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空は、すべての色を飲み込んだかのように暗かった。

 

街灯がビスタの建設現場を照らし、堀口ミノルは工事用フェンスのそばを歩いた。

彼の身長の倍にも達する高いフェンスだ。

二度と……あの中に入れない。

 

『しそね町の未来を照らす複合商業施設 ビスタ』

広告看板が侘しく掲げられている。

 

「……もう終わりだ」

 

鋼の壁は、自分を遮るために立てられているようだった。

つい昨日まで、この中には夢が詰まっていたのに。

 

あまりに非現実的な1日を過ごしたせいだろうか。

まだ絶望は、堀口の全身を覆いつくしてはいなかった。

 

フェンスの先が見えた。

そのさらに先には、真っ暗な畑がある。

 

ライトが作る道に沿って曲がると、遠くに建物が見えた。

 

そこは下請け業者たちの休憩所と、事務所が入ったコンテナオフィスだった。

同じ夢のために働いた仲間たちの居場所だ。

 

オフィスに近づくと、中にはまだ人がいた。

吾妻副会長が下した決断によって、彼らも今日で職を失ったのだ。

 

彼らは職人集団だ。

金には換えられない職人としての自負が、ひとりの権力者によって踏みにじられたに違いない。

堀口はオフィスの明かりを呆然と見つめたまま、長くその場所に立っていた。

 

……彼らなら、私のことを理解してくれるかもしれない。

 

スポーツ振興事業

堀口が進めていた計画を詳しく説明したわけではないが、ビスタのために最善を尽くしてほしいと伝えたことはある。

いつになるかはわからないが、必ずビスタを未来あるものにする。

だから期待していてほしいと。

 

彼らは明るく笑った。

「そのときも我々を呼んでください」

 

仕事を通じて知り合った関係だが、それなりの友宜は生まれたはず。

 

誰だってよかったのかもしれない。

自分は決して犯罪者でないことを、ひとりでも理解してほしかったのかもしれない。

 

自らのそうした心理に気づかないまま、堀口はコンテナオフィスに向かって歩いた。

 

オフィスの扉が開き、ひとりの男が顔を出した。

現場でよく見かけた労働者のひとりだった。

 

「お世話になります」

堀口は丁重に頭を下げた。

 

作業員は一度堀口を見ては、何も答えずに扉を閉めた。

すると中から4人の労働者が現れた。

彼らの表情は怒りに満ちていた。

 

「裏切り者が……」

その一言と同時に、労働者たちが堀口を強く押した。

 

ドゴッ……!

 

顎のあたりに強い衝撃が走り目の前の景色が変わった。

正面に夜空と街灯の明かりが見えた。

街頭の光に昆虫たちが集まっている。

 

堀口はすぐに立ち上がろうとした。

しかし次に街灯の光が消えた。

代わりに靴底が見えた。

 

ドゴッ……!

ドゴッ……!

 

顔面を踏みつけられ、後頭部をコンクリートに打ちつけた。

続いて腹部に激痛が走った。

 

「この裏切り者め!」

 

ウラギリモノ……。

 

労働者の叫び声に、ようやく状況を理解する。

 

堀口は身の危険を感じ、アルマジロのように丸まって体を守った。

 

背中と腰と脚。

体のあらゆる箇所が痛みを訴えた。

殴打は終わりなく続き、合わせるように堀口を罵る言葉たちが通りに響いた。

 

「おまえのせいで、俺たちは仕事を失った。この犯罪者ヤロウが!」

 

労働者は酔っているようで、滑舌が回っていなかった。

 

「おいおい、それくらいにしておけ。やりすぎたら、こいつ死んじまうぞ」

 

見かねた労働者のひとりが言った。

しかし次の言葉が堀口を絶望へと追い込んだ。

 

「殺すわけないだろ。だが半殺しまでは行かせてもらわねぇと、こっちの気が済まねぇんだよ!」

 

ドゴッ……!

ドゴッ……!

 

ボキッ、という音が、胸の内側で鳴った。

骨の折れる音を聞いたのは生まれてはじめてだった。

すぐに呼吸が荒くなる。

 

いくら立ち上がろうとしても、踏みつける足が邪魔をした。

ただ身を縮めて丸まったまま、集団リンチが終わるのを待つしかなかった。

 

「……これくらいにしといてやる」

 

労働者たちの足がとまると、再び夜空に浮かぶ街灯が見えた。

先ほどに比べ、光はあまりに暗かった。

目の前の景色がグラグラと揺れていた。

まるで水中から光を見ているようだった。

 

荒い息を吸っては吐くたびに、折れた肋骨がひどく傷んだ。

 

「写真。家族……」

 

堀口は残る力を振り絞って、上体を起こした。

 

コンテナオフィスへと戻っていく労働者たちの後ろ姿が見えた。

床には引きちぎられた、妻と娘の写真が散らばっていた。

 

 

コンテナオフィス内にある休憩室から戻った秋山泰泳は、部下たちの高揚した様子に違和感を覚えた。

4人の労働者が武勇伝を語りながら、酒を飲んでいる。

 

「おまえ、結構いい蹴りだったな。プロ格闘家にでもなれんじゃねぇのか」

「もうちょっと殴ってやってもよかったな。殴り足りねぇや」

「これぞ! 鉄拳制裁ってやつだ!」

 

笑い声がオフィスに響いた。

 

「おまえら、外で何やってたんだ?」

 

秋山泰泳が尋ねると、労働者たちは外での出来事を自慢気に語った。

黙って話を聞く秋山の表情が、みるみるうちに鋭くなっている。

 

「……とんでもないことをやってくれたな」

 

秋山はそのまま外に出て、堀口ミノルを探した。

しかし堀口の姿はもうない。

 

建設中止になったビスタと、誰もいない道路。

仮説フェンスにへばりついた血しぶきを見つけては、オフィスへと戻ってきた。

 

「おまえら、これがどういう結果を招くかわかってないようだな」

 

ドゴッ!

 

秋山のこぶしが、4人の労働者の顔面にめり込んだ。

 

ふたりはその場に倒れ、他のふたりは椅子に倒れ込んだ。

パソコンモニタがデスクから落下し、大きな衝撃音を立てた。

 

「いきなりなんなんですか。監督」

労働者たちは状況を飲み込めず、大きく目を見開いた。

 

「自分らが何をしたかよく考えてみろ。やっとまともな人間になったと思った途端に、また過ちを繰り返すつもりか!」

 

「お、俺たちは犯罪者を裁いただけです……」

労働者たちの顔が真っ青に染まっていく。

 

「裁いた? 相手を半殺しにすることが、裁きだってのか? それも吾妻建設の社員さんを」

 

「でも、今日の会見であいつは追放されたはず」

 

「正式な辞令は出たのか?」

 

「いえ、でも……」

 

「事務処理という手順すら知らないのか……。いや、そんなことはどうだっていい。

相手が誰であれ、暴力を振るっちまったからにはそれ相応の報いを受けることになる」

 

「ひいいい……」

とひとりがおののいた。

 

「申し訳ありませんでした……監督」

 

労働者たちはようやく、事の深刻さに気がついたようで、頭を下げ謝罪した。

 

「明日、俺が直接会社に行って謝罪してくる……。

こりゃ下手すると、こっちが違約金を支払うハメになっちまうな」

俺は一億人 ~増え続ける財閥息子~

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