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「これ、私に拒否権ある?」
「おまっ……この状況で助けない聖女がいるか!? それとも、お前は聖女じゃなくて悪魔なのか? この鬼畜」
「それだけ喋れる元気があるなら大丈夫……」
「大丈夫なわけあるか! この出血量見て、大丈夫なんて抜かせるのは聖女としてどうかと思うぞ」
と、アルベドはいつもの調子で言うけれどその顔には汗が滲んでおり、息も荒かった。
あれだけの血痕を残して、それでも尚まだその傷口からは大量の血が吹き出ているのだ。このまま放っておいたら命に関わるのは見て分かる。分かるのだが……
「その、大丈夫なの?」
「大丈夫じゃねえから、早く治療しろって言ってんだよ! 耳腐ってんのか!?」
「……じゃなくて、光魔法の回復魔法と、闇魔法って反発し合わないかっていう話」
「……あ」
アルベドは自分の失念に気付くと額を抑えて、そのまま俯く。そして深い溜息を吐いてから舌打ちをする。
その舌打ちは自分に対しての苛立ちからなのか、私にたいしてのものだったのか分からないが、良い気分にはならない。
これは、またブライトに教えて貰った話ではあるが、光魔法と闇魔法は反発し合う存在故に光魔法の魔道士の回復魔法を闇魔法を扱う人間にかけるとそれこそ命に関わるのだとか。魔力量が、魔法をかけられる側の方が少なかった場合起こりうることらしい。アルベドがどれほどの魔力量を持っているかは分からないが、私は聖女で彼はけが人。
私が彼に回復魔法をかけたとして、彼の傷口がふさがる確率はそう高くないだろうし、もしかすると私が治療したことでより悪化するのでは? と私はためらってしまう。
「アンタの家に連絡して魔道士何人か呼んできてもらった方が良いと思う。今のアンタに私の魔法は毒でしかない」
「……りだ」
「何?」
アルベドは何かを呟いたが聞き取れず、私は彼の口元に耳を寄せる。
すると彼は苦虫を噛み潰したような表情で、今度ははっきりと聞える声で言った。
「無理だ。間に合う気がしねえ……それに、屋敷の奴ら全員が全員信用出来る訳じゃねえ」
と、アルベドは言うと黙ってしまった。
私は、彼の言っていることが理解できず頭を抱える。
彼は公爵家の長男で、地位も力もあって使用人達は彼に絶対服従だろう。信用も何もない。主には逆らえない筈だ。
それに、彼は次期当主なのだ。そんな彼がこんな状態になっているというのにも関わらず、使用人含め魔道士達が彼を助けないということはないと思う。
のにも関わらず、彼は信用出来ないと言った。全員が全員。
「ねえ、気になってたんだけどその傷誰にやられたの?」
「あぁ?」
アルベドの服は、至る所が破けて血だらけだった。それも、かなり広範囲に。一人にやられたとは到底思えない傷の量だった。
喧嘩でないことだけは分かる。アルベドは確かに喧嘩っ早そうなイメージだけどそこまで阿呆ではない。だって、彼はこの路地裏に身を潜めているのだから。
闇魔法の使い手だから、回復には光のないところが適しているのだろうがそれだけではなく、誰かから身を隠すためにこの人気のない路地まで歩いてきた。傷だらけの体で。
しかし、彼を狙う人間がいるのだろうか。確かに、闇魔法の使い手は嫌われると言っていたけど彼の一族に手を出すような輩が……それこそ、阿呆で命知らずだ。
「……暗殺に失敗して追われてるとか」
「ちげぇ」
そう私の意見をばっさり切ってアルベドはハンッと鼻を鳴らす。
「そんなヘマしねえし、前に言ったろ? 俺は悪人しかころさねえって」
「……なら、その悪人の従者とかに追われてたりは?」
「しねぇ」
即答。
私の言葉にアルベドは即座に否定する。
何故ここまで頑なに言わないのか。それが不思議で仕方がない。
だが、ここで問い詰めても答えてくれなさそうだ。
そう思った私は諦めることにした。でも、気になるものは気になってしまう。
「お前は一体、俺を何だと思ってんだ」
「え……あー……」
(ツンデレ暗殺者? 狂人? 超危険人物?)
