだまま、
静かに息を合わせてくれた。
その沈黙は、
ひよりにとって苦しくなく、
むしろ安心をくれるものだった。
少しして、
ひよりはようやく顔を上げた。
「……陽くん、ありがとう。
ほんとに……助かった」
陽はふっと笑った。
「ひよりが困ってたら、助けるのは当たり前だよ」
その笑顔に、
ひよりの胸がまた熱くなる。
(……陽くんの前だと、
なんでこんなに……)
言葉にできない感情が、
胸の奥で静かに揺れた。
そのときだった。
遠くの通路の影に、
ひよりは“見覚えのある姿”を見つけてしまった。
佐伯。
ひよりの身体がびくっと震える。
陽はすぐに気づいた。
「ひより……?」
ひよりは反射的に陽の袖を掴んだ。
自分でも驚くほど強く。
陽はひよりの手を包み返し、
視線の先を追った。
「……あの人?」
ひよりは答えられなかった。
ただ、震える指先がすべてを物語っていた。
陽はひよりの肩にそっと手を置いた。
「大丈夫。
俺がいる」
その一言で、
ひよりの呼吸がまた少しだけ整った。
でも、
佐伯の影は確かにそこにあった。
そして、
ひよりの胸の奥の痛みは、
まだ消えていなかった。
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