テラーノベル
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夢主の設定
・名前:如月朱莉(きさらぎ あかり)
・甘味屋で働いている
どの店のおはぎよりも
今日は来てくださるかな?
鬼殺隊の不死川さん。
“柱”っていうものすごい実力を持った立場なんだって。
お店の仕込みを終えた時には随分遅くなってしまったあの夜、私は鬼に襲われた。
なんて禍々しい姿なんだろう。
必死で走って逃げて逃げて、草履の鼻緒が切れて転んだ。
ああ、もうおしまいだ。
お父さん、お母さん、そちらに行くのが早まった娘を許して……。
死を覚悟したその瞬間。
ズバアァァン!!!
鬼は断末魔を上げる間もなく塵になって消えた。
背中に“殺”の文字。
私を助けてくれたのは、鬼を狩る“鬼殺隊”の不死川実弥さんだった。
緑がかった刀には、“惡鬼滅殺”の文字。
「大丈夫か?…こんな遅くに若いお嬢さんひとりで出歩くなんて危ねえぞ」
傷だらけの顔や腕、少々乱暴な口調とは似つかわしくない、とても優しい手で倒れた私を引っ張り起こしてくれた。
お店の裏の住居のほうに送ってもらった私は、助けてもらったお礼を言って、甘いものが苦手じゃなければ今度うちのお店でご馳走させて欲しいと伝えた。
その5日後、不死川さんがお店に来てくれた。
「ここの甘味屋気になってたんだ。あんたが1人で切り盛りしてるんだってなァ」
『はい、亡くなった両親が遺してくれたお店なので畳まないでおきたくて 』
そうか…と頷き、お品書きに目を通した不死川さんは、おはぎと抹茶を注文してくれた。
私が作ったおはぎを口に運ぶ。
お抹茶もその怖そうな容姿からは想像できないくらい丁寧な所作で口に含む。
「!…うまい」
『わあ!よかったです』
それから不死川さんは、任務で遠くに出張する日以外、毎日お店に通ってくれた。
命の恩人だから毎回無料でいいって伝えたけど、2回目以降はそうさせてくれなかった。
おはぎ以外にも、日によってお団子や桜餅、羊羹、お饅頭、琥珀糖などなど、お店の甘味もあれこれ注文してくれて。
他の柱の皆さんにも差し入れしたいからと持ち帰りの注文もしてくれた。
常連さんはたくさんいるけれど、不死川さんがお店に足を運んでくれるのが何より嬉しくて、いつの間にか私の楽しみになっていた。
きっとこれは、命を救ってもらったからという理由だけじゃない。
彼のことを考えると胸の鼓動が強く速くなって。
「うまい!」と笑ってくれる顔を思い出すと、とても幸せな気持ちになるの。
恋人…いるのかな。
あんなに素敵な人だから、きっとモテモテなんだろうなあ。
命の恩人だもの。付き合いたいなんて、そんな厚かましいこと望まない。
でも、彼が来てくれるかもと思うと、普段のお化粧に少し色を足してみたりしてしまう自分がいる。
「朱莉。いるかァ」
そう言ってお店の暖簾をくぐる不死川さん。
注文は、毎回おはぎと抹茶。それにプラスして別の甘味も注文してくれる。
『はい、お待たせいたしました。どうぞ』
「いただきます。…ん!今日も美味い!」
顔をほころばせる不死川さんを見て、胸が高鳴り頬が熱くなる。
ああ、自分が作ったお菓子を食べて喜んでもらえるのがこんなに嬉しいなんて。
もちろん今までもお客様の笑顔は嬉しかったけど、不死川さんが見せてくれるそれは私にとって最高だった。
やっぱり私、この人が好き。
告白する勇気なんてない。
この関係が壊れるのが嫌だから。
甘味屋の店主と常連のお客様。それでいい。
ほぼ毎日来てくれる彼の、嬉しそうにおはぎを頬張る顔を眺めるのが本当に幸せだったから。
2週間以上、不死川さんがお店に来ない日が続いた。
はじめは任務で忙しいんだろうな、くらいに考えていたけど、日が経つにつれて心配と寂しさが増していく。
どうしたのかな。彼の身に何かあったんじゃ……。
他に美味しいお店見つけたのかもしれない。
それか恋人ができて、私のことなんてすっかり忘れちゃったのかも。
もし彼に何かあったとしても、こんな一般人相手に知らせなんて来ないだろう。
不死川さん…会いたいなあ……。
さらに1週間くらい経ったある日、ひょっこり現れた不死川さん。
『いらっしゃいませ。……あ!』
「よお、朱莉。元気にしてたかァ?」
『…っ!私は元気ですよ。……不死川さんは今日はちょっとお疲れ気味ですか?』
「ああ。見ての通りヨレヨレだ。とりあえず注文いいか?」
『はい…!』
嬉しい。不死川さんがまたお店に来てくれた!
