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第114話:画面越しの飯テロと、高級フレンチを投げ捨てる大富豪
深夜の限界集落を包み込む、圧倒的な静寂と満天の星空。
古民家の縁側に腰を下ろした俺と小春ちゃんは、言葉を発することすら忘れ、ただひたすらに目の前の『究極の一日一食』と向き合っていた。
ズズッ……。
俺がお椀に口をつけ、特製のけんちん汁を啜る音が、静かな夜の空気に心地よく響く。
動物性の出汁を一切使わず、日高昆布と干し椎茸だけで引いた透明感のある精進出汁。
そこに、ごま油で香ばしく炒められた夏大根、にんじん、ごぼうの野性味あふれる甘さが極限まで溶け出している。
熱々の汁と一緒に、手でちぎったことで味が芯まで染み込んだ木綿豆腐を頬張れば、口の中で大地の旨味が大爆発を起こした。
「はふっ、はふっ……んんん〜〜っ! お兄さん、これ本当に美味しすぎます……っ!」
小春ちゃんが、頬を紅潮させながら夢中で箸を動かしている。
俺も無言のまま、土鍋で完璧な水加減の『カニ穴』を作りながら炊き上がった、黄金色の玄米を口へ運んだ。
プチプチとした玄米特有の心地よい弾力と、噛めば噛むほど湧き出してくる素朴で力強い甘み。
それをけんちん汁の奥深い塩気と合わせることで、胃袋だけでなく、全身の細胞が歓喜の声を上げるような圧倒的な多幸感に包まれる。
これこそが、陸上自衛隊『需品科』で培ったロジスティクスの極意。
疲労困憊の深夜であっても、胃腸に負担をかけず、最も効率的かつ最高に美味いエネルギーを補給する『完璧な陣形(献立)』である。
居間の方からは、俺が設営した段ボール箱のインキュベーターの中で、神獣シロの温感ヒーターに守られた子ダヌキとキツネ兄弟の、穏やかな寝息が聞こえてくる。
すべてが完璧に調和した、世界一平和で、世界一美味しい夜食の時間。
だが、ジンバルに固定された俺のiPhone miniの向こう側では、一千万人のリスナーたちが『深夜の深刻な飯テロ』の直撃を受け、阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。
『うわああああああ!! 腹減ったあああ!!』
『ただの野菜スープと茶色い米なのに、なんであんなに美味そうなんだよ!!』
『主が玄米噛む音、完全に極上のASMR』
『ごま油の匂いが画面から突き抜けてきそう……カップ麺のお湯沸かしてくる(号泣)』
そして、その飯テロの破壊力は、遠く離れた中東の地で、一つの『事件』を引き起こそうとしていた。
ドバイの中心部にそびえ立つ、超高級7つ星ホテルの最上階ペントハウス。
大理石のテーブルの前に座るドバイの石油王の目の前には、世界一予約が取れないと言われる三ツ星フレンチの専属シェフが腕を振るった、極上のフルコースが並べられていた。
黒トリュフをふんだんに添えた最高級のフォアグラのソテー。
キャビアをこれでもかと乗せた、オマール海老のポワレ。
一皿数万円はくだらない、世界の富裕層が舌鼓を打つ究極の贅沢である。
しかし、石油王の視線は、目の前の豪華な皿ではなく、テーブルの脇に立てかけられた『純金製のタブレット端末』に完全に釘付けになっていた。
画面に映っているのは、日本の北海道、名もなき限界集落の縁側で、名もなき元社畜がただ黙々と野菜の汁と玄米を啜る姿。
「…………」
石油王は、無言のままフォークに刺したフォアグラを口に運んだ。
#現代ドラマ
ゆうき あきや
4,038
259
#心理描写重視
世界最高のシェフが調理した、とろけるような濃厚な脂の旨味。
だが、石油王の味覚は、完全に『画面の向こうの素朴な食事』にハッキングされていた。
タブレットから響く、アキヤ……いや、主が玄米をプチプチと咀嚼する音。ごぼうや夏大根の熱気を帯びた湯気の映像。
石油王は突如として立ち上がり、手にした純銀のフォークを大理石のテーブルに叩きつけた。
ガチャンッ!!
