サンダリオス家の屋敷は、グランドランドの山脈に囲まれた荘厳な石造りの城だった。
広間の円卓には、古の魔法の紋様が刻まれ、窓からは炎と風の粒子が揺らめく。
重い扉が軋み、ミラ・クロウリーが広間に足を踏み入れた。
14歳の超エリートスパイである彼女の紫色の瞳は、いつもより暗く沈んでいた。
彼女の手には緊張が滲む。
第19話での任務失敗――
禁断の果実がレクトのフルーツ魔法を変化させるどころか、果実の幅を広げてしまった――
そのことを、パイオニアに報告しなければならない。
「ミラ…結果はどうだ?」
パイオニアの声が、広間を震わせる。
彼の炎魔法が、円卓の周囲に熱波を放ち、壁の紋様を赤く染める。
国の守護者として最前線に立つ彼の目は、まるでミラを焼き尽くすかのように鋭い。
ミラが膝をつき、頭を下げる。
「………しっ、失敗しました、
禁断の果実は…レクトの魔法を変化させませんでした。
むしろ強化させたかもしれない。彼は禁断の果実を作れるようになっていた!」
彼女の声が震える。
任務前のおちゃらけた雰囲気はまるで無くなっていた。
「何!?」
パイオニアが立ち上がり、拳を円卓に叩きつける。
炎の粒子が爆ぜ、広間が一瞬熱くなる。
「強化だと!? なぜだ、ミラ!
強化される前にお前の鋼魔法で抑えつければ良かったものを!!!!」
「返す言葉もございません……っ!!!」
彼の怒りが、まるで炎の嵐のように広間を包む。
エリザが窓際から振り返る。
彼女の台風魔法が、空気を微かに震わせる。
「ミラ…何が起きたの? 果実は…」
彼女の声には、母としての不安と、第16話でのレクトとの電話の記憶が滲む。
ルナが冷たく笑う。
彼女の影魔法が、床に黒い霧を漂わせる。
「ふふ、さすが落ちこぼれね。あの果実をフルーツとして吸収? 笑えるわミラさん、失敗したの?」
ミラが唇を噛む。
「…レクトのフルーツ魔法が、果実を異物と認識せず、取り込んだんです。
私…彼の力を過小評価していました。」
彼女の紫色の瞳が揺れ、鋼のブレスレットがカチャリと鳴る。
パイオニアが一歩踏み出し、声を低くする。
「ミラ、お前は…!」
「パイオニア、落ち着いて。」
エリザが割って入る。彼女の金色の髪が、風になびく。
「レクトの魔法…もしかしたら、私たちが間違っていたのかも…」
彼女の言葉に、パイオニアが振り返る。
「何だと、エリザ? サンダリオス家の守護者に、フルーツ魔法など許されん!
ルナ、ミラ、新たな計画を立てろ。
レクトの魔法を今すぐ排除しなければ!」
ルナが笑う。
「どうする、パパ? またミラにやらせて失敗?」
彼女の影が、円卓を這う。
ミラが立ち上がり、静かに言う。
「…次は失敗しません。ですが、レクトのフルーツ魔法を甘く見すぎていた…
想定外です。時間をください。」
広間は混乱に包まれ、
サンダリオス家の計画は大きく揺らいでいた。
Episode.20
一方、セレスティア魔法学園の屋上では、
夕陽が校舎を赤く染めていた。
6月の風が吹き抜け、ヴェルとビータが向き合っていた。
第19話でのジェイド町の夜――
ミラが禁断の果実をレクトに食べさせ、
彼が倒れたこと、
ミラの逃亡――
が、ヴェルの心を不安と疑惑で埋め尽くしていた。
ビータが腕を組み、
時間操作魔法で空気を軽く歪ませる。
「で、ヴェル。
昨日の夜というのはどういうことだ?」
彼の声は軽いが、目は真剣だ。
ヴェルが唇を噛む。
「うん…ミラが、レクトに何かをしたの……。
かくかくしかじかで、私がいない間に……っ、レクトあんな苦しそうにしてて……! 」
ビータが頷く。
「オッケー。俺の魔法なら、ちょっとだけ過去を覗ける。
昨夜のジェイド町のコテージに、行ってみよう。」
彼の手が光り、時間が揺らぐ。
屋上の空間が歪み、
二人はジェイド町のコテージの夜に遡った。
月光が木の壁を照らし、ヤシの葉が揺れる。
レクトがベッドに座り、ミラが禁断の果実を鋼のナイフでカットしている。
虹色の果肉が輝き、鋼の光が月光を反射する。
「ほら、レクト君、食べて。」
ミラの声が響く。ヴェルが息を呑む。
そして言う。
「あれ…! あの果物、禁断の果実だ!
