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Episode.21
セレスティア魔法学園の星光寮は、
夜明け前の静寂に沈む。
レクト・サンダリオスは自室の窓辺に立ち、
グランドランドの都心を遠く眺める。
初夏の風がカーテンを揺らし、黄緑髪をそっと撫でる。
机には、さっき届いたパイオニアからの手紙。
サンダリオス家の紋章が封蝋に刻まれ、薄暗い部屋で不気味に光る。
「レクトへ。明日、モーニング・クレセントで会おう。
父として、お前と過ごしたい。
愛しているよ。父より」
「……なんだよ、これ」
レクトは困惑で頭を埋め尽くされたが、
最終的な結論として
にまとまった。
「愛している」
その言葉が、レクトの胸を締め付ける。
パイオニア・サンダリオス。
グランドランドの守護者の長であり、フルーツ魔法を「恥」と断じ、レクトを追放した父。
あの温かい言葉は、まるで別人のようだ。
レクトが魔法を持つ前の頃なら、まだ考えられる。
しかし今はパイオニアの性格は真逆といっていいほど荒んでいる。
第19話で禁断の果実を食べ、吸収した果実も創り出す力に目覚めたレクトの魔法——
それが父の関心を引いていることには理解できるが、
なぜ愛情として変換されるのかが、納得に到達しなかった。
「父さんが……本当に俺を?」
レクトはつぶやき、手紙を机に置いた。
家族への渇望が胸を熱くするが、
ゼンの死、毒林檎の記憶、ミラの裏切りが頭をよぎる。
父の愛は本物か?
それとも、何か企んでいるのか?
疑念が小さな棘のように心に刺さる。
ドアが軽くノックされ、
ヴェル・ルナリアの声が響く。
「レクト? まだ起きてる?
明日の授業の時間割教えて欲しくて」
彼女の明るさが、いつもなら心を軽くする。
だが今、レクトは答えられない。
彼は静かに荷物をまとめ、寮を抜け出す。
父の言葉に耳を傾けてみたい——
その一縷の希望が、彼を都心へと向かわせる。
星光寮の廊下は静かだ。
カイザの部屋から漏れる電気魔法の微かなパチパチ音、
ビータの部屋の窓から見える星の輝き。
レクトは仲間たちの気配を感じながら、足音を忍ばせて寮を出る。
初夏の夜気はひんやりと肌を刺し、遠くの都心の光が彼を誘う。
パイオニアが待っている。
黒いローブに炎の紋章が輝き、
顔には温かい微笑みが浮かぶ。
声は柔らかく、まるで普通の父だ。
パイオニアは立ち上がり、レクトを強く抱きしめる。
「大きくなったな、息子よ。父さんは、本当に嬉しい」
レクトの体が硬直する。
こわい。
父の抱擁は温かい。
手のひらから伝わる熱、懐かしいタバコと革の匂い。
子供の頃、父に抱かれた記憶がよみがえる。
だが、胸の奥で何かがざわめく。
この温もりに、違和感がある。
普通なら沸くはずのない恐怖心が芽生える。
パイオニアは席に着き、レクトに笑顔を向ける。
「さあ、座れ。父子でゆっくり話そう」
本当に怖い。
レクトは困惑しながら椅子に腰を下ろす。
父の笑顔は完璧だ。
給仕が朝食を運んでくる。
フレッシュなオレンジジュース、焼きたてのクロワッサン、フルーツのタルト。
テーブルの中央には、色とりどりのフルーツの盛り合わせ。
オレンジ、ブドウ、そして赤いリンゴ。
その輝きが、ゼンの死を呼び起こす。
毒林檎。あの日の記憶が、胸を刺す。
「何の話?」
レクトは声を抑え、父の目を直視する。
パイオニアはスプーンを手に、優しく語りかける。
「ただ、父子で過ごしたかった。お前が学園で頑張ってるって聞いて、誇らしいよ」
……は?
レクトの心が揺れる。
誇らしい?
父がそんな言葉を口にするなんて、信じられない。
フルーツ魔法を「恥」と笑い、追放した父が。
学校にまで行って、滅亡させようとした父が。
本当、本当に、
どの口が。
だが、目の前の笑顔は本物に見える。
レクトはジュースを一口飲み、疑念を飲み込む。
「……ありがとう、父さん」
朝食が進む中、
パイオニアは穏やかに話し続ける。
「レクト、お前のフルーツ魔法は特別だ。
父さん……昔は理解できなかった。
でも今は違う。
お前はサンダリオス家の希望だ」
「希望?」
レクトの声が小さく震える。
父の言葉は甘く、まるで蜜のよう。
子供の頃、父に認められたかった記憶がよみがえる。
だが、父の目がフルーツの盛り合わせに注がれるたび、違和感が膨らむ。
パイオニアはリンゴを手に取り、
ナイフで皮を剥き始める。
刃が果肉を削る音が、静かな個室に響く。
「食べたものを果実として認識すれば、お前の魔法の範疇になるんだな?」
パイオニアの声は優しいが、目は鋭い。
レクトは頷くしかなく、
心臓が早鐘を打つ。
虹色の果実のことを、やっぱり知っていたんだ。
あの果実が、魔法を「召喚」から「複製」に変えたような……。
知ってるってことは、ミラと組んでいたんだ。ー
パイオニアはリンゴを置き、微笑む。
「実はな、レクト。昔、父さんはお前に……腐ったリンゴを食べさせてしまったことがある」
空気が凍る。
レストランの喧騒が遠のき、レクトの耳には父の声だけが響く。
「え?」
「毒林檎だ。
あれは、実験だった。
サンダリオス家の未来のため、お前の魔法が毒をどう扱うか、知りたかった。
結果、お前は生き延びた。
強い息子だよ、レクト。
父さんは誇りに思う」
レクトの視界が揺れる。
ゼンの死。
あの日、
赤いリンゴが地面に転がり、
ゼンが倒れた日。
レクトの手が震えていた記憶。
すべて、父の仕組んだことだったのか?
