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「いや、決してそんなことはない。ただ素っ気ない振る舞いは、そうした方がいいと聞いたからで……」
やや言いにくそうに、彼が口ごもる。
「それは、どなたになんですか?」
奇しくも先ほど聞きそびれていた話に戻って、改めて問いかけた。
「ああ、その道のプロにだ……。私は、そういったことには、縁遠いものだから……」
「──えっ?」
”その道のプロ”という言葉にも引っかかったけれど、同時に”縁遠い”という一言も聞き逃せなかった。
「縁遠いっていうのは、どういう……?」
真意を捉えかねて、首を傾げる。
「言葉の通りだ。私には、女性とデートの経験などがあまりなかったものだから、他に聞くしかないと」
──まさかと、一瞬耳を疑う。
「ほ、本当になんですか?」
こんなに素敵な人が、デートの経験がそうないなんて、そんなことがあるんだろうかと、唖然として訊き返した。
「ああ、うん……まぁ、な」
口元に拳をあてて、コホンと小さく咳払いをすると、
「私は、幼い頃から父に帝王学を叩き込まれていて、必要のない交遊は止められていたので、そういう経験がさほどなくてな」
彼は照れくさそうに話した。
「そんなことが……」
あれほどのメーカー企業なら、帝王学も当然なのかもしれないと思いつつ、だけど交遊関係まで制限する必要はあるんだろうかとも感じた。
「あ、あの……差し出がましいことを聞くようですが、それほど厳しくされて、反発などはなかったんでしょうか?」
気になって尋ねてみた私に、「ないな」と、彼が即答する。
「父は、私がまだ幼い頃に母が亡くなったことで、産んだ母に恥じないようにと、懸命に育ててくれたので。厳しさもその一環で、忙しい会社経営の傍らで、私の面倒はよく見てくれたものだったから、父への反発や不満などは少しも感じたことはなかった」
「そうだったんですね」と、頷いて、「とても素敵なお話を聞かせていただいて」そう笑顔で応えた。
メガネの奥の目を細め優しげな微笑みを浮かべる彼の表情からは、お父さまへの想いがひしひしと伝わって、胸がほっこりとあったまるようだった──。