思わず滲んだ涙をこっそり拭う。
閉店時間ギリギリだったので、私はお店の表の札を“本日の営業は終了しました”にひっくり返して彼のところへ戻る。
「悪い。もう店閉める時間だったなァ」
『あっ、気にしないでください。このほうがゆっくりできていいですから』
「…ならいいけどよ。いつものもらえるか?」
『はい!お待ちくださいね』
1ヶ月近く顔を見ていなかった甘味屋の女店主。
俺が注文した“いつもの”を用意する為、店の奥へと消えてった。
鬼に襲われていたところを助けたのが彼女との出会いだった。
ひと目惚れだった。
外国の人形さんのように少しくるりと癖のついた茶色がかった黒髪を後ろで1つに結び、そこに蜻蛉玉の髪飾りを着けていた。
肌は白く、瞳は澄んだ琥珀色。
彼女は死んだ両親が遺した店を、自身が引き継ぎ1人で切り盛りしていた。
前々から気になっていた甘味屋だった。
命を救われた礼にご馳走したいと言われたので一度来てみたが、おはぎが美味すぎて驚いた。
抹茶も濃く、上品な苦みで甘い餡によく合う。
おはぎだけでなく他の甘味も注文して食べたが、どれも本当に美味かった。
他の柱の連中やお館様にも差し入れし、とても喜ばれた。
すっかり胃袋も心臓も鷲掴みにされた俺は、任務が日を跨ぐ時以外は毎日朱莉の店に足を運んだ。
味はさることながら、性格もおっとりとしていて明るく、非の打ち所がない。
常連客の半分以上は男のようだ。
もっと朱莉のことが知りたい。
もっと俺を見てほしい。
俺を意識してほしい。
彼女を、ゴミのような鬼共から全力で守りたい。
朱莉と会う度に、彼女の作った甘味を口にする度に、そう強く思う。
長期任務の間、朱莉と、朱莉の作ったおはぎの味が忘れられなかった。
どうしているだろうか。
任務に出るその前日、しばらく店に寄れないことを伝えておけばよかったと後悔したものの、 連絡の取りようもないので任務が終わるまでじっと辛抱した。
やっと任務が終わり、さすがに疲れたが、とにかく早く朱莉の顔が見たくて帰りを急いだ。
日が沈みかけた頃、やっと朱莉の店に辿り着く。
久し振りに見た彼女は、また一段と綺麗になっていた。
閉店間際だったのに押し掛けてしまい申し訳ない気持ちにもなったが、ゆっくりできるからと表の札をひっくり返してきてくれた。
『お待たせいたしました』
「ありがとうなァ。いただきます」
ずっと食べたくて仕方がなかった、朱莉が作ったおはぎを口いっぱいに頬張る。
滑らかな餡と、ぎっしり詰まったもち米とうるち米。
「…やっぱ美味いわ。任務後の身体に染み渡るな」
『ありがとうございます。また来てくださってほんとに嬉しいです!』
花が咲いたように笑う朱莉。
それを見て、胸の奥が蝋燭の火が灯ったように温かくなる。
ああ、自分はこんなにも、朱莉のことを好きになっている。
朱莉とずっと一緒にいたい。
俺が、彼女を幸せにしたい。
でも。
醜い鬼共を殲滅する為に鬼殺隊に入った。
いつ死ぬか分からない身で、一般市民として平和に生きている彼女に好意を伝え、交際を申し込むのはあまりにも無責任じゃないか。
自分が元気で仕事ができるうちはいい。
朱莉のことも、彼女が大切にしている店も客も、俺が全身全霊をかけて守るから。
じゃあ 、万が一、自分が命を落とした時は?
