テラーノベル
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夢主の設定
・名前:天満咲蘭(てんま さくら)
・キメツ学園中等部
・時透ツインズと同級生
空駆ける天馬
今日も、蝉の声に混ざってピアノの音が聞こえてくる。
軽やかなタッチ、重々しい低音、鮮やかな音の重なり。
「おっ、咲蘭のやつ今日も練習頑張ってんな」
双子の兄の有一郎が耳を傾けて言う。
「後で咲蘭んち行くけど、無一郎も来るか?」
「…うん、行く」
2軒隣の幼馴染みの咲蘭は小さい頃からピアノが上手で、今年もクラス対抗の合唱コンクールの伴奏を任された。
有一郎は咲蘭と同じクラスで、指揮者に立候補した。
いいなあ。僕も咲蘭と同じクラスがよかった。
指揮者なんて普段は自分からは名乗り出ないけど、咲蘭が伴奏なら僕も立候補する。
「兄さんと咲蘭のクラスの自由曲、“空駆ける天馬”だっけ?曲決めでCD聞いた時、格好いいけど歌もピアノも難しそうだった」
「ああ。めちゃくちゃ格好いいよな!…でも咲蘭、楽譜見て固まってた」
そりゃそうだよ。
歌うほうはそれぞれのパートの音取りして、覚えりゃいいけど。
伴奏するほうは譜読みも練習も指揮者と合わせるのも歌と合わせるのも随分練習が必要なんだから。
有一郎曰く、自由曲は多数決でクラスの半分以上が“空駆ける天馬”に手を挙げたらしい。
曲も格好いい上に、“てんま”が咲蘭の苗字と同じだったから。
クラスメートの冷やかしとか嫌がらせではなく、みんな咲蘭があの格好いい伴奏するのが聞きたかったみたい。
ピアノなんて弾いたことない僕でもあの曲の伴奏が難しいことくらい分かるよ。
でも咲蘭は責任感の強い頑張り屋さんだから。
決まったからには猛練習してるんだろうな。
お昼ごはんの後、2人で咲蘭の家へ。
ピンポーン
『あ、ゆうちゃん、むいくん。いらっしゃい』
「「お邪魔します」 」
ゆるっとした楽そうなワンピースを着た咲蘭が出迎えてくれて、リビングに入る。
冷房の効いた部屋。蓋を開けたままのピアノ。とんでもない音符の並びが描かれた楽譜。
「咲蘭、伴奏の練習順調か?」
『うーん…。課題曲はもう暗譜するくらい弾けるんだけど、自由曲がやっぱり難しくて苦戦してる』
すごい。夏休みに入ってまだ1週間とちょっとしか経ってないのに。もう課題曲は仕上げてるんだ。
「やっぱり自由曲難しいんだな」
『そうだよ。もうね、楽譜がバケモノ』
有一郎の言葉に困った顔で楽譜をバケモノ呼ばわりする咲蘭。
いいなあ。僕も咲蘭と同じクラスだったらなあ。
こうやって指揮と伴奏の合わせ練習するのも楽しいだろうなあ。
『ゆうちゃん、とりあえず課題曲を一緒に練習してくれる?』
「おう。よろしく!」
『ありがとう。むいくん、ゆっくり座っててね』
「うん、ありがと」
有一郎の指揮に合わせて咲蘭がピアノを弾く。
課題曲は学年共通だから、僕も合わせて小さく口ずさむ。
ああ、咲蘭のピアノの音、心地いいなあ。
小さい頃から発表会も誘ってもらって聞きに行って。
年々上達していく咲蘭。
僕たちは知ってる。 咲蘭が毎日たくさん練習してること。
当たり前だけど最初からスラスラ弾けるわけじゃない。
不安げなたどたどしい音から、次第にしっかりテンポキープもして自信のある音になっていく。
その変化も、毎日聞こえる咲蘭のピアノの楽しみ方のひとつなんだ。
『ゆうちゃんありがとう。むいくんもちょこっと歌ってくれてたね』
「うん。咲蘭のピアノ、やっぱり好きだな」
『嬉しい。ありがとう』
