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#恋愛
#長編
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人族の《比翼連理の片翼》とは生贄だ。贄だった。少なからずブリジットはそう思って、絶望して、復讐するために死んだのだから。
「──ッ、はぁ、はぁ」
誰もいない回廊をただひたすら走った。血が止まらない脇腹の痛みに耐え、毒のせいで呼吸がうまくできなくとも、足を動かす。
(ああ、久しぶりにまともな食事だと思っていたら毒だなんて……。せめて最後は祖国が映る水鏡の前で──)
水鏡のある部屋に辿り着いた瞬間、水鏡を通して祖国が燃えていることを知った。もう戻れない祖国。それでも家族が幸せであって欲しいと願って、守護を与えると言っていたのに。
だから私はあの方の花嫁になった。生贄だと言われた後も、祖国のために耐えてきた。それなのに、どうして祖国が燃えているの?
「どうして……」
カツン、カツン。
近づく足音は一つだけ。
いつも忙しなく動き回る使用人も、侍女も、衛兵もない。
「義姉。ああ、やっぱりこの場所でしたか」
「どうして、クレパルティ大国が……燃えているのですか?」
「さあ、人族の考えなんて僕には分からないよ。兄様の加護まで貰っておいて傲慢になったからじゃない?」
クスクスと無邪気に笑う少年は、白銀の長い髪の聡明な姿をしている。私と違うとしたら頭に二本の角と狐耳があり、三つの尾があることだろう。その姿も神々しく芸術的な美しさだが、私に向ける視線は鋭い。気安い口調で話しつつも、手には私の腹部を貫いた剣を握っていた。
「お前は《比翼連理の片翼》などではなかった。《呪われた片翼》、お前が来てから兄様はどんどん可笑しくなっていった。政務でお忙しい兄様は僕との時間を大事にして下っていたのに、お前が来てからお前だけしか見なくなった」
「……それが私の……せいだと?」
「そうだ。僕らを捨てた神々の模倣品である人族は、魔力を持って生まれないから理解しない。そして我らにとって片翼である事がどれだけ重要か、お前は知らない。浅ましい人族。そこまでして我らの恩恵を望むのか。理を捻じ曲げて求愛紋を得たお前は《呪われた片翼》だ」
「《片翼》……」
憤慨する義弟君に口元が歪んだ。
ある日突然、あの方に見初められた。ただそれだけの理由でこの天狐王国に連れてこられて、求愛紋を押し付けられて、全てを奪われた。
そうやって強引に結ばれたことを、この国の人たちは『素晴らしい』と『名誉なことだ』と言って押し付けた。
(一方的な、ううん、アレは愛なんかじゃなかった。体が生存本能として求めているだけで、心から幸せだと感じたことなんてない……。虚しいだけ)
毎夜毎夜、甘ったるいお香に包まれて、現実か夢か分からない時間を繰り返す。体だけを重ねるだけの体の関係のどこが、《片翼》の素晴らしさなのかしら。それはどれだけ美しい人でも、高位な人だったとしても、同じ。その人を思う心がなければ、ただの苦痛でしかないのに。
(膨大な魔力消費と、子を得るため──ああ、でも避妊の薬も食事に混ぜられているから、本当に魔力消費をするためだけの道具なのよね。最初こそ私も結婚に承諾したけれど、よくある政略結婚と変わらないわ)
大きく息を吐いた。じくじくと腹部の痛みが心も一緒に蝕んでいくよう。ずっと我慢していた気持ちがプツンと切れた瞬間、言葉はすんなりと出てきた。
「私が……望んで来たわけでも、願ったわけでもないわ。……貴方たちは口を開けば『《片翼》だから』と言う。《片翼》であれば何でも許される、こんな国なんて来たくなかった。私は祖国で、家族と私を心から思ってくれる人と一緒になりたかった……っ! 貴方たちが一方的に《片翼》を望んだくせに!」
「は? お前が無理矢理、兄様の《片翼》だと喚いて、この国に押しかけたのだろう」
どうしてそう解釈されるのかしら?
意味が分からないわ。
「この国に人族が単身で乗り込めると? 魔力も翼もない人族がどうやって天空都市に入れるの?」
「だ、黙れ! お前が離縁すれば、僕の大切な友人が兄様と結ばれる。お前が求愛紋を結ばなければ、お前が傲慢にも次期王妃の座を望まなければ、祖国も、お前も長生きできるんだ。さっさと離縁すると言って書面にサインをしろ」
「それ、友人に聞いたの?」
「そうだ。お前とは違って、嘘も吐かない大事な友達だ」
「……そう」
視界が歪み、焦点が合わなくなってきた。「ひゅー」と呼吸がもううまくできない。もう立っているのもやっとだったけれど、何とか窓側まで辿り着いた。
胸元にある淡い光を放つハートに似た求愛紋を睨んだ。こんなもの、いらない。貴方たちの思い通りにもならない。もう覚悟は決まった。
「それが……本当なら、私が消えて……皆幸せになるのでしょうね」
「その通──」
「でも、もしその友人の言葉が……全て嘘だったら、貴方は……兄嫁である私を害した罪人であり、……貴方の大好きな兄様の唯一であり、適合した器を奪い去った……元凶ってなりますわ。その覚悟がおありなのよね」
「──っ!」
そう告げた刹那、少しだけ怯んだのが分かった。
毒も、腹部の傷も嫌がらせで本当は、この土地から追いやるだけなのだというのは分かっている。それも友人の入れ知恵でしょう。だって貴方の友人が毒をベッドに持って来たときにそう言ったのだもの。私が眠っているとでも思ったのね。
貴方の友人は、私なんかよりも狡猾で嘘つきよ。どうでもいいけれど。
カタン、と窓を開いた。
「はぁ」
窓の外は漆黒の海が広がっていた。潮の香りが鼻腔をくすぐる。この時間、下が森や都市ではなくて本当に良かった。
天狐王国は常に空を飛び、移動し続ける別名、天空都市とも呼ばれていた。水鏡で各国の様子を見守り、時に助言や罰を与える神々の代行人。そんな彼らすれば人族が同じ空間にいるなど許せないのでしょうね。