この作品はいかがでしたか?
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「今流星さん。ちょっといいですか?」
解散の号令と共に、アイリスディーナは自分のパートナーである叶星に声をかけた。彼女 はまだ座っていたため、アレクシアが見下ろす格好になった。 なにかしら」
例の片眉を上げる表情を見せ、その薄い唇が微妙にへの字に歪んだ。口数は少ないが、 ある意味表情豊かではある。そこには、あからさまな警戒心というよりも距離を置こうとする意志がハッキリと見て取れた。だが、アイリスディーナにとって彼女の都合など知った事ではない。
態度から判断するに内面的には流星も、アイリスディーナに対する思いは蒼風と同様であろう。そのようなパートナーに一〇〇%の信頼を置いて戦う事はできない。
いわば今の段階では3対1という状況を想定すべきなのだ。いかに腕に覚えがあろうと、 組み慣れた相手3人を向こうに回して『絶対に勝てる』と確信するほどの 夢想家ではなかった。
当然、彼女個人としては、1対3という不利な状況での戦いにも興味 はある。だが、この防衛学園の流儀を理解しかけていたアイリスディーナは、ここで勝たなければ意味 がない事を十分理解していた。
これは演習などという生易しいものではない。アイリスディーナの評価試験なのだ。少なくとも流星が静観を決め込むのか、能動的に敵に回るのかだけ は見極める必要があった。その必死さが伝わったのか、それとも引き留められるのが面 倒くさかったのか、アイリスディーナより先に流星が口を開いた。
「安心して流星ちゃん、私も戦士よ。やるからには勝ちたいわ」
流星はそれ以上何も言わなかった。信じる信じないは自分で決めろという訳だ。
「うん、私も勝ちたい。なにがなんでもな」
「……そう。 奇遇ね」
流星は少し目を細めてそう言った。そして静かに立ち上がると、滑るように歩き始 める。新参者の持ち時間は終了したらしい。だが、アイリスディーナはこの結果に満足していた。
流星の表情と言葉には、己の極東防衛戦の代表してこの部隊に派遣された戦士の「誇り」ともい うべきものが宿っているように感じられたからだ。それだけは絶対に裏切らないであろ う事を、アイリスディーナも同じく大切なものに忠誠を誓う者として信じる事ができる。そして、それ以 上の思わぬ収穫が、彼女に勝利の手応えを感じさせていた。
「ねぇ! ねぇ! アイリスディーナちゃん!」
(早速来たね)
アイリスディーナが振り向くと、ニコニコした蒼風が、喜色の色も露わに立っていた。
「なんですか?」
「隊長の代わりに一番機の霊子兵装ドミネーターを扱うなんて認めないからね! ぶっ潰してあげるよ!」
アイリスディーナは、隊長が上官としても戦士としても相当な信頼と尊敬を得ている事を 実感した。
例え戦場の最前線の試験部隊であっても、いやむしろドミネーター兵装という歪な兵器を、あらゆる極限状況で駆るテスターであるが故に、『死』は常に側にある。
蒼風にしてみれば、その状況下でチームを組むに相応しい人間として、 隊長以外のトップは認められないのだろう。アイリスディーナが後任を命じられた訳で はないのだが、便宜上隊長を預けられただけでも、蒼風には我慢ならないのだろう。
「あれ? 何も言い返せないの? 普通はここで怒るところだと思うけど。それともアイリスディーナちゃんは弱々なのかな?」
蒼風は黙って時計をみた。
(集合まであと2時間……調整、間に合う)
完全に無視された格好になった蒼風は、面白くなさそうに顔をしかめる。
「ちょっと」
「ねぇ、蒼風さん。貴方が一番機を使って良いよわよ」
「えっ?」
アイリスディーナの提案内容を理解した蒼風は、あまりの意外さにあっけにとられた。
「な、なにいってんの!? ハンデかなんかのつもり!? バカしないでよ!」
「違う。私はノーマルのドミネーターに、蒼風さんは強化モジュール搭載型のドミネーターを扱い慣れている。それだけ」
本音だった。
現在普及しているドミネーターは電力のみで運用しているのに比べて、セカンドシリーズと呼ばれるタイプは特殊なナノマシンを媒体として魔力と電力両方のエネルギーで運用している。
セカンドシリーズの技術は無機物有機物を自在に変化させるヴァリアントシステムの総称で、全てをエネルギーや装備の変形が可能な画期的な技術だ。しかしその扱いの難しさからまだ量産化の目処は立っていないハイエンド機のみに搭載されたものである。
「蒼風や皆さんのデータは既に閲覧してます。その時にセカンドシリーズのドミネーターを見ましたが、初運転であれは無理です。つまり私にとってあの強化モジュールは、死重量も同じなんです」