僕の言葉に咲蘭が顔をほころばせて笑う。
かわいい。
普段の穏やかな表情ももちろんだけど、ピアノを弾いている時の真剣な表情もギャップがあって大好き。そして弾き終えた後、安心したようにふにゃっといつもの顔に戻るのも。
『ゆうちゃん、試しに自由曲もいいかな?多分間違えるけど気にしないで。とりあえず最後まで弾き通してみるから』
「うん!やってみよう」
自由曲が始まる。
わあ… 手がすごい動いてる。指も生き物みたい。
ほんとに難しそう。でもやっぱりこの曲格好いい。
ところどころ間違えてるけど、止まらずに弾き通す咲蘭。
「すごい!もうこんな弾けるんだな!まだ夏休み入って2週間も経ってないし、2学期始まるまでには完璧に弾けるようになってそう!」
『うーん…そうかなあ……』
「大丈夫だって!」
不安そうな顔の咲蘭の頭を軽くポンポンする有一郎。
何してんの。ここぞとばかりにアピールしちゃって。
『むいくんのクラスの自由曲は何に決まったの?』
「えっと、“COSMOS”だったかな 」
『わあ!いいな~。私それがよかったの』
「そうなの?」
『うん。小学校の部活で歌ったの。大好きだったから覚えてるんだ』
咲蘭がピアノに向き直り、僕のクラスの自由曲を弾き始める。
ああ、なんて優しくて綺麗な音色なんだろう。
有一郎もうっとりと目を閉じて聞いている。
「やっぱ、1回弾いたことある曲は弾き込んであって聞いててすごく楽しいな」
「ほんとだね。咲蘭の優しい音によく合ってる」
『そう?ありがと』
照れたように笑う咲蘭もかわいい。
夏休みが終わる頃、毎日聞こえていた咲蘭のピアノの音がぱたりとしなくなった。
有一郎は別の友達と遊びに行ったので、僕は1人で咲蘭の家に向かう。
ピンポーン
少しの間があって、咲蘭が出てきた。
そして僕は驚きのあまり目を見開く。
「!?…咲蘭、どうしたの、その手……」
『…あ、これね』
咲蘭は左の手首から肘の下まで包帯でぐるぐる巻きにしていた。
そして、かすかに感じる湿布のツンとしたにおい。
『むいくん、とりあえず上がって』
「あっ、うん。お邪魔します」
リビングに入るとピアノの蓋も閉じられていた。
『あのね、腱鞘炎になっちゃった』
「…ひどいの?」
『ん…結構痛みが強くて。シーネで固定されてるからなんかすごい大事に見えるけど、取り外しできるしお風呂とかは大丈夫だよ。でも痛みが引くまで安静にって言われちゃった……』
だから最近ピアノ弾いてなかったんだ。
『もう夏休み終わるのに。2学期始まるのに全然練習できない。片手でしか……』
顔を曇らせる咲蘭。
『早く治さなきゃいけないのに、気持ちばっかり焦って。最近、合唱コンクール本番でぐちゃぐちゃな伴奏になっちゃう夢ばっかり見るの』
嫌な夢のせいで寝不足気味なんだろうな。
色白な咲蘭の目の下にうっすらクマができてる。
「咲蘭、元気出して!僕も腱鞘炎のこと調べてみるから。だから早く治してまたピアノ聞かせて?」
『むいくん…ありがとう』
3日程経って、また咲蘭の家へ行く。
「ピアニストの人のブログ読んでて見つけたんだ。腱鞘炎にいいっていう方法、試してみよう」
『どうするの?』
まず、お風呂より少し熱めのお湯に患部を浸ける。
そしてその後、今度は氷水に浸ける。
数秒ずつ繰り返すと、患部がドクンドクンと脈打つ感覚になるらしい。
お湯と氷水に交互に浸けて血流をよくするといいんだって。
それから、肘にある“手三里”っていうツボを押すと手首の痛みが緩和されるって。
『あ、これいいね。気持ちいい!…湿布のにおいはきついし、シーネで固定されてるのもちょっと痛くてストレスだったの』
