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「ソラヤも、試してみない?」
ある日の事、ラヴァリン王国を訪問したソラヤ・アル・カマルという他国の王女に、シトリンは小瓶を手にして話しかけた。
ソラヤが住まう国は、 ラヴァリン王国から海を挟んだ西側にある、その名をアルタリア王国という。
宝石の一大産地であるため国は豊かだが、その国土の大半は砂漠であり、作物を育てる事は困難である。
だから、火山によって農業が難しいラヴァリン王国を訪れ、国の運営を学ぼうと考えた………というのは建前で、単に仲のいいシトリンに会いに来たというだけだ。
アルタリア暑く、日差しが強いから、生粋のアルタリア人は、皆一様に色素が濃く、黒い肌に黒い髪、黒い目をしている。
それなのに 白い肌、金色の髪、紫水晶の瞳を持つシトリンと仲良く話す姿は、姉妹のように見えてくるから不思議である。
「これがさっき言ってた、竜神の薬泉?」
アルタリア王国にも竜の伝承はあるが、竜が浸かった泉が薬になるという話は、少なくともソラヤは知らない。
幼少期からお互いを知る仲ではあるが、未知の物を差し出されて、若干訝しく思ってしまう。
「ええ、そうです。肌に塗れば美容に、飲めば健康に、痛む所に塗れば痛みが和らぐと言われてるの」
「す、凄いわね………」
いくらなんでも万能すぎる。と、ソラヤは内心思った。相手がシトリンでなければ、これは詐欺師の物言いだと考え、取り合おうともしなかっただろう。
ソラヤは、小瓶を手に取り、シトリンの笑顔を前に少し迷った。アルタリア王国の王女として、未知の薬を試すのは躊躇いがある。もし、酷く肌が爛れたりしたらどうしよう………。
とはいえ、自分が好奇心の強い質である事は自覚している。それに、こうまで勧めてくる親友を無下に拒絶するのも、気が引ける。
シトリンの目は輝きに満ちている。幼馴染の彼女が、こんなに熱心に勧めるのなら、きっと悪い物ではないだろうと思うことにした。
「じゃあ、試してみるわ。どうやって使うの?」
シトリンはにこりと頷き、小瓶をソラヤに差し出した。
「まずは肌に塗ってみて。アルタリアは今、乾季でしょ?肌の養生はいくらしてもし過ぎるって事は無いはずよ」
確かに今、アルタリア王国は乾季真っ只中である。
アルタリア人は、その環境に適応した民族なので、乾燥に強い体質だが、それでも肌のケアは欠かせない。
「サラサラね」
瓶を振ると、中で液体がちゃぷちゃぷと跳ねて音を立てる。粘り気は一切無い。さらさらの、透明な水だ。
「だって汲んできた水そのままなんだもの」
肌の養生に使う化粧品と言えば、大体粘性があるものだとソラヤは思っている。クリームだのオイルだの、薬草を漬け、粘性を付けた物だの。
しかし、この薬泉は清らかな水そのもので、どう見ても保湿効果など望めそうにないように思える。本当にこれで美容にいいのか疑わしいものだ。
(本当に効果があるのかしら?)
彼女は瓶から少量の水を指先に取り、手の甲に塗ってみた。冷たい感触が広がり、すぐに肌に染み込んでいく。
最初はただの水のように感じたが、数秒後、奇妙な温かさが手の甲を包んだ。まるで内側から優しく温められるような、心地よい感覚。
「え……これ、凄いわ!もう肌がしっとりしてる……!」
ソラヤは目を見開き、驚きの声を上げた。いつものオイルやクリームではここまで即効性を感じたことはなかった。肌が瑞々しくなり、乾燥による皺が消えていくのがわかる。
ソラヤは目を丸くして、とシトリンの顔を交互に見た。顔には驚愕の表情が浮かんでいる。
「これ凄いわ!本当に汲んできただけの水なの?」
「本当よ、汲んで来ただけ。汲んだ時との違いは、冷めた事くらいじゃないかしら」
シトリンは、うふふと笑いながら、優しく答えた。
年齢で言えば、ソラヤの方が一つ上なのだが、アルタリアの文化的に、放任主義で育てられたからか、シトリンの方がお姉さんぽい所がある。
「ほんとにほんと?薬草を漬けたとか、オイルを混ぜたとかしてないのよね?」
ソラヤはまだ、ただの水にそんな効能があるなんて、信じられない気持ちのようだ。
「本当よ。この水を汲ませている荷運びの衆が、腕がツヤツヤになりすぎて男らしくないって文句を言ってくるくらいだもの」
ソラヤは、何の話なのか一瞬理解出来ない様子だったが、すぐにその光景を思い浮かべて、思わず吹き出して、腹を抱えて大笑いした。
肌艶が良くなった事を悩む、屈強な男達。思うだに滑稽である。
「ぷっ!あはははははは!力持ちなのに、そんな事を気にするだなんて、変なの!」
シトリンも、ソラヤに釣られて一緒に笑った。
シトリンが集めた男衆は、腕力自慢だがガラの悪い、鼻摘み者である。
そういう者達は、外面ばかり気にして、男伊達を張ることに命を掛けている。
筋肉は力仕事のために付けた訳ではなく、見栄えのために鍛えたら、たまたま仕事に役立ったというような経緯の者だらけだ。
身体に傷が出来たら、(傷を負った経緯はどうあれ)それは勇敢な証だと喜んでみせる。
肌など荒れていた方が、手にはタコがあればあるほど、男らしいと思って止まない者達だ。
肌艶がある男など、軟弱者だと毛嫌いするような手合いなのに、肌がきれいになってしまったのは、複雑な心境だったろう。
「あははは、男の人達は困るかもしれないけど、私達女性には嬉しいわね」
「男の人達みんなじゃないわ。そういう威勢の良い人達だけよ」
ソラヤは笑いすぎて、目の端に涙を滲ませていた。しばらくは呼吸を整えるので精一杯らしく、ヒィヒィと息を切らせていた。
ソラヤが落ち着くのを待って、シトリンは話を続ける。
「それでどうかしら。少し持って帰ってみない?」
シトリンの提案に、ソラヤは喜色満面。まるで幼児のようにはしゃいでいる。
「少しと言わず、持てるだけ欲しいわ!こんな良い物、みんなに教えてあげなくちゃ!」