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夜明け前の空は、ひどく青かった。
まだ太陽も出ていないのに、
世界だけが先に目を覚ましてしまったみたいな色。
ノアは、一人で剣の手入れをしていた。
カチ、カチ、と
金属の音だけが静かに響く。
――昨日の夢のせいか、胸がざわつく。
「……また、無茶する顔してる」
背後から、レイヴンの声。
ノアは、振り返らない。
「……してない」
「その返し、もう信用ゼロなんだけど」
レイヴンは、隣に腰を下ろす。
「……昨日のこと」
ノアの手が、一瞬止まる。
「……うん」
「……カイの話」
少し、沈黙。
「……俺、あの人に……
ちょっとだけ……嫉妬してる」
ノアは、微かに目を見開いた。
「……なんで」
「……お前の“全部”を、先に知ってたから」
ノアは、小さく笑った。
「……それ、ずるい……」
「……お互い様だ」
二人の間に、やわらかい沈黙。
そのとき――
空気が、変わった。
ひやっとした感覚が、背中をなぞる。
「……ノア」
レイヴンが立ち上がる。
「……来る」
次の瞬間。
森の奥から、黒い結晶みたいな魔法陣が浮かび上がった。
その中心に――
仮面の男。
黄昏色の三日月の紋章。
「……やあ」
低く、穏やかな声。
「探してたよ。
“生き残り”」
ノアの心臓が、跳ねる。
「……お前……」
男は、ゆっくり近づいてくる。
「……二年前の夜。
君たち、尾行されてたの知ってる?」
ノアの喉が、ひくっと鳴る。
「……何の話……」
男は、懐から小さな水晶を取り出した。
そこに映し出されたのは――
二年前の森。
焚き火。
倒れるカイ。
「……っ……!」
ノアの足が、よろける。
「……それ……」
「……記録魔法」
男は淡々と言う。
「君たち、
最初から“標的”だった」
ノアの頭が、真っ白になる。
「……嘘……」
「……嘘じゃない」
男は、静かに続ける。
「君の異能力。
あれ、普通じゃない」
ノアの目が、揺れる。
「……あの夜」
男は、画面を操作する。
「……毒が使われたのは事実だ」
ノアの息が止まる。
「……でもね」
男は、ゆっくり言った。
「本命は、君だった」
レイヴンが叫ぶ。
「……ふざけるな!!」
「ふざけてない」
男はノアを見る。
「カイは、
“君を庇って”死んだ」
ノアの世界が、崩れた。
「……は……?」
「元々、毒は君の飲み物に入ってた」
男は、淡々と続ける。
「……でも、彼は気づいた」
水晶の映像が、巻き戻る。
カイが、ノアのカップを取り上げる。
そして――
何も言わずに、飲む。
ノアの喉から、変な音が漏れた。
「……嘘……」
「……本当だよ」
男は、少しだけ微笑む。
「彼、最後まで言わなかっただろ?
“自分が狙われてた”って」
ノアの手から、剣が落ちた。
「……私の……せい……」
膝から、崩れ落ちる。
「……私が……生きてるから……」
レイヴンが、叫ぶ。
「ノア!!
違う!!」
男は、興味深そうにそれを見る。
「……ああ、いい反応だ」
ノアは、頭を抱える。
「……私が……殺したんだ……」
「……違う」
レイヴンが、ノアの前に膝をつく。
「……それでも、俺は……」
ノアは、顔を上げる。
「……私……生きちゃいけなかった……」
その瞬間。
男の魔法が発動する。
黒い鎖が、ノアの身体に絡みつく。
「……ちょうどいい」
男は言う。
「君を、
“完成品”にしよう」
「やめろ!!」
レイヴンが斬りかかる。
だが、弾かれる。
アイリスが叫ぶ。
「ノア!!」
ノアの視界が、暗くなる。
最後に見えたのは――
レイヴンが、必死に手を伸ばしてる姿。
⸻
――意識の底。
ノアは、真っ暗な空間にいた。
「……ここ……どこ……」
そのとき。
前に、誰かが立っていた。
――カイ。
「……ノア」
ノアの涙が、一気に溢れる。
「……カイ……!!」
駆け寄ろうとして、止まる。
「……私……」
カイは、優しく微笑んだ。
「……やっぱり来たか」
「……なんで……
なんで……黙ってたの……!!」
ノアは、泣きながら叫ぶ。
「……私が死ぬべきだったのに……!!」
カイは、首を振る。
「……違う」
ノアの頬に、そっと手を伸ばす。
「……お前が生きてる世界の方が……
俺は、いい」
「……でも……!!」
「……それにさ」
カイは、少し照れたように笑う。
「……約束、してただろ」
「……海……」
「……そう」
カイは、静かに言う。
「……お前が生きて、
誰かを好きになって……
それでいいんだよ」
ノアは、首を振る。
「……嫌だ……
私……裏切ってるみたいで……」
「……裏切ってない」
カイは、真剣な顔になる。
「……それが、俺の“本当の願い”」
ノアの胸が、ぎゅっと締まる。
「……私……」
カイは、微笑んだ。
「……起きろ、ノア」
「……え……」
「……まだ、終わってない」
カイの姿が、光に溶ける。
⸻
ノアは、目を開けた。
――冷たい石の床。
鎖に繋がれてる。
薄暗い部屋。
目の前には、あの仮面の男。
「……おはよう」
ノアの目に、涙が残ってる。
「……カイ……」
男は、微笑む。
「……さあ」
鎖を引く。
「君の物語、
ここから“第二章”だ」