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※蓮司はまだ日下部に手は出していません。遥を壊すために面白がって言ってるだけです。
教室の空気が、ぬるく淀んでいた。蛍光灯の光は半端に落とされ、影ばかりが濃くなっている。
蓮司は、窓辺に腰をかけていた。
肘をついて、じっと遥を見ている。その目は、いつものように笑っていなかった。
「……なあ、遥」
声だけが、妙に優しかった。吐息のように、まっすぐ落ちてくる。
「おまえがさ、ぐちゃぐちゃに悩んでる間に──」
「……俺、あいつのこと、壊しかけてみたよ」
遥の肩が、ピクリと動いた。
反応を、蓮司は見逃さない。
「力なんていらなかった。ただ、言葉で引っ張ってみた。少し、触れそうな距離に立って……そしたらさ」
ゆっくり、わざとらしく笑う。
「──泣いたよ。顔、ぐちゃぐちゃにして」
(嘘だ)
遥の胸の奥で、誰かが囁いた。
けれどそれ以上に、もっと別の何かが──静かに崩れていった。
蓮司は続ける。
「でもな、逃げなかった」
「それどころか、ずっと目、逸らさなかったよ。おまえとは違って」
遥の中に、音がなく崩れ落ちる感覚があった。
「……おまえの知らない顔、たくさん見せてくれた」
蓮司は、まるで「事実の羅列」のように、乾いた声で言い切る。
どこにも誇張も激情もない。けれどその冷たさが、遥の心臓を直接締めつけてくる。
「なあ……俺のほうが、あいつのこと、わかってたりして」
その瞬間、遥の視界の端が滲んだ。何も言えなかった。
反論すればするほど、それは「信じてる証明」になる。
無視すれば、それは「怯えている証拠」になる。
(どっちにしても、俺は──)
「ほら、何も言えねぇ。図星か?」
蓮司は、立ち上がった。
遥のすぐ前に立つ。影が、遥の視界を塞いでいく。
「俺が何したか、気になる? それとも、想像したくない?」
蓮司の言葉は、静かに、確実に、遥の喉を締め上げていく。
「──おまえってさ、“自分が汚れてる”って思ってんだろ」
遥の背中がびくりと揺れた。
「だから、あいつにも触れられない。見ることすらできない。壊したくないんじゃなくて、壊す自分がこわいんだよな?」
「そうだろ?」
遥は、言葉を持てなかった。
そのすべてが、蓮司の想像じゃない。
遥の奥底に沈んでいた“言語にならない本音”を、的確に拾って、突きつけてくる。
「──安心しろよ。おまえが手ぇ出せないぶん、俺が代わりに落としてやるからさ」
「見てろよ。おまえの代わりに、あいつを泣かせて、抱きしめて、“壊してやる”から」
そのとき遥は、口を開いたのか、開かなかったのか、自分でも分からなかった。
でもたしかに、胸の奥で何かが切れていた。