「実験……? 父さん、ゼンのこと、知ってるの?」
パイオニアの笑顔が一瞬固まるが、すぐに優しくなる。
「ゼン?
毒林檎を食べた被害者かな?
だが、レクト。
お前は生きている。
それが大事だ!」
レクトの胸に疑念が広がる。
父の声は優しいのに、言葉の端々に冷たさがある。
実験。
生き延びた。
誇り。
この愛は。
フルーツ魔法への執着だ。
父は俺を家族としてじゃなく、
兵器として見ている——
その確信が、胸を締め付ける。
「毒林檎は、ルナにもレクトにも、5歳の時に食べさせた。
遅延性のものだ。12歳で魔法を習得してから効果を発揮する。
ルナは影魔法で分解、
そしてレクトは……果実として学習した!
果実として学習……という能力を知らなかったから、
俺はレクトを無能扱いしてしまっていた。
本当にすまなかったな!」
「父さんなんでそんなことしたの?」
レクトは立ち上がる。
給仕が振り返るが、パイオニアは微笑んだまま動じない。
「落ち着け、レクト。
父さんはお前を愛してる。
だからこそ、お前の力をグランドランドのために使わせたいんだ。」
「力?」
レクトの目が潤む。
「ああ!
虹色の果実……あれはな、「禁断の果実」といって、普通の人が食べたら魔法が強制的に別のものになる果実だったんだよ。
レクトはそれに効かないどころか複製した!
その力が!
本当にすごいんだよ!」
「俺を……兵器として見てるだろ! 息子なんじゃなくて……ただの兵器として……っ!!!」
パイオニアの笑顔が揺らぐ。
狂気の拍車が止まらない。
レクトの胸に、怒りと悲しみが押し寄せる。
父の愛は偽りだ。
温かい抱擁、優しい言葉——
すべて、フルーツ魔法を支配するための仮面。
サンダリオス家の冷酷さ、ルナの嘲笑、エリザの沈黙、ミラの裏切り。
すべてが重なり、心を砕く。
「俺は……父さんの道具じゃない!」
レクトは叫び、椅子を倒して個室を飛び出す。
パイオニアの「レクト、待て!」
という声が背中に響くが、彼は振り返らない。
モーニング・クレセントのガラス扉を押し開け、都心の朝に飛び出す。
初夏のグランドランドは活気に満ちている。
市場の果物売りの呼び声——
——子供たちの笑い、馬車の鈴。
レクトは走る。
汗が額を流れ、制服の裾が風に揺れる。
都心の石畳を抜け、
路地裏を駆け抜ける。
星光寮へ。
ヴェル、ビータ、フロウナ先生、校長先生、——仲間たちがいる場所へ。
父の偽りの愛に傷ついた心を、仲間なら癒してくれる。
道すがら、レクトの頭に記憶がよみがえる。
サンダリオス家の屋敷。
広間の炎の紋章、
ルナの冷たい笑み、
エリザの沈黙。
ゼンが倒れたあの日、
毒林檎の赤い輝き。
すべてが父の実験だったのか?
ゼンの死は、俺の魔法のせい?
それとも、父の策略?
疑問が心を締め付け、足が重くなる。
自分でも何を言ってるのかが分からないほどに、
レクトの心にそれらが全てのしかかってくる。
何度も、
何度も、
のしかかって壊れそうになる度に、
レクトはそんな自分にも嫌悪感を抱いてしまう。
星光寮にたどり着いたレクトは、
息を切らしながら屋上に駆け上がる。
朝陽がグランドランドの地平線を赤く染める。
屋上の木製ベンチに腰を下ろし、
レクトは膝を抱えて涙をこぼす。
「俺、なんなんだよ…………っ」
ヴェルが息を切らして現れる。
「レクト! どこ行ってたの!? 朝からいないから、すっごい心配したんだから!」
彼女の目は怒りと不安で揺れる。
レクトは立ち上がり、ヴェルに抱きつく。
「ヴェル、父さんが……俺を兵器みたいに……、毒林檎、ゼンのこと、全部父さんの実験だったんだ……」
ヴェルは一瞬固まり、
「は……っ!? 」
そっと背中をさする。
ビータとカイザも屋上に駆けつけていた。
ビータは冷静に言う。
「……毒林檎のことは、俺もできる限り調べる。レクト、ひとりで抱えなくていい」
カイザはあの日の殺人事件が本当にあった事だと知って、空いた口が塞がらない。
「…………、、」
レクトは涙を拭き、
仲間たちの顔を見る。
父の偽りの愛とは違う破解。
温かい視線。
父の冷たい目とは違う、本物の絆。
彼は小さく頷く。
「ありがとう」
屋上の空が、朝陽で赤く染まる。
遠くの永遠の果樹園の影が、
戦争の足音を予感させる。
だが、
仲間たちの絆が、レクトの心を支える。
パイオニアは目を閉じ、微笑む。
「愛する息子だ。
その力は、グランドランドの希望だ。
永遠の果樹園へ導く。力ずくでもな」
窓の外、シャドウランドの暗雲が広がる。
戦争の足音が、静かに近づいている。
レクトの選択が、グランドランドの運命を握っている。
ひしひしと、握られてゆく。
次話 9月6日更新!
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