蒼風はアイリスディーナの企みを暴こうと必死に思考を巡らせていた。押し黙ってはいたが、 その目はしっかりとアイリスディーナを睨み付けている。
「そうですね、お互い使い慣れたドミネーターじゃないと、ハッキリしませんよ、この場合」
相変わらずきっちりとした金色一葉が割って入った。
「一葉先輩は黙ってて」
「はぁ、その言葉遣い。気をつけてくださいね」
カツカツと音を立てて規則的な足音を踏みながらブリーフィングルームを出て行きかけた金色一葉が、おもむろに振り返った。
「期待してますよ、最前線直伝のトップガン。カッコ付けといて肩すかしってのはナシでお願いします」
そう言って金色一葉は廊下を遠ざかっていく。アイリスディーナは、既にトップガンというあだ 名を付けられていたことを知って、軽くへこんだ。
「アイリスディーナちゃん」
蒼風は無表情だった。そしてアイリスディーナの返事を待たずに喋り続けた。
「そこまで言うなら取り替えてあげる。その代わり、後でガタガタいうのはナシだよ」
「うん、わかってる」
そう言ってブリーフィングルームを出ていった。
整備室で集合まであと30分という時にアイリスディーナは自分が運用するドミネーターという相棒の調整を始めていた。
(………あの人が敵に回ったのは、良かったな)
腕試しにはちょうどいい。あつらえたかのように、条件はシンプルだ。自分は廉価版ドミネーターに、その他はセカンドシリーズのドミネーターを使って。
金色一葉と蒼風がA分隊で、アレクシアと今流星がB分隊。ステージは市街地だ。モンスター支配地域ということで、飛行高度の制限が入る。
(それにしても、エーゼロワンさんが居てよかった)
本来の命令であれば、自分は隊長の代わりにアネモネ小隊の一番機に、セカンドシリーズのドミネーターを運用する筈だった。だが、アイリスディーナはそれを断った。データを見た時に即興で使いこなすのは至難の業だと判断したのだ。ともすれば、デッドウエイトにしかならない可能性がある。だからアレクシアは、蒼風が一番機に乗ることを提案した。
互いに乗り慣れた機体どうしでないなどのアイリスディーナは言い訳の理由を作り合うのはごめんであると考えていた。
「銀髪も勝つ気があるみたいだったし」
「どうしました? アイリスディーナさん」
「いや。それよりも、みぞれさんが居て助かったと思って」
「なんですか、いきなり。それよりも、アイリスディーナさん、蒼風さんにセカンドシリーズのドミネーターを譲ったんですね?」
純粋な性能で言えば、恐らくはあっちの方が上だろう。ロワンもそれを察しつつ、聞いてきた。
「はい。絡まれると面倒なので」
「蒼風さん……優秀な戦士ですね。快活な方と聞いています。アイリスディーナさんはグイグイ来られる方と距離を作りますからね」
ロワンは呆れた表情になる。
「………で、実際どうなんですか?」
「勝ちますよ。私があの人たちに負けるとでも思うんですか?」
半ば以上に強がりの言葉を告げる。
――――実際はどうであれ、だ。
「一蹴する。それが“トップガン”の役割でしょう?」
アイリスディーナは不敵に笑う。鈴夢にも見せた表情だ。金色一葉はトップガンと自分を呼んだ。
本来であればそれはアメリカでも海軍の航空機乗りの呼称で、戦士である自分には適していないと知りつつ、真面目に言ってきた。
「強いですよ」
「うん、知ってる。送ってくれたデータ見たから。でも勝つ」
間髪入れずに断言する。勝てると答えてはみたものの、確証を抱ける程にあいつらは甘くないだろう。特に蒼風については、アイリスディーナは警戒心を高めていた。
勝てると断言できる材料など、どこにもない。今まで経験した中でも屈指の、難敵であることは間違いなかった。
(でも勝算はある)
アイリスディーナは拳を握りしめた。もとより、自分は指導を受けていたのだ。この場において誰にも負けることなど許されない。劣る自分に価値など無いからである。停滞するだけの己に、存在する意味などない。
武器の性能差など、言い訳にもなりはしない。最新鋭を相手にする時も、ずっと胸に抱いていた決意と共に戦うだけだ。
アイリスディーナはそうして、気合を入れるようにドミネーターのグリップを握った。
あっちも元は隊長の機体で初運転という訳だが、こっちはそうじゃないと。
「よし、いいです」
ロワンの声の後、アイリスディーナはドミネーターの駆動を確認した。また、更なる不敵な笑みを浮かべる。全ての項目に関する補正誤差が期待以上に収まっているのでは、笑う以外の行動など取れないからだ。
「流石です。まるで1年以上乗りこなしたドミネーターみたい」
