テラーノベル
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ひんやりした空気を肌に感じて、重たい瞼を開けても、なにかで覆われているらしく、真っ暗なままだった。
(華代に薬を盛られた挙句に眠ってから、どれくらい時間が経ったのだろうか。そしてこの現状は――)
目隠しされているだけじゃない。チェーン状のなにかで、太い柱に縛りつけられているのが、体を揺らしたことでチェーンの音が耳に入り、それに拘束されているのを認識することができた。
静かにしていると耳に聞こえる、木々のざわめきで、外にいるのがわかったのだが、太い柱じゃなくて、太い木に括りつけられているのではないだろうか。
「華代、いるんだろう? こんなふざけた真似をして、なにを考えてるんだっ!」
怒気を込めた声で叫んでみたが、なにも返ってこない。もしかして、華代本人はいないんじゃ――。
「おいおい、冗談じゃないぞ……」
街の喧騒がまったく感じられない場所――たぶんこれは、どこかの森の中だろう。この状態で放置されたら、間違いなく息絶えるのが嫌でもわかる。
「華代、こんな馬鹿げたことして、いいと思ってるのか? いい加減にしろ!」
俺の声だけ辺りに延々と響き渡るだけで、なにも返答のない状況に、背筋がゾッとした。
「誰かっ、誰かいませんか! 助けてくださいっ、お願いします!」
声が枯れるまで大声をあげた。運良く誰かこの森の傍を通ってくれないかという願いを込めながら、とにかく叫び続ける。
(助けを求める以外の方法は、なにかないものか――)
唇を引き結び、俯きながら考えた瞬間、首筋になにかが一瞬だけ触れた。
「ヒッ!」
冷たさを感じるなにか――それから逃げたくても逃げられないので、できるだけ触れられないように、頭ごと首を横に逸らした。
「ふふっ。部長ってば、必死ですね」
耳元に囁かれる声で、誰なのかすぐに気づく。自分をこんな目に遭わせた相手だというのに、縋りつかずにはいられない。この機会を逃したら、さっき脳裏に描いた悲惨な結末に、間違いなくつながってしまう。
「華代、ここにいたのか? どうしてこんなことをしでかしたんだ。かわいいおまえを、俺は愛しているというのに」
怒りを無理やり抑え込み、猫撫で声で華代に話しかける俺に、隣でくすくす笑う。
「部長の愛は、何人の女性に向けられているんでしょうね?」
華代はどこか楽しげに告げると、ガサガサという音とともに気配が消え去った。
「待て! 俺が愛しているのはおまえだけだ、信じてくれ!」
「津久野さん、真実を告げてください。でなければ私は貴方を、どうにかしてしまうかもしれません」
顔の正面から、聞き覚えのある声がした。
「その声は……岡本さんだね? 華代と一緒に、どうしてこんなことをしたんだ?」
「貴方に質問する権利はありません。私たちの問いに、真実を答えるのみ。ただそれだけです。この状況、わかっているでしょう?」
ひんやりと冷めた口ぶりで告げると、草を踏みしめる音と同時に、岡本さんの気配も消えてしまった。
「きっ君たちの問いかけにきちんと答えたら、解放してくれるのだろうかって、俺は質問しちゃいけないんだったな……」
ふたりの気配が消えたことに焦り、思わず訊ねてしまった言葉を飲み込む。
「もちろん解放しますよ。ですが真実を答えなければ、貴方はここで朽ちていくだけです」
先ほどよりも遠いところから、岡本さんの声がした。声の聞こえるところに顔を向けながら口角を上げ、愛想よく笑いかける。
「どんなことでも答えるよ、もちろん真実をね――」
(そんなくだらないことを聞き出すために、わざわざ俺を眠らせて、こんな場所に拉致するなんて、本当に馬鹿げてるとしか言えないな)
蔑みを含んだ感情を加算して、さらにほほ笑んだ俺の耳に、華代の声が聞こえる。
「奥様とは、家庭内別居状態だって教えてくれたけど、それはホントなの?」
「ああ、本当さ。妻とは別れて、華代と結婚しようと考えてる。だからこの間一緒に、式場巡りをしたじゃないか」
訊ねられた言葉に、軽快な口調で即答してやった。
「だったら、どうして別れようとしている奥様が、不妊治療に有名な産婦人科の病院に通っているのかなぁ?」
「は? 産婦人科、の病院んっ?」
平静を装うとした途端に声帯が緊張して、余計に声が震えてしまった。
「ハナの不倫に納得のいかなかった私は、探偵事務所にお金を払って、津久野さんの身辺を調査を、徹底的にしてもらったんです」
「つっ!?」
探偵事務所に身辺の調査というセリフで動揺したため、ほほ笑みがひきつり笑いに変わる。
「部長、奥様が妊娠したら、私との結婚をどうするつもりだったんですか?」
「妻が妊娠……した、ら、え~」
「津久野さんってば、さっきのように、すぐに答えてくださいよー」
岡本さんに回答を急かされても、すぐに答えが出るわけがなかった。
「待ってくれ。妻が妊娠することを考えていなくて」
「部長は奥様とヤることヤってるんでしょ? 中出ししなきゃ、妊娠しないわけだし」
「そそ、それは、そうなんだ、が……っ」
