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「やめてぇ~!!」
アミの叫び声は届かない。
放映時間が定められた映画館の様に、止まる事無く放映は続く。
「皆どうしてそんな顔していられるの!?」
“父親でしょ?”
“母親でしょ?”
“ユキの顔を見て何も思わないの?”
「ユキはーー」
“ユキは泣いているじゃない!”
アミはあの時感じた、ユキの無感情な瞳の奥に感じた違和感。
大きな闇の様な、形の無いモノの意味を、ようやく理解出来た。
戦国の世の常。
口減らし。
食いぶちを減らす為、我が子を殺す。
形は違えど、今眼前で行われれているのは、それと同義だった。
理不尽な世の仕組み。
「じゃあどうして……」
“何の為にユキは生まれてきたの!?”
“殺される為だけに生まれてきたの?”
“存在してはいけない存在だから?”
本来なら次期当主として、何不自由無く育てられたであろうユキ。
ただ人と違うというだけ。
特異点という、ただそれだけの理由で。
誰でも生まれてくる場所は選べない。
裕福な両親を選んで生まれてくる事は出来ない。
生まれてきた時は皆平等と言うが、決してそうでは無い。
身分の違い。
身体の違い。
人は生まれながらに不公平なのだ。
それでも、誰にでも幸せになる権利は有る。
存在してはならない命は、有ってはならない。
だからこそアミは、彼に人としての幸せを感じて欲しかった。
*
ーーこの銀色が僕に触れる時、きっと僕は死ぬのだろう。
死んだら何処に行くのかな?
それを思うと少し怖くなる……。
今になって少しだけ……。
何も無かった世界。
必要とされなかった自分。
でもーー
でもね……。
こんな僕でもねーー
存在してはいけない存在でもね……。
“生きた証が欲しかった”
銀色が目の前にまで迫ってくる。
どうして?
どうして僕は存在してはいけないの?
父上……。
母上……。
存在してはいけないのならーー
どうして僕は生まれてきたの?
まだ……死にたくない!
そう思った時、僕の中から何かが溢れ出してくるのを感じた。
*
ユキから溢れ出す何かは、巨大な氷の柱となって振り降ろされた刀ごと、対象者を貫いた。
“しまった! 覚醒してしまったか!”
『斬れ! 斬れ!』
当主が皆に命令する。
それに続く様に忍達は刀を抜き、一斉にユキへと襲い掛かった。
ユキを拘束していた鎖は、その氷によって脆くも崩れ、ユキは訳も分からず立ち竦んでいる。
『ぎゃああぁぁぁ!!!』
『かっ、身体が凍っていく!!!』
『たっ、助けてくれぇ!!!』
ユキへ立ち向かって行った者達は、彼から溢れ出す凍気によって次々と氷の塵となっていく。
“これは……ユキの氷の力?”
それはユキが特異能“無氷”を、初めて発動した瞬間であった。
ーーそれは美しくも地獄の光景だった。
一族の忍達はなす術も無く、氷の彫刻となり塵となっていた。
立ち竦むユキに当主は刀を抜き、一瞬で背後へと回る。
狙うは首筋。
正確に首筋を狙った刃は、振り向いたユキに狙いが逸れ、刃は背筋を掠めただけに留まる。
それでもユキの背中からは鮮血が吹き上がった。
『あの時……』
当主が刀を右手に携えたまま、何かを言おうとする。
『お前を鬼籍に入れなかったのが、私の過ち……』
瞬間、当主の身体は内部から凍り、まるで花火の様に弾け、氷の塵となった。
“九夜の命運もここで潰えるか……”
それが、当主がこの世の最期に思った事であった。
*
ーー父上……アナタが恐れたのは、これだったんですね。
皆、僕が殺した?
『うわぁ~ん』
シュリが泣いていた。
母上がシュリを抱きしめて、怯えた目で僕を見ている。
『こ、こないで!』
泣かないでシュリ……。
そんな目で見ないで母上……。
こんな力要らない。
勝手に出てこないで!
僕は誰も傷付けたくない。
だから、僕を抱きしめてよ母上ーー
*
「ユキやめてぇ!」
アミの声が届く筈もない。ただ無情に映像は流れていく。
それでもアミは声をあげた。
怯える二人の親子。
その親子に歩みよるユキ。
「怯えないで! ユキを……抱きしめてあげて!」
アミは必死に母親に問い掛けるが、此処は映像だけの世界。
干渉する事は決して出来ない。
「お願い……」
アミはもどかしくとも、ただ見ている事しか出来なかった。
不意にユキの身体から、青白い凍気が溢れ出す。
「やっ、やめっ!」
恐怖に怯えた二人の親子は、その表情のまま全身が凍り、崩れ散っていくのであった。
*
ーー母上とシュリが、僕の目の前から消えていく。
どうして!?
こんな事望んでない!!!
皆、僕が殺した……。
九夜の皆も。
父上も。
母上も。
弟のシュリも。
皆、皆僕が殺した……。
僕が死ぬはずだったのにーー
どうして!!!
僕はこの世に存在してはいけない存在。
生きている価値も無いのに、生き残ってしまった……。
この世に在ってはならない罪を、どう償えばいい?
※この日、将軍家裏隠密忍衆“九夜”はこの世から消滅した。
一人の特異点が覚醒した日の事。
多くの命が消えた日の事。
そんな雪が降る、寒い夜の日の事ーー
…