「とぼけないでください。これを見越してたんでしょう?」
アイリスディーナはその声に無言で同意した。みぞれの腕がなければ、ドミネーターを交換する話をもちかけはしなかっただろうと。他人が使っていたドミネーターというのは、とにかくその癖が出る。
使い込まれたドミネーターならなおさらだ。コンマ数秒ぐらいのラグだろうが、特に対人戦闘においてはそのラグが命取りになる場合が多い。
それを短時間で、限りなくゼロに近づけることができるのがエーゼロワンというアレクシアの親友にして戦友、と整備を行う技術屋仕込みの技量だった。
(――――ああ)
アレクシアは笑う。挑戦状は既に叩きつけ、相手も受け取った。
「では、出撃どうぞ!」
「はい!」
アイリスディーナは頷き、親指を立てて応えた。対人戦闘で、戦士が互いに賭けるのは自分の技量というプライドであるアレクシアは思った。まさか、それが内部だけではないはずだと。
負けず嫌いが集まる、誇り高き戦士。未来の同胞達が乗るであろう兵器の”大元”を任された生粋の戦士達、それが如何なるものか。
アイリスディーナは乗り慣れた車のような反応を示すドミネーターと共に、模擬であれ間違いなく戦場と呼べる舞台へと挑んでいった。
◆
「ほらほら、どうしたトップガンっ!」
蒼風が吠えた。狙い定められた銃口より撃ち出された36mmの弾が大気を切り裂いた。アイリスディーナはそれを回避しながら、内心で舌打ちをする。
(やはり、やる!)
回避に専念しているため直撃は一度も受けていないが、危うい場面は幾度と無くあった。先に相手を発見し、仕掛けてくる位置を推測した上でのファーストアタックは上手くいった。だがアイリスディーナは一連の攻防で一瞬だけ虚をつかれ、その僅かな隙に上を取られてからは、守勢に回ることしかできなくなっていた。
仕切り直しをするために牽制で何度か36mm弾をばら撒くも、推力で上回るドミネーターの支援を受けて跳躍飛行する蒼風は素早く的確な機動でもって強引に突破を仕掛け続けてくる。
(他人のドミネーターだ、ラグは絶対にあるはず………それをものともしてないのか!?)
蒼風が運用しているドミネーターは、元は隊長のドミネーターだ。準備の時間は数時間、その程度で完璧な調整を行える者がエーゼロワン以外に居るとも思えなかったし、ドミネーター特有の癖などは何度か操縦してみないと分からないのが普通。
(実際に、その”ズレ”によるラグは出ているのは間違いない。でも、それをカバーできるほどの………!)
注視すれば、ぎこちなさがあるのは窺える。だがそれを上回るぐらいに、戦士である蒼風の反応が早いのだ。
アイリスディーナは戦う前までに、この短時間で話し蒼風の性格を分析していた。命令違反をする程に勝気で、感情的な。戦士の例に漏れず、負けず嫌いで自信家であると。だからこそ回避に専念して、相手を焦らせる方法を取った。相手にとって想定外の事態を引き起こすことで、判断力を削ぎ落とさせる作戦に。
ドミネーターと戦士のフィッティングは完全ではない。あるいはその隙を突ければ、性能で劣る自分の廉価版ドミネーターでもやれる筈だと思っていた。
「どうかしました!? こんなもんかですか!? 根暗トップガンさん!」
「言わせておけば!」
アイリスディーナは余裕がなくなってきていた。猫ように機敏に、獣染みた反射神経、そして。
「そこだァっ!!」
「っ!?」
エネルギー噴射を全開にして一気に間合いをつめた蒼風が短刀サイズの刃を煌めかせる。虚をつかれたアイリスディーナは、無意識に姿勢をわざと崩した。
「なっ?!」
蒼風は標的が視界から突然消えたことに驚き、一瞬だけ思考を硬直させ、アイリスディーナはその一瞬の間隙を縫うようにして、体勢を立て直す。追撃はこないと、狙っての回避機動である。後詰がいたら、体勢を立てなおしている内に撃たれただろうが、それは来ない。
アイリスディーナは聞いていた。蒼風は最初に言ったのだ。手を出さないでください、私1人でやると。だからこそ蒼風は1人で受けて立った。回避に専念、判断力を削いで誘い込み、今流星からの狙撃で勝負を決める。あるいは自分の手で片を付けようと。だがここに来てその判断が間違ったものであることを悟った。
アイリスディーナは、侮っていた事を悔いる。目の前の戦士の技量は自分が思っていた以上に高い。この性能差でやり込めるのは非常に困難な相手であり、間違えなくても油断をすれば落とされる程の腕を持っていると。
このまま、誘導しきれるか。アイリスディーナは過った不安を断ち切るように叫んだ。
「やれるかじゃない――――やってやる!!」
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