まだ習ってないけど教科書に載ってる……っ!」
ビータが目を細める。
「心を蝕み、魔法を変えるってやつだな。
…見てろ、ヴェル。」
タイムリープ魔法がシーンを進め、レクトが果実を食べ、ふらついて倒れる。
そして、彼の手から大量の「禁断の果実」と、小さなリンゴがポトリと落ちる。
「フルーツを…創ってる!?」
ヴェルが叫ぶ。
ビータが頷く。
「禁断の果実を、フルーツとして認識したのか」
過去の映像が消え、
二人は屋上に引き戻される。
夕陽が、ヴェルの茶髪を染める。
「禁断の果実……、魔法の交換、、、。
そもそもミラはなんでそんなこと…?」
ビータが静かに言う。
「ミラ、サンダリオス家側の人間なんじゃない?
フルーツ魔法を無くしたかったんだろう。
それでパイオニアの命令で動いてる。
けど、失敗したってことは、
レクトの魔法が想定外だったんだ。」
ヴェルの拳が震える。
「レクト…そんな危険な目に…」
彼女の胸に、第19話での抱擁が蘇る。
(私は、レクトを守らなきゃ…)
そして、ビータがさらに続ける。
「なあ、ヴェル。
こうなってくると気になることがある。
ゼンのこと…覚えてるか?」
ヴェルの顔が強張る。
ゼンの殺人事件――レクトが毒林檎でゼンを故意で殺した過去。
…………
ヴェルが声を低くする。
「…うん。
レクトが、毒林檎で…、
仕方なかったんだよ、、?
………
……だっ、だって、
リンゴだと思って食べさせたらそれが毒林檎でさ!」
ビータが目を細める。
「大丈夫だヴェル。今となってもう責めようとは思わない。
ちゃんと俺は一部始終を見ていたから。」
彼の言葉にヴェルは涙目になっていく。
そしてビータが続ける。
「だけどそれ……、そうなると、
レクトは過去に毒林檎を食べていたことになるんだよな。」
彼女の言葉に、ヴェルの心臓が跳ねる。「え…!? 」
「ああ、だって禁断の果実は、レクトが食べて学習したからこそ生み出せたわけだろ?
毒林檎だって……。
過去に食べて学習したから、生み出せたんじゃないかと」
二人は沈黙する。
レクトが…毒林檎を…?
ヴェルの頭に、レクトの過去がフラッシュバックする。
サンダリオス家からの追放、ゼンとの確執、フルーツ魔法への執着。
ビータがヴェルの肩に手を置く。
「ヴェル、落ち着け。
ゼンのことは、俺も知ってる。
レクトの秘密、絶対守る。カイザにも、誰にも言わない。」
彼のタイムリープ魔法が、まるで誓いを固めるように空気を揺らす。
「俺はただ、もしレクトが過去に毒林檎を食べさせられるような酷いことに遭っていたなら、ちょっと心配だなって……思っただけなんだよ。」
ヴェルが頷く。
「ありがとう、ビータ…
ミラのこと、もっと調べなきゃ。
レクトを…もう傷つけたくない。」
夕陽が沈む中、彼女の決意が屋上に響く。
「……ああ、そうだな」
その夜、星光寮のレクトの部屋は静かだった。
窓から差し込む月光が、木製の床に柔らかな影を落とす。
彼はベッドに座り、
バナナの魔法の杖を握りしめる。
ジェイド町での出来事――
虹色の果実、ミラの微笑み、ヴェルの抱擁――が、頭から離れない。
僕…あのよく分からない果実を創れるようになった…
試しに手を振ると、掌から小さな梨がポトリと落ちる。
そしてさらに、虹色の果実も落とす。
フルーツ魔法の新たな力に、彼は戸惑いながらも希望を感じる。
(この力で…父さんに認められるかな…?)
「……なんて、そんなわけないか。」
その時、ドアの下に一通の手紙が滑り込んできた。
封筒には、サンダリオス家の紋章――炎と風が交錯する紋様。
レクトの手が震える。
(父さん…?)
封を開けると、短い文が書かれていた。
「レクトへ。明日、モーニング・クレセントで会おう。
父として、お前と過ごしたい。
愛しているよ。父より」
とても今のパイオニアから放たれる言葉には思えなかった。
レクトの頭は困惑で埋め尽くされる。
(父さん…………え、、、……は、、、え?)
希望と恐怖が交錯する。
グランドランドの3大陸の緊張、
禁断の果実の影、
ゼンの殺人、
そしてサンダリオス家の策略が、
彼の運命を静かに脅かしていた。
次話 8月30日更新!
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どんな寮なんだ…