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「アックさん! お願いします。一刻も早く!」――などとデミリスたちに言われ、ルティのパンの感想はひとまず置いといた。自分たちの故郷でもある地下都市に脅威が迫っている。といった不安になる気持ちについては分からないでも無いからだ。


そして現在、おれたちは広間から壁を伝って進み始めている。少しだけ他よりも薄い色の壁を見つけることが出来たので、そこからのスタートだ。砦内部の壁の色は、明るい灰みの黄色を統一として施されている。そんな中、一か所だけ暗い灰みになっていることが分かり、そこしかないといった誰もが同意した入口だった。


デミリスとアクセリナをおれのすぐ傍に歩かせ、ルティたちは後ろに控えさせている。しばらく進み続けると、砂地が広がっていた砦とは一転した地下洞が続いた。造りを見ると、やはりレイウルム侵攻へ向けたように思えた。


僅かな灯りが整備されているものの奥へと行くにつれ暗い洞窟に様変わり。この辺はまだ手が追い付いていないようにも見える。


「! ここから地下都市になんてそんな……そんな!!」


ずっと不安そうな表情の二人には、この先が行き止まりだということまでは伝えていない。だが地下洞の存在には、理解の出来ない戸惑いが生じているようだ。あまり興奮されても困るのでこの場は嘘をつくしか無かった。


「心配いりませんよ。強い気配は確かに地下洞からレイウルムへ向かおうとしているようですが、あと数年はかかりそうです。冒険者をかき集めても好き好んで鉱夫をやる者はいないかと」


砦はおそらくカモフラージュ。真の狙いは地下都市の資源狙いといったところだろう。そこに体《てい》よく集められた冒険者に地下洞を掘らせるつもりがあるようだが。


「じゃ、じゃあ、この先は行き止まり?」

「そうだと思います。魔物がいるようですから冒険者が頼みなんじゃないですかね」

「そ、そうだったのですね。はぁ~……良かった」


おれの言葉で大きく息を吐いて落ち着くデミリスたち。だが、後方にいるルティたちは首を傾げる仕草を見せている。


この先まで歩く意味はないので戻ろう――そんな時だった。


「ウゥニャッ!! アック、耳を塞いで身を低くするのだ!」


突然シーニャが耳をピンと立たせ、何かを感じ取っていた。彼女の言葉を素直に聞き、おれはデミリスたちと一緒にその場に低く屈んだ。直後、何かの衝撃音とそこから起きた爆風がおれたちを襲い始めた。


「はわわわわ~!? 大変です、大変ですよぉぉ!」

「ルティ、落ち着け!」

「せっかく作ったパンが埃まみれになっちゃいます~!!」


そっちかよ!


よくよく考えてみればルティは火山渓谷出身。多少のことでは驚かないよな。


そうして爆風が収まるのを待ち、そして――


「キャアァァァ! お、お助けください~!! どうか、どうか~」


爆風が起きたとされる奥から灰色のフード付き外套を身に纏った女性が、こっちに向かって助けを求めて来た。


しかし、奥から人が戻って来るなどあり得ないのだが――


「どうしました?」

「は、はい。わたくしは薬師《くすし》として砦に参りましたイルジナと申します……」


冒険者が通った形跡も無いのに戦闘能力の無い薬師がこんなところにいたなんて驚きだ。


「ところで、今の衝撃と爆風は?」

「……奥に潜む魔物からわたくしを逃がすために、冒険者の皆様が火薬を投げてくれたのです。そ、そしたら、魔物と共に皆様も崩れた岩の下敷きに……うっ、うぅぅ……」


多数の冒険者の気配は感じられない。奥にはキニエス・ベッツという男がいたはずだ。Aランクなら魔物はともかく、崩落からは逃れられそうだが。女性の言っていることに嘘は無さそうだが、フードで顔を隠していて見えないせいかどんな表情をしているのかまでは分からない。


だが、砦内部にいた薬師という時点で何か裏がありそうな気がする。


「話は聞かせてもらいました。オレは、デミリス。彼女はアクセリナ。もしよろしければ、オレたちがあなたを保護しますよ?」

「あ、ありがとうございます。あなたたちはどこから?」

「どこからというわけではありませんが、レイウルムに行く予定なんですよ」


デミリスとアクセリナは気付いていないがレイウルムと聞いた途端、薬師の雰囲気が変わった。おそらく知っていて姿を現わした可能性が高い。


「……お言葉に甘えたいのですが、今すぐザーム共和国に戻らなければならないのです。ですので、地上までご一緒してもよろしいでしょうか?」

「ええ、構いませんよ」


どうやら狙いはレイウルムのようだ。


そうすると地下洞の奥で始末したのは――?


広域スキャンを使って探ってみようかと思ったが、薬師に勘づかれそうなので今はやめておく。


そして地上へ戻る時、今度はデミリスが先頭になった。すると薬師イルジナはひたすらデミリスに近付き、おれやシーニャに近づくことが無かった。おれたちの探りにでも気付いたのか彼らにつきっきりだ。


「アック、どうするのだ?」


シーニャがしきりに気にして声をかけてくる。目的がレイウルムなのは違い無さそうだが、地下洞での目的は恐らく別のものだったに違いないからだろう。だが今の時点でおれたちがこれ以上関わるのはいいものでは無い。


黒い気配を確かに感じていたものの、だからといって薬師が敵というには決断が早すぎる。


何にせよ、とにかく地上に出てそれからだ。

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