テラーノベル
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過去の映像はここで終わり、アミの視界は白い光に包まれ元の世界へと帰還する。
“こんな事って……”
現実世界に戻ってもアミは立ち竦み、暫く動く事が出来なかった。
ただ、瞳からはとめどなく涙が溢れて出し、頬を伝う。
過去見の精霊の力で、ユキの過去を知る。
後悔はしないつもりだった。
それでも、あまりにも凄絶過ぎて、まだ現実を直視出来そうも無い。
ただ、あまりにも哀しかった。
「見たのですね……」
アミは声がした方を振り返る。
そこには、深い銀色の瞳でアミを見据えるユキが立ち竦んでいた。
偽装していない、特異点としての姿となって。
「ユキ……」
アミには彼に掛ける言葉が見つからなかった。
どんな言葉も、ただの偽善でしかない。
「隠していた訳でもありませんが……。何故か貴女にだけは知られたくはなかった……」
ユキはそうーー何処か哀しそうな表情で。
その瞬間、周りの空気が変わる。温度が低温へと変わっていく。
「死んで……貰います」
アミはユキに手を伸ばそうとしたが、そこから凍りついていく。
アミの手は凍傷によって感覚が無くなっていった。
“きっとこのまま、私はユキに殺されるのだろう”
それでも私はーー
“私は!!”
アミは凍りついた手でそれでもーー
それでもきつく、ユキを抱きしめるのだった。
「なっ……何をやっているんですか貴女は!?」
アミの思いがけぬ行動に、ユキは目を見開いて驚くしかない。
「私は……貴女を殺そうとしているんですよ?」
逃げるのではなく、抱きしめる。
その行動原理は、彼の理解を越えていた。
その手は凍傷により壊死しかねない程なのに、それでもアミは離す事無くユキを抱きしめ続ける。
「それだけじゃない。私はこれまで多くの命を奪ってきた」
ユキは尚も続ける。
「父親も母親も、弟までもこの手で殺した、この世に存在してはいけない存在」
ユキの紡ぎ出す、重い言葉にアミは涙が止まらない。
「私には生きている価値も無いんです! 殺される事も顧みず、何故逃げずに抱きしめたりするんですか!?」
「存在してはいけないとか、生きている価値が無いとか、そんな事誰が決めたのよ!」
アミはユキを抱きしめたまま、力の限り叫んだ。
心の底から叫びたかった。
理不尽な世の中の不条理を。
「存在してはいけない命なんてない……。ユキは今、確かに生きているじゃない……」
叱られて怯えた子供の様に立ちすくむユキに、アミは強く、それでいて優しく問い掛け続けた。
「私はユキの温もりを、今確かに感じている……。ユキは今ここにちゃんといるの。確かに生きてるんだから」
ユキは不意に瞳から涙が溢れそうになる。
その温もりが暖かくて。
今まで感じた事の無い、その感情を抑えきれなくて。
それでもーー
「許される訳ないじゃないですか……。私は……私は!」
涙が咽に詰まる感じで、それ以上言葉が出てこなかった。
「許すとか許さないとかじゃない。ユキは皆の分まで幸せに生きていかなきゃいけないの」
“私が幸せに生きる?”
“両親を……弟まで殺した私が”
“そんな事あってはいけないのに……”
“どうしてーー”
“どうして!?”
「ごめんね、ユキの事を気付いてあげられなくて。ユキは一人じゃないから……私の大切な家族なんだから」
ーー家族……。
そうだ。
必要とされたかった。
こうやって抱きしめて貰いたかった……。
ユキの瞳からはとめどなく涙が溢れ、流れていく。
これまで心の奥底で氷の様に固められていた自分でも気付かない、いや気付かない振りをしていた想い全てが、涙と共に溶けて流れていく。
本当に暖かい涙だった。
ずっと欲しかった温もり。
自分の存在意味。
あの時、一度だけ流した涙。
あの時と今のは違っていた。
それはきっと哀しみではなくーー
窓から洩れる月明かりが、抱き合う二人を優しく照らす。
初めて温もりを知った日の事。
初めて嬉し涙を流した日の事。
初めて自身の存在意味を知った日の事。
そんなーー寒いけど暖かった日の事。
「アミ!!」
ユキは不意に気付いた。
アミの手は無氷によって凍りつき、凍傷を起こしていた事を。
ユキは急ぎ、再生再光による治療を彼女へ施す。
もし、この力が無かったら、アミの手は壊死していたであろう。
アミの手は瞬時に痛みも消え、感覚も戻っていく。
“本当に不思議な力……”
そして彼女が何より嬉しかったのがーー
「初めて、名前で呼んでくれたねユキ」
「ごめん……なさい……」
ユキはただ俯いて、謝り続ける。
名前で呼びたくなかった訳では無い。
ただ、名前で呼ぶと自分が自分では無くなってしまう気がしていたから。
彼に唯一欠けていたーー“情”
それは人との関わりを持たない、持つ資格が無いとも云える彼の枷でもあった。
アミは俯いて謝り続けるユキを、再び抱きしめる。今度は優しく。
「身体の傷は時と共に治っていくけど、心の傷は簡単には癒せないの。でも大丈夫だからね、ユキは……」
“ユキはもう一人じゃないから”
“この痛みは何時かきっと、優しさに生まれ変わるよ”
ユキはアミに抱かれ、幼子の様に泣き続けた。
そして一つの決心が生まれる。
もう二度と彼女を傷付けない。
“私の命が続く限り、守り続ける事を”
“ここは私が、死ぬまで生き抜くべき処としてーー誓います”
“アミを守り抜く事が私の存在価値”
“存在理由そのものなのだからーー”
***
その夜、二人は身を寄せ合う小動物の様に眠りについた。
ユキは泣き疲れたのか、すやすやと寝息をたてて眠っている。
本当に穏やかな寝顔だった。
きっと生まれて初めて、心から安心して眠れたのだろう。
アミは自分の胸の中に収まる、そんな小さなユキの穏やかなまでに安心した寝顔を見て、また涙が零れそうになる。
“何時までも、こんな穏やかな時が続いて欲しい……”
“でも近い内にまた、ユキは狂座との闘いに赴いていくのだろう……”
それは絶対に避けらない運命。
“闘いなど無くなって欲しいのに”
きっと近い内に、狂座との大きな闘いを迎えるだろう。
“だからせめて今だけは……”
全てを忘れてーー
「おやすみなさい」
…
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