「そっか……。…咲蘭、手かして」
差し出された咲蘭の手を、ネットで見た手順を思い出しながらマッサージする。
さっきの手三里じゃなくて、手のひらや母指球、小指球も。
早くよくなれ…と念じながら。
『わあ!むいくんマッサージ上手ね!気持ちいい』
「ほんと?よかった。ネットに書いてあったのを見様見真似だけどね」
右手も左手もマッサージして、咲蘭の手がぽかぽかになった。ついでに僕の手も。
『むいくん、ありがとう。わざわざ私の為に調べてくれて……。嬉しかった』
「!…ううん、咲蘭のピアノ聞けないの、僕も寂しいから」
にっこり笑う咲蘭に、心臓の鼓動が速くなる。
僕はありったけの勇気を振り絞って、咲蘭の華奢な手を自分の手で包み込んでぎゅっと握る。
ああ、細くて柔らかい、女の子の手だ。
「早くよくなりますように。またピアノ弾いてね。僕、咲蘭の弾くピアノが大好きなんだ」
ピアノが、じゃなくて咲蘭が好きなんだけど。
そこまではまだ言えなかった。
『ありがとう、むいくん。教えてもらった方法でしっかり治すから、またピアノ聞いてね』
「うん、もちろんだよ」
僕だけに向けられた、屈託のない笑顔。
笑ってくれてよかった。
「あ、シュークリーム買ってきたの忘れてた!一緒に食べよう。有一郎の分は買ってないから内緒ね」
『うん、わかった。ありがとう』
僕は笑顔を取り戻した咲蘭と、近所のケーキ屋さんから買ってきたシュークリームを食べて、他愛のない話をして過ごした。
いつも有一郎と3人だったから2人なのが新鮮で嬉しかった。
2学期が始まった頃、また咲蘭の家からピアノの音が聞こえてくるようになった。
むいくんが教えてくれた方法でよくなった!、と喜んでいた咲蘭。
よかった。僕も嬉しかった。
有一郎が咲蘭の家に伴奏合わせに行く時は僕もついてった。
腱鞘炎でピアノに触れなかった期間を感じさせないくらい、咲蘭はどんどん曲を仕上げていった。
合唱コンクール当日。
僕のクラスが歌い終わり、3クラス挟んで有一郎と咲蘭のクラスがステージに上がる。
課題曲が終わり、自由曲が始まる。
自分のクラスでさえ緊張しなかったのに、2人のクラスの自由曲でなぜだか胸が高鳴り手に汗が滲む。
♪銀の翼を ひからせて 秋の夜空を 駆けて行く天馬
雲の峰 つきぬけて 真北に向かう
ごらん 駿馬の駆けて行く 白銀の道を
風さえのけぞる 鎮まりかえる
銀の翼を ひからせて 秋の夜空を 駆けて行く天馬
地の声をたずさえて 天の声をたずねに
アンドロメダを 西南に スワンの星座を東南の
はるか彼方を あとにして
銀のたてがみ ひからせて 秋の夜空を駆けて行く天馬
(作詞:館蓬莱/作曲:黒澤吉徳)
ああ、なんて格好いいんだろう。
力強く、繊細に。激しく、柔らかく。
咲蘭の伴奏で歌も盛り上がる。
歌が終わった。
指揮者の有一郎と、伴奏者の咲蘭が揃って礼をする。
合唱コンクールは、2人のクラスが優勝した。
そして、天満咲蘭が最優秀伴奏者賞に選ばれた。
壇上に上がって賞状を受け取る咲蘭は、照れたように、でも嬉しそうに笑っていた。
咲蘭。ほんとに君は努力家で頑張り屋さんだよ。
手の痛み、取れてよかったね。
君の奏でる音楽に、僕や有一郎を含め、きっとたくさんの人が元気をもらっているよ。
これからもずっと、咲蘭のピアノを聴いていたい。
そして、僕もいつか、勇気を出して君に好きだって伝えるんだ。
終わり
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