私の中の彼のイメージはそうなのだ。付け足すとすると子供っぽい……と言うところだろうか。
だが、そんなことを口にすれば彼がキレるだろうと思い、口をチャックする。すると、彼は眉をひそめて不機嫌そうに私を見つめてきた。
いや、睨んでいる。
ここはお世辞にでも、適当にあしらっておいた方が良いと私は口を開く。
「高貴な貴族?」
「ぜってえ思ってないだろ。どうせ、血なまぐさい暗殺者とか、危険人物とか思ってんじゃねえの?」
「な、なんで!? 私の心よめるの!?」
図星かよとアルベドは舌打ちをする。
しまったと、口を閉じたが時既におそしで彼はため息をついた。
もう遅い。完全に私が思っていたことがバレてしまった。
しかし、彼は怒っている様子はなくむしろ呆れていた。彼は面倒くさそうな顔をして頭をガシガシとかく。そして、再び大きな溜息を吐いた。
「お前の疑問には、俺が回復した後答えてやるから、今すぐ治療しろ」
「え、でもだから……その魔法が」
「気持ちがありゃ大丈夫だろ」
「気持ちでどうにかなるなら、もう治ってるのよ!」
私がそうギャンギャン騒ぐと耳がいてえと言うようにアルベドは顔をしかめ、再度大丈夫だ。と私に告げる。
確かに彼には一刻も早く治療が必要で、放っておけば出血多量で死ぬだろう。それでも、まだ私の中には攻略キャラだから死なないだろうという思いが捨てきれず、彼を本当に治療すべきか迷った。
(でも、治療することで好感度が上がるなら……)
そんな思いも確かにあった。アルベドはまだまだ好感度が低い方だし、攻略をするにしろしないにしろ危険人物であるが故に、好感度は高めに保っておいた方が良いと思う。
まあ、治療したところで好感度が上がるとは限らないが。
「どうなっても知らないから、文句言わないでよね!」
「ああ、お前のことは信頼してるからな。期待以上だろ」
と、アルベドは珍しく柔らかい笑みをこぼした。
私のことは信頼している。とはどういう意味なのかと私は疑問に思いつつも私は渋々ながら、ヒールを唱える。
淡い光がアルベドを包み込むと彼は目を細めた。バチッ! と彼と私の間に黒と白の電流が走る。
「……痛いッ!」
それは、私にもアルベドにも響いたようで私はあまりの痛さに顔をしかめる。
これが、光魔法と闇魔法の反発という奴だろう。しかし、ここでやめてしまえば彼の傷口は完全にふさがらない。もう少し耐えれば完全に彼の傷を全て治すことが出来るだろうと、私は再びヒールと叫んだ。
すると先ほどよりも温かく眩しい光が私達を包み、それらは徐々に優しく淡い光となり全てが消滅する頃にはアルベドの傷は全てふさがっていた。
「良かったぁ……」
と、私は今まで以上に難しい治療、魔法を終えてその場にへたり込む。
そして、アルベドはと言うと傷の痛みがなくなったのか体を起こし、私の方を向いた。黄金の瞳は睨んでいるわけではないのだろうが鋭く、私に食らいつきそうで思わず私の顔は引きつった。今攻撃されればきっと私はいともたやすく殺されてしまうだろうと。
だが、そんな不吉な想像とは逆にアルベドは私の頭に手を乗せ乱暴に撫でた。
「ありがとな」
「え……」
礼を言われると思っていなかったため、間抜けな声を出してしまった。そんな私を見てアルベドはフッと笑う。
この笑顔は知っている。私が前世で何度も見たものだ。彼がヒロインに心を開き、彼女にだけ見せた表情。
(何で、私なんかに……)
アルベドは何故私にこんな顔を見せるのだろうか? 彼の考えが分からず、私はただ戸惑うしかなかった。
そして、私の戸惑いなど気にせず彼は再び私の頭を乱雑に撫で回す。その行為に抗議の声を上げると彼はまた笑った。
アルベドのこともよく分からない。ただ怖い人という印象しかなかったため、拍子抜けしているというか驚いているというか。兎に角声が出なかった。
しかし、何とか言葉を紡ごうと無理矢理口を開いたのがいけなかったのか私は思わずこう口走ってしまった。
「アンタって感謝の言葉言えたんだ……」
それは、完全なる失言だった。
それまで優しかったアルベドの顔は一気に歪み、眉をひそめると金色の瞳はさらに鋭く私を刺した。
「ひぃッ……!」
「ったく、ほんとお前は俺の事を何だと……」
「だ、だ……ごめんなさい、いや、ほんと、ごめ……うわああああ、殺さないでぇええ!」
つい本音が口から出てしまい、私は慌てて口を塞ぐが時すでに遅し。
アルベドの額には青筋が浮かんでは消え、浮かんでは消えるを繰り返していた。
そして、私の首根っこを掴むとまるで猫のように持ち上げられ、次の瞬間には彼の腕の中にすっぽりと収まっていた。
「お、おおおお、お姫様抱っこ!?」
まさかの展開に私は驚きすぎて言葉にならない声を上げていた。
しかし、そんな私とは違いアルベドはさらに顔をしかめ、険しい表情である一点を見つめていた。
「お、下ろしてよ。はずかし……」
「口閉じてろ、舌かむぞ」
そういったかと思うと、アルベドは地面を強く蹴り私を抱きかかえたまま壁を蹴って上へと上がっていく。
一体全体何が起きているのだろうかと、状況がつかめずにいると、屋根の上を走りこちらに向かってくる黒服の男達が見え私はまさか……とアルベドを見上げる。
その男達は如何にも暗殺者といった身なりで、明らかに殺意を持って私達に向かってきている。
それを見据え、アルベドは彼らから逃げるように私を抱きかかえたまま走り出す。
(ちょ、ちょ……これどういう状況―――――!?)