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暗い空。
重く湿った空気が、戦場を包んでいた。
対峙するのは“最初の殺し屋”。
コードネーム【0000】──プロトタイプ・エデン。
彼は人間でありながら、
感情の全てを殺し、命令だけに従うよう作られた、完全なる“殺戮装置”。
「お前たちは、エラーだ。感情など、世界に不要なノイズにすぎない」
「それでも──」
翠は一歩、前に出た。
「お前に会うために、生きてきたわけじゃねぇ」
銃口を向ける。
対するエデンも、無機質に構えた。
「お前が“名前”を知らないっていうなら──」
栞がその横に立った。
「私たちは、それを“教えるために”ここにいる」
銃声。
刃が交わる。
殴打と蹴り、叫びと衝突。
だが、それは単なる戦いではなかった。
エデンの目に、ほんのわずかに揺らぎが生まれていた。
何度も殺されかけながら、それでも栞は言葉を重ねる。
「あなたにも、本当はあったはずなんだよ。
誰かに抱きしめられて、笑って、怒って……泣いてよかったはずの時間が!」
「私は……知らない……!」
「なら、今教える!」
栞が手を伸ばす。
その瞬間、エデンの刃が振り下ろされた──が。
「っ……!」
間に入ったのは、翠だった。
腕から血が流れる。
それでも彼は笑っていた。
「……バカみてぇな顔してるぜ。
誰にも名前を呼ばれずに生きてきた奴の目、してる」
そして、栞の手がエデンの胸元に触れた。
「あなたの名前は、“黎(れい)”だよ。
暗闇にいても、夜明けに最初に目覚める光──“黎明”の“黎”。
……それが、あなたの始まりの名前」
「名……前……?」
エデンの動きが、止まった。
刃が、地面に落ちる。
「……名……前……」
その声に、初めて人間の震えが宿っていた。
***
エデン──いや、“黎”はその場に膝をつき、
涙を流しながら何度も自分の名前を繰り返した。
「俺は、黎……黎……」
ふたりは、その姿を静かに見つめていた。
「……終わったのか?」
「うん。これが、本当の終わりだよ」
***
それから数週間後。
事件は水面下で処理されたが、“楽園計画”の全貌は一部で語られ始めていた。
元コードネームの者たちは、鴇の働きで“生き直す道”を得ていく。
そして――
海の見える丘の上、木造の小屋で。
「翠さん」
「ん」
「……名前で、生きていくって、案外大変だね」
「そりゃそうだ。俺なんて、まだお前の分の誕生日覚えられてねぇ」
「ばーか」
「でもよ、栞」
「……なに」
「お前の名前を呼ぶために、生きてきた。……そう思ってるよ、俺は」
栞の目に、涙がにじむ。
そして。
翠が、静かに彼女の肩を抱き寄せる。
「なぁ、栞」
「……ん?」
「口、借りていいか?」
「もう、“借りる”もなにも、ずっと“あなただけの”だから」
笑って、目を閉じたその唇に、
そっと触れた。
優しくて、あたたかくて、
世界で一番、生きていると感じられる口づけだった。
命よりも確かな感情。
名前よりも深く結ばれた、“ふたりだけの記憶”がそこにあった。