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「分かってる……分かってるけど、駄目なの――彼、この人はっ――」
亜美は頑なに、エンペラーの前から退こうとはしない。
「アミ……幸人の言う通りだよ。貴女は関わってはいけない。早く安全な場所へ」
今度はエンペラーだ。これではまるで――
「テメェが言うな!!」
親密とも見える両者の関係性に、苛立ちを隠せないよう雫は吐き捨てた。
「テメェが亜美を懐柔したとしても……。テメェのせいで失ったものはっ――」
雫は再度、止めを刺すべく構えた。亜美ごと斬る訳ではなく、彼女が庇う隙間からエンペラーを刺し貫く為だ。
「幸人さん違うの! この人は――貴方自身なの!」
「…………は?」
亜美の発した言葉の意味に、これまでに無い動揺と、驚愕の色を浮かべた雫。
「貴方達は同じ……同一人物なの」
聞き間違いでは無い。まるで全てを知っているかのように、亜美はそう呟いた。
「俺が……コイツと同じ?」
雫のショックは計りきれないし、到底納得出来るものでもない。ただ――握り締めていた刀は、既に地へ落ちていた。
「なっ、何だってぇ!? 冗談にしても笑えねぇぞ……」
「雫さんが……彼と同一人物?」
勿論、衝撃を受けたのは彼等も同様。
「やっぱり……」
だが悠莉だけは――違った。確信は持てなかったが、何となくそうじゃないかとは思っていたから。
「ふざけるな! 俺は俺だ。お前なんかと同じで在ろう筈が無い!!」
雫は痛烈に批判していた。当然といえば当然。単に御互い同一系統の力の持ち主としての意味ならまだしも、いきなりエンペラーと存在自体が同一と言われて、納得出来る筈も無い。
「そうだね、君は君だ。正確に云えば――いや、決定的に違うのは」
「黙れ!!」
認めたくないのか、雫は強引にでもエンペラーの口を塞ごうと刀を手にし、彼の喉元へ突き立てようとする。
「やめっ――」
亜美の懇願も、既に雫の耳には届かない。
「待って!!」
――が、寸での所で彼等の仲介に入った人物。悠莉だった。
「嘘じゃないよ幸人お兄ちゃん。ボクには分かる……」
「悠莉? お前までそんな事を……」
悠莉にまで肯定され、雫はショックの連続だ。
「この人からは、確かに幸人お兄ちゃんと同じものを感じていた。うん、最初から……」
「違う! お前が感じていたのは、同じ特異能というだけだ!」
「――だから違うの! ボク見たんだ。あの時……」
それは悠莉の持つ力。あの時、エンペラーから雫を救う為、力を発動した時の事を言っているのか。
「確かに存在しているのに……同じ二人なのに、この人には決定的に無いの!」
「無いって……何が?」
何時の間にか雫は、悠莉の言葉に耳を傾けていた。心そのものに介入出来る彼女の力には、確かな信憑性を持たざるを得ないからだろう。
「こんな事初めて……ううん、有り得ない。この人は“生体そのもの”が無い――存在しているのに、存在してないの!」
「――っな!!」
「……は?」
「えっ……?」
悠莉の発した言葉の意味に、雫が――時雨も琉月も固まった。それは驚愕というよりは、理解出来ないという意味で。
「…………」
だが亜美だけは、その意味を知っている。彼女は哀しそうに顔を背けていた。
「これがどういう事か、ボクにも分からない……。でもっ――」
「その先は私が説明しよう」
“――っ!!”
何時の間にか、エンペラーは立ち上がっていた。一瞬で緊張が走ったが、どうやら彼に闘う気は無い模様。
「彼女の言う通り、私は君達と違い、存在しない」
「…………?」
ただ、全てを語る気でいた。
驚愕の事実と衝撃の真実を、ゆっくりと――
「私はとっくに死んで、この世には存在しないのだよ」
エンペラーはそう、語り掛けていた。
「死んでるって……そこに居るじゃねぇかよ?」
唖然としたままの、時雨の言う事は尤もだ。
エンペラーは今此処で確かに居り、そして話している。これこそが生きている何よりの証。
「いや、そうじゃない――」
“えっ――!?”
次の瞬間、それは見間違えでは無い。確かにエンペラーの身体そのものが、薄くぼやけた。
「正確に云えば、私は形を成さない思念体。存在しない筈なのに存在する、世の理とは異なる存在――“残留思念永久体”と云われる存在だ」
*
※残留思念とは、生命体もしくは霊的エネルギー体の発した感情などの思念が、物や場に『宿る・残る・記憶される』とする考え方。
残留思念は、霊的現象や超常現象を解釈する際に使われ、例えば幽霊現象の解釈に於いて、霊の正体を『残留思念』とする説がある。これは幽霊現象を引き起こす霊とは、人間の本質体である魂などではなく、その場に残留した思念があたかも亡き人の霊が未だにそこに存在しているかのように感知されている、とする説である。この場合、魂自体はすでに次の輪廻のサイクルなど、進むべき道へ向かっていると考えられている。
“残留思念永久体”
死後、何らか理由で現世に留まり、永遠へと昇華した存在。命も魂さえも無い――それらを超越した、世の理を生きる者とは異なる別次元の存在の事。
存在しないのに存在するといった、矛盾する理から成る相克の為、この存在を物理的に滅する事は不可能とされ、更には生前と同様の物理的行動力を有する。
残留思念永久体は生前、人の身で在りながら超越した存在、その更に特別の域に在った者のみ死後、形成されるとされ、存在に於ける最終形態――究極の到達点とも云われる。
生体でも幽霊(霊体)でも無い存在。
“強い想いは死も――魂さえも超える”
***
エンペラーは全てを語っていた。自分という存在を。
「…………」
それは俄には受け入れ難い事。皆が呆然と、固唾を呑んで聞き入っている。
だが、これで合点もいった。それもその筈。
エンペラーは存在しない存在なのだから、最初から“倒せる”訳が無かったのだ。時雨の最終奥義も、雫のコキュートスにすら無傷だったのも、エンペラーには通用しなかった訳でも耐えられた訳でも無く、物理的に無意味だったという事。
「――この永久体は、そう……君達も知る、ノクティスとハルも同様のもの」
“――っ!?”
明かされた新たな事実に、一同騒然。
管理部門兼責任者代行の霸屡。そしてエンペラーと同様、狂座の創始者ノクティスも、実は既に死亡していた事実に。
――あの時、エルドアーク地下宮殿にて対談した両者の『私達が闘う事は無意味』。その理由も何となく分かった気がした。
「……でも何故だ? 何故アンタらはっ――」
口を挟んだ時雨も、上手く言葉を口に乗せられない。
死んだ筈の者達が何故?
その目的は?
何故対立したのか?
そして――何故、雫が彼等と同様の。
聞きたい事は山程有っても、理解し難い事実に思考も覚束無い。
「そうだね……。だがその前に君達は先ず、発端となる『狂座』という組織が持つ、本当の意味を知る必要が有る――」
彼等の疑問を全て見透かすよう、エンペラーはゆっくりと語り始めた。
事の発端から至る終焉――“終わりの始まり”を。
…