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第四話 『泣いてしまった日』
三歳の夏。
リュシアンは、王城へ通うことが少しずつ増えていた。
王家とアルヴェイン伯爵家は古くから親交が深い。
そのため、アルフレッドと遊ぶ機会も自然と増えていった。
とはいえ――。
「アル。」
「なあに?」
「ここ、ちがう。」
「えぇ?」
遊ぶと言っても、積み木を並べたり、本を読んだりする程度だ。
リュシアンはあまりはしゃがない。
アルフレッドは最初こそ不思議そうにしていたが、今ではすっかり慣れていた。
「リュシアンは、おべんきょう好き?」
「……好き。」
「ぼくは、おそとで遊ぶほうが好き!」
にぱっと笑うアルフレッド。
その笑顔につられそうになって、リュシアンは慌てて表情を戻した。
(危ない。)
(感情を出しすぎない。)
何度も自分に言い聞かせる。
そんな時だった。
「殿下!」
庭の向こうから、近衛騎士が慌てて駆けてきた。
「どうされました?」
「訓練場で木剣が折れ、破片が――!」
その瞬間。
リュシアンの耳がぴくりと動いた。
(木剣が折れた……?)
前世の知識では、この世界の木剣は魔力で補強されている。
折れた破片は、大人でも避けにくい速度で飛ぶことがある。
リュシアンは庭の奥へ視線を向けた。
ちょうどその時。
一人の少年が走ってきた。
黒髪。
灰色の瞳。
アルフレッドたちと同じくらいの年齢。
(レオンハルト。)
未来の近衛騎士。
まだ幼い彼は、父親の訓練を見学していたらしい。
しかし。
「危ない!」
誰かの叫び。
折れた木片が一直線に飛ぶ。
向かう先は――。
レオンハルトの額だった。
(まずい!)
考えるより先に体が動いていた。
小さな足で駆け出す。
右手を前に突き出す。
「《星壁(アストラ・シールド)》!」
淡い銀色の結界が一瞬で展開される。
カァンッ!!
木片は結界に弾かれ、地面へ転がった。
一瞬の静寂。
誰も動けなかった。
「……え?」
レオンハルトが瞬きを繰り返す。
助かった。
その事実を理解した瞬間だった。
「……っ。」
ぽろり。
一粒。
涙が零れ落ちた。
「リュシアン?」
アルフレッドが慌てて駆け寄る。
「だいじょうぶ?」
リュシアンは首を振ろうとした。
でも。
止まらなかった。
ぽろり。
ぽろり。
次々と涙が頬を伝う。
(よかった……。)
(本当によかった……。)
もし間に合わなかったら。
もしレオンハルトが怪我をしていたら。
そう考えただけで胸が締め付けられる。
リュシアンは必死に涙を拭った。
「ごめ……。」
言い終わる前に、小さな体がふわりと持ち上がる。
「よくやった。」
抱き上げたのは、レオンハルトの父だった。
屈強な騎士は、優しくリュシアンの頭を撫でる。
「お前が助けてくれた。」
「息子は無事だ。」
「ありがとう。」
その言葉を聞いて、リュシアンはようやく泣き止んだ。
「……うん。」
◇◇◇
しかし。
その出来事は、あっという間に王城中へ広まった。
「聞いたか?」
「アルヴェイン家のご子息が涙を流したそうだ。」
「ああ。」
「やはり、大きな出来事があると抑えられないのだろう。」
「膨大な魔力を使う代償……。」
「お気の毒に。」
誰もが同じように噂する。
”感情を悪魔へ差し出した子。”
”悲しみだけが涙となって零れる子。”
リュシアンの耳にも、その噂は届いていた。
(違うんだけどな……。)
でも訂正できない。
前世のことも、未来のことも話せない以上、誤解を解くことはできなかった。
◇◇◇