重たくなった口を、やっと開く。さっきまで明るい声で答えていたのに、今はその余裕がまったくなくて、いつもよりしどろもどろになる。
「奥様ともよろしくヤって、私と結婚を視野に入れてるからってナマでヤって、その結果2人同時に妊娠したら、どうするつもりだったんですかぁ?」
そのときだけの気持ちよさだけを追求した、身勝手な己の行動を言葉にされたため、もう笑みすら浮かべることはできない。
「くっ! そんな偶然は、ないかと思った、んだ」
「津久野さんなに言ってんの。ゴムつけないでセックスしたら、妊娠する可能性があることくらい、性教育を受けた子どもでも知ってますよ」
「しかも同じコトを、支店にいる若い社員にもしてるんでしょ?」
岡本さんに続き、若い女子社員との不倫を華代に口にされて、さらに混乱を極めた。
「それはない、誓う! アイツに脅されて、そういう関係を無理やり続けているだけなんだ!」
声を大にして答えた。これが真実だと華代たちに知らしめるために、さらに言葉を続ける。
「あの女は酔っぱらったフリして俺を自宅のマンションに送らせて、お礼をしたいからって無理やり自宅に引き込み、俺のことを押し倒したんだ」
「部長が押し倒したんじゃなく?」
「違う、俺は押し倒してなんていない。だってあの女は好みのタイプから外れていたし、その――」
ここまで言ってから、墓穴を掘ったことに気づいてしまった。真実を告げて身の潔白を証明しようと思ったのに、それをしようとしたら、別の真実を告げなければいけなくなってしまった。
口ごもった俺に「津久野さん、どうしたんですか?」という、岡本さんから訊ねる声がかけられた。
「やっ……あ、その……。え~っと」
「部長大丈夫ですかぁ? お茶でも飲みます? 額に汗がいっぱい滲んでますよ」
「お茶……。薬を仕込んだりしていないだろうな?」
自分がされたことを思いきって指摘したというのに、華代はあっけらかんとした口調で答える。
「するわけないじゃないですか。そんなことをしたら、話が聞けなくなるんだし。とりあえず口の中をしっかり潤して、喋れるようにしてあげますね」
遠くから、こちらに向かって近づく足音。目の前に人の気配を感じて顔をあげたら、唇になにかを押しつけられた。
「ストローからお茶を飲んでください」
「あ、ああ。わかった」
唇でストローをうまく挟み、干上がった口内を潤す勢いでお茶を飲み込む。生ぬるかったが久しぶりの水分で、捕らわれの身ではあったものの、人心地につくことができた。
「支店にいる若い女子社員との関係、ちゃんと教えてください」
俺がお茶を飲みきったのを見、華代がふたたび問いかける。
「女の教育係をしていた既婚女性とデキているのをバラすって、押し倒されたときに脅されたんだ」
「ほかにも不倫していたってこと? しかもダブル不倫じゃない、最悪……」
ショックを受けた華代の震える声が、俺の耳に届いた。それと一緒に、離れたところからも、なにかの物音が聞こえたせいで、どうにも岡本さんひとりがいる感じに聞こえなかった。
「おい、ここにいるのは、華代と岡本さんだけじゃないのか? ほかに誰がいる?」
「私たちふたりだけだよ。部長に素直に吐いてもらうために、絵里に荷物を整理してもらってるだけ」
「そうそう。さっき津久野さんの首に、なにかが触れたでしょ?」
岡本さんが近づきながら問いかけたことで、遠くから聞こえていた音もやむ。
「触れられた感触は、確かにあった」
「この音を聞いて」
そう言われたから耳を澄ませたのだが、そんなことをしなくてもいいくらいに、嫌な羽音が聞こえてしまった。
「蜂……がいるのか?」
「部長、前に蜂に刺されたことがあったのを、私に教えてくれたでしょ。もう一度刺されたらどうなるか、ねぇ絵里」
「さっき首筋に、女王バチのフェロモンを塗りました。私の持っているスズメバチが、確実に密着するようにしたんです」
「ついでに額にも、フェロモンを塗っちゃおうよ」
「なに言ってんだ。俺はちゃんと答えてるっていうのに、蜂なんて物騒なものを使って、なにを考えてる?」
悲鳴に近い俺の声が、妙にこだまして響く。目の前にいるふたりはなにも答えずに、俺の額にふたりぶんの指が同時に押しつけられた。
「ぎゃっ!」
首を横に振りまくって、押しつけられた指を外したが、フェロモンを思いきりつけられてしまった。
「津久野さん、質問にちゃんと答えてるからって、なにもされないと思ってる貴方の神経が信じられません。私の大事な親友を……誰かを平然と傷つけているというのに、罰が与えられないと考えてる時点で終わってます」
言い終える直前に、左頬に指が痛いくらいに突き立てられた。
「バツ、だと? こんなの罰じゃない、虐待じゃないか」
「だったら部長のしているコトは、いったいなんですかぁ? 言ってみてくださいよ」
今度は右頬に指が食い込む。外したくても外れないくらいに突かれているせいで、顔が動かせなかった。
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