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「……何よ、汗かいて汚くなってる?」
「え!? いやいや、まさか」
「じゃあそんなに見ないで」
恥ずかしさから、
少しだけ刺々しいものが出てしまったけれど。
「見ますって」
壁に後頭部を軽く当てて、木下は高い体育館の天井を見上げた。そうしてゆっくりと、その視界に再びほのりを捉える。
「会社での美人な笑顔もええんですけどね、今の笑った顔は、何やろ、めっちゃ可愛いです」
ジッと見つめられて、そんな言葉を吐かれて。
動揺しないでいられる女はいるのだろうか。
「って、あー、あかん。今のキモい! ごめんなさい!」
突如整った顔面をバチンと両手で激しく覆ってしまった。
「え!? 今度は何!?」
「今のキモい、瀬古さんよりあかん、セクハラや」
「いやいやいや、セクハラ気をつけないといけないの年齢的に私の方だからね、多分ね」
(セクハラねぇ……)
”セクハラ”のセリフで、思い出すのは婚期を逃したなどという瀬古の捨て台詞。
そういえば瀬古が知っている情報を、木下が耳に入れてない訳はないだろう。いまさら気がついてしまう。
「……セクハラと言えばさ、あの時茶化して庇ってくれたけど。瀬古さんの言うことはほんとだよ」
「え、何がっすか」
不思議そうに首を傾げる木下。
ぽつりと話し出してしまったのはどうしてだろう。
わからないけれど、木下の作り出す優しい空気に甘えてしまっているのか。
それとも瀬古から伝わった噂などではなく、自分の口から話して、知ってほしいと思ってしまったのか。
「私、向こうで仲のいい同僚もいたけどそうじゃない人もそれなりにいたよ」
誰にもこぼしていない愚痴を、聞かせるには随分と若く、世界を交わらせてはいけない相手なのに。
「私ね仕事中って、まわりくどく伝えるのが嫌で。ハッキリ言っちゃうことが多かったんだよね……。若い子とかから煙たがられてたんだろうなって思う」
話せば話すほど、鮮明になる。
「だから男漁りに必死な、”婚期逃したおばさん”とかは、多分ほんとに言われてたんだと思うよ。後輩と合コンに行った話で盛り上がったりしてたし、昼休みとかね」
キャリアアップだとか、一人で生きていけるようにとか、強い女を気取って来たフリをして、作り上げてしまった現状から逃げてきた自分が……鮮明に。
「……結婚したいんですか?」
ストレートな問いかけに、今度は苦笑してしまった。