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つかであきひろ
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「エルザ・バランタイン。お前との婚約を破棄し、聖女の職を剥奪する!」大聖堂のステンドグラスから差し込む光の中、私の婚約者である第一王子ジュリアス様は、冷酷な声を響かせた。その隣には、勝ち誇ったような笑みを浮かべてジュリアス様の腕に抱きつく、男爵令嬢のマリアが立っている。「……ジュリアス様、本気で仰っているのですか?」私は静かに問い返した。私がこの国の聖女として、毎日寝る間も惜しんで結界を張り、作物の実りを豊かにしてきた。その私の鑑定スキルが「無能」だと、彼は言うのだ。「フン、往生際が悪いぞ。新たなる聖女マリアのスキルは『豊穣の奇跡』だ! お前の陰気な『鑑定』などという地味な能力、我が国にはもう不要なのだよ。ただ魔力を消費するだけの穀潰しめ!」「そうですわ、エルザお姉様。もうお役御免ですの。これからは私がジュリアス様を支え、この国を豊かにしてみせますわ」マリアがわざとらしく胸を張り、ジュリアス様がその肩を優しく抱き寄せる。二人の頭上には、私の『鑑定』スキルによって、彼らの真実のステータスがくっきりと見えていた。【ジュリアス・レムリア】状態:軽薄・魔力枯渇気味本心:『エルザの説教はうるさい。マリアの方が可愛くて思い通りになる』【マリア・ローゼン】状態:魅了の魔道具使用中(ジュリアスを洗脳中)本心:『バカな王子。これで私は王妃様よ。聖女の仕事なんて、適当に寄付金だけ集めて遊んで暮らすわ』(……ああ、やっぱり)私は心の中で深い溜め息をついた。マリアの『豊穣の奇跡』など、一過性の強力な肥料のようなもの。大地の魔力を前借りしているだけで、数ヶ月もすれば土地は枯れ果て、不毛の地になる。そんなことも、私の最高位鑑定スキル『万物看破』にかかれば一目瞭然だった。だが、それを教えてあげる義理は、もうない。「わかりました。そこまで仰るなら、私はこの国を去ります」「ふん、さっさと行くがいい! 二度とその泥臭い顔を我がレムリア王国に見せるな!」私は身一つで大聖堂を後にした。引き止める声は、誰からも上がらなかった。◇国境の森。着の身着のまま追い出された私は、冷たい雨に打たれながら歩いていた。さすがに体力が限界を迎え、大樹の根元に座り込む。(これから、どうしようかな……)その時、森の奥から地響きのような唸り声が聞こえた。茂みをかき分けて現れたのは、全身が傷だらけの、漆黒の巨大なトカゲ――いや、伝説の『滅びの神竜』だった。かつて世界を滅ぼしかけ、今は神話の存在とされていた漆黒の竜が、腹部から大量の血を流して苦しんでいる。普通なら腰を抜かして逃げ出す場面。けれど、私の目には神竜のステータスが見えていた。【暗黒神竜・ノヴァ】状態:古代の呪毒(瀕死)・極度の人間不信本心:『痛い、苦しい……。また人間に裏切られた。死ぬ前に、目の前の人間を噛み殺してやる……』「……かわいそうに。痛かったよね」私は恐怖よりも先に、哀れみが勝った。ゆっくりと近づき、神竜の大きな鼻先に手を触れる。「グルルゥッ!?」威嚇する神竜。しかし私は逃げない。私には、鑑定した対象の「呪い」や「傷」の最適な治療法がわかる。「大丈夫、すぐ楽にしてあげるからね」私は体内に残ったすべての聖魔力を練り上げ、神竜の傷口に注ぎ込んだ。私の鑑定スキルは、単に見るだけではない。視認した「バグ(傷や呪い)」を、正常な状態へ『上書き修正』する力こそが本質なのだ。眩い光が森を包み込む。次の瞬間、神竜の体を蝕んでいた黒い呪毒が消え去り、傷口が綺麗に塞がっていった。『……お、おのれ人間……何をした……? 体が、軽い……?』