「……下げろ」
「ボ、ボス? お口に合いませんでしたか!?」
慌てて飛んできた一流シェフに対し、石油王は画面の中のけんちん汁を指差して吠えた。
「こんな油まみれの皿はもう見たくない! 画面の向こうの、あの黄金のスープと茶色い米! そっちの方が絶対に、百倍美味い!!」
「ええっ!? そ、それはただの野菜の切れ端を煮込んだだけの貧民のスープで……!」
「黙れ! 君をクビにはしないが、明日から日本食のダシの引き方を猛勉強しろ! 私は今すぐあの男の食卓に混ざりたいんだ!!」
限界集落の縁側で、最後の一口の玄米を飲み込んだ俺のiPhone miniの画面が、突如として極彩色の光を放ち始めた。
『(ドバイの石油王からの¥50,000MeTubeギフト×20連発)=”Master! Throwing away my 3-star French right now! That soup is the true luxury of this world! Give me one bowl!“(主よ! 今すぐ三ツ星フレンチを投げ捨てた! そのスープこそがこの世の真の贅沢だ! 私にも一杯くれ!)』
『(スイスの銀行家からの¥50,000MeTubeギフト)=”The ultimate efficiency of nutritional logistics! I can feel the warmth of the earth just by watching!“(栄養兵站の究極の効率化! 見ているだけで大地の温もりを感じるぞ!)』
『(ハリウッド女優シャーロットからの$500MeTubeギフト×10連発)=”Akiya! That’s the ultimate diet food! I am chartering a flight to taste it!“(お兄さん! それこそ究極のダイエット食ね! それを味わうために今すぐ飛行機をチャーターするわ!)』
「……ぶふぉっ!?」
横でほうじ茶を飲んでいた小春ちゃんが、画面を見て盛大にむせた。
「お、お兄さん! 石油王さんが三ツ星フレンチ投げ捨てたって言ってますよ!? シャーロットさんに至っては、けんちん汁飲むためだけに飛行機飛ばそうとしてます!!」
小春ちゃんがパニックを起こして俺の肩を揺さぶる。
だが、俺は空になったお椀をそっと置き、元・社畜としての『一切の感情を排した鋼のポーカーフェイス』でカメラに向き直った。
「……皆さま、深夜の空腹で判断力が低下しているようですが、冷静になってください」
『出たァァァァァ!!!』
『主の限界言い訳タイム・深夜の飯テロ編ww』
『さあ、三ツ星フレンチに勝ったこの精進料理をどう論破する気だww』
俺は、キリッとした真顔で、淀みない口調で言い放った。
「俺が食べているのは、ただの規格外野菜の残骸を煮込んだ汁と、精米機にかける手間を省いた玄米です。カロリー密度や市場価値において、三ツ星フレンチに勝る要素は情報工学的にも栄養学的にも一つも存在しません。皆さまがこれを美味しそうに感じるのは、深夜特有の『胃腸の疲労』と『隣の芝生は青く見える』という人間心理のバグが引き起こした、ただの錯覚に過ぎません」
「んなわけあるかあああ!!!」
小春ちゃんが、お膳にあったおしぼりを丸めて俺の頭にパーフェクトなツッコミを見舞った。
「自分の料理の腕と素材の良さを素直に認めなさいよ!! お兄さんがこだわり抜いてお出汁を取って、完璧に玄米炊いたから、画面越しでも世界中の人のお腹を鳴らしてるんでしょうが!! 三ツ星フレンチ投げ捨てさせた奇跡を真っ向から受け止めなさい!!」
『小春ちゃんのキレキレおしぼりスマッシュ炸裂www』
『規格外野菜の残骸(究極の精進出汁けんちん汁)』
『人間心理のバグ(深夜の圧倒的飯テロ)』
『適応力バグおじさん、ついに自分の料理の美味さまで情報工学と錯覚のせいにするww』
『言い訳が苦しすぎて、空腹が爆笑に変わったわww 最強!!』
俺の理不尽極まりない限界言い訳と、小春ちゃんの物理ツッコミに、一千万人の視聴者たちは深夜にも関わらず大爆笑の渦に叩き落された。
『ミャウ(騒がしいわね、タヌキが起きるでしょ)』
居間の奥から、神秘的な『オッドアイ』の瞳――左目のサファイアブルーと右目の琥珀色――を細め、シロが呆れたように小さく鳴く声が聞こえる。
「……まぁ、理由はどうあれ。俺の兵站はこれで完璧に維持された」
俺は苦笑いしながら、熱いほうじ茶で口の中をさっぱりと洗い流し、再び美しい星空を見上げた。
世界最高の富豪たちが、何万円というディナーを放り出して羨む、限界集落の質素な夜食。
どんなにカネと権力を持つVIPたちが画面の向こうで騒ごうとも。
俺のストイックな『一日一食』のルーティンと、満天の星空の下で営まれるこの世界一温かいスローライフは、決してブレることなく、明日の平和へと続いていくのだった。
コメント
1件
いやー、第114話、めちゃくちゃ良かったです🥀🤍 石油王が三星フレンチぶん投げて「あのスープくれ!」って叫ぶシーン、笑いと胸熱が同時に来てやられました。主さんの「俺の食べてるのは規格外野菜の残骸」っていう限界言い訳も完璧で、小春ちゃんのおしぼりツッコミもキレキレで最高でした。飯テロの描写が丁寧すぎて、読んでるだけでお腹鳴りました(笑)。 静かな星空の下で、世界の大富豪たちが羨む質素な夜食。なんか、本当の贅沢ってこういうことなんだろうなって思わせてくれる回でした。シロの一言もクスッときました🐱 ゆうきあきやさんの描く「ちゃんと美味しい地味ご飯」、ずっと見ていたいです🌙