幸い死ぬまでいかなくても、鬼との戦闘で身体が再起不能になる可能性だって0ではない。
もしもそうなったら、前者でも後者でも朱莉を幸せにするどころか不幸にさせてしまう。
朱莉を悲しませるくらいなら、他の男と共に生きる彼女を影からそっと守るほうがいいんじゃないか。
『不死川さん…?』
「…あ、悪い。ちと考え事してた」
朱莉に声を掛けられ、はっとして彼女のほうを向くと、心配そうな顔をしてこちらを見つめていた。
澄んだ琥珀色の瞳に自分が映っている。
『…お疲れですよね。大丈夫ですか?』
「ああ、大丈夫だ」
そんなに見つめないでくれ。
心臓がうるさい。
『あの、不死川さん。…またおはぎ食べに来てくださって、私、本当に嬉しかったです。……その…もしかしてもっと美味しいお店見つけられたかな、とか、忘れられちゃったかな、とか…色々考えちゃってました』
「何言ってんだよ。朱莉のおはぎが他のどの高級甘味屋のより美味いに決まってんだろ。…忘れたことなんてひと時もねぇよ。むしろずっとお前のこと考えてて………あ」
俺は何を口走ってんだ。
しまったと思い朱莉を見ると、綺麗な薄紅色の頬を更に赤くして、琥珀色の瞳を大きく見開いてこちらを見ている。
『えっと、すごく嬉しいです…ありがとうございます…っ!』
恥ずかしそうに目を伏せる朱莉。
ああ。もうここまで来てしまったら伝えよう。自分の気持ちを。
誤魔化そうにも無理だ。
「…朱莉。俺な、お前のことが好きになっちまった。任務で来られなかった間も、お前の笑った顔と、お前の作るおはぎの味が忘れられなかった。別の店のおはぎも食べてみたんだが、ここのおはぎにはどれも敵わなかった」
言ってしまった。
もしかすると恋人がいるかもしれない女性に。
困らせてしまう。
『…嬉しい!…私も、不死川さんのことが好きです……!』
「え!?」
思い掛けない彼女の返答に、素っ頓狂な声が出てしまった。
『不死川さんが美味しそうに私の作ったお菓子を食べてくださるのが本当に嬉しくて。…すごく素敵な方だから、きっと恋人も、ひょっとしたら奥様もいるんじゃないかなって。今の関係が壊れるのも怖くて告白もできずにいました……』
俺は夢を見ているのか?
想いを寄せた相手が自分のことを好いていてくれたなんて。
「…ただな。ひとつ気にかかることがあってな」
『?』
俺は立ち上がり、机を挟んだ向かいの長椅子に座る朱莉の目の前に跪く。
そして彼女の手をそっと握る。
自分の剣だこだらけのゴツゴツした分厚い手とは違う、細くて柔らかな、綺麗な手だ。
「俺はいつ死ぬか分からない身だから、お前を幸せにするとか簡単に言えないんだ。もし俺がいなくなったら、きっと悲しませてしまうから……」
『不死川さん……』
朱莉が俺の手をぎゅっと握り返す。
『だったら、死なないでください。“私の為に”生きてください!…私、誰かをこんなに好きになったの、初めてなんです。…不死川さんがいいんです。不死川さんが飽きるまで、いくらでもおはぎ作りますから。たくさん身体を動かせるように、美味しいごはんも作ります。隊服が破れたら繕います。だから、お願い…私の傍にいてください 』
目を潤ませながら話す朱莉。
俺は堪らなくなって、立ち上がり彼女を抱き締めた。
ああ、なんて華奢なんだ。
こんな俺を好きだと言ってくれた。
俺に、“私の為に”生きてほしいと言ってくれた。
傍にいてと言ってくれた。
「…朱莉。俺が絶対、一生お前のこと守るから。絶対、お前のところに鬼なんて来させねえから。俺と、恋人になってほしい」
『!…はい、よろしくお願いします、“実弥さん” 』
突然の名前呼びにまた鼓動が速くなる。
俺は朱莉を抱き締める腕に力を加えた。
彼女もぎゅっと抱き締め返してくれた。
『…その…、ゆくゆくは、恋人じゃなくて、旦那さまになってほしいです……』
「〜〜〜っ!!」
腕の中でこんな可愛いことを言われてしまっては身がもたない。
俺は一旦身体を離し、愛しい人の柔らかな唇にそっと口づけを落とした。
終わり
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