脳内に直接、威厳のある、でも少し戸惑った声が響く。「よかった。呪いが解けたみたいだね」私が微笑むと、神竜の大きな目が驚愕に見開かれた。『まさか、数百年解けなかった神の呪いを一瞬で……!? 娘よ、お前は何者だ』「ただの、用済みで追い出された元聖女ですよ」『ふん、お前を捨てるなど、その国の人間は全員節穴か。……気に入った。我が名はノヴァ。これよりお前を我が主と認め、魂の契約を交わす!』神竜の体が光に包まれ、小さくなっていく。現れたのは、手のひらサイズの可愛らしい黒いミニ竜だった。ミニ竜は私の肩に飛び乗ると、嬉しそうに頬を寄せてきた。そして、その光の余波で、私の右手に見たこともない黄金の紋章が浮かび上がる。自分自身を鑑定してみると、驚くべき文字が表示された。【エルザ・バランタイン】称号:世界唯一の『神竜使い』、真の救世聖女「ええっ……!?」唖然とする私の前に、ガサガサと草を分けて、重厚な鎧を着た一団が現れた。中心にいるのは、冷徹な美貌を持つ、黒髪に銀の瞳の青年。隣国ガルディニア帝国の若き皇帝、ギルベルト陛下だった。「神竜の凄まじい魔力を感知して来てみれば……。おい、そこの令嬢。今、ここで何が起きた?」ギルベルト陛下の鋭い視線が私を射抜く。私は緊張しながらも、正直に答えた。「この子の呪いを、私の鑑定スキルで治療しました。そうしたら、契約することになってしまって……」ギルベルト陛下は私の右手の紋章と、肩のミニ竜を交互に見た後、信じられないほど優しく目元を和らげた。「……素晴らしい。伝説の神竜を従える本物の聖女が、こんなところにいたとは。我がガルディニア帝国は、今、深刻な大地の穢れに苦しんでいる。どうか我が国に来て、力を貸してくれないだろうか?」「えっ、私のような無能と追い出された身でよろしければ……」「無能? お前を無能と呼んだ奴の首を撥ねてやりたいな。歓迎しよう、我が最愛の聖女(ルビ:ひめ)よ。お前を捨てた国が、後でどれほど泣き叫んでも、もう絶対に返してやらないからな」ギルベルト陛下は私の手を取り、そっとひざまずいて甲にキスをした。その瞳には、尋常ではない執着と溺愛の炎が灯っていた。◇それから数ヶ月後。ガルディニア帝国に向かった私は、ギルベルト陛下の過保護なほどの溺愛を受けながら、神竜ノヴァと共に大地の穢れを次々と浄化していった。帝国は未曾有の大豊作に沸き、私は『帝国の奇跡の聖女』と称えられていた。一方、私を捨てたレムリア王国は――。マリアの『豊穣の奇跡』の反動で、国内すべての農地が瞬時に枯れ果て、深刻な大飢饉に陥っていた。さらに、結界が消えたことで魔獣が大量発生し、国は崩壊の危機に瀕している。「エルザ! 頼む、戻ってきてくれ! 私が悪かった! お前が本当の聖女だったんだ!」帝国の謁見の間に、ボロボロの姿で這いつくばるジュリアス王子の姿があった。彼のステータスを、私は冷ややかに見下ろす。【ジュリアス・レムリア】状態:破滅寸前・マリアへの憎悪本心:『エルザを騙して連れ戻し、またタダで結界を張らせてこき使ってやる』相変わらず、救いようのないクズのままだ。「お断りします、ジュリアス様。私はもう、この帝国の聖女ですから」私が冷たく言い放つと、私の椅子の横から、人間の青年へと姿を変えたノヴァが鋭い眼光でジュリアスを睨みつけた。「我が主を愚弄した罪、その身で償うが良い、羽虫め」「ひっ、ひぃぃっ!?」さらに、私の腰を引き寄せ、独占欲を隠そうともしないギルベルト陛下が冷酷に告げる。「我が妻となるエルザに、気安く触れようとするな。レムリア王国との国交は本日をもって断絶する。兵を出し、我が国を脅かす魔獣ごと、お前たちの国を版図に加える(ルビ:滅ぼす)としよう」「そんな……! ああ、エルザ、エルザァァーッ!」兵士に引きずられていく元婚約者の叫び声を聞きながら、私は隣で微笑むギルベルト陛下の手を、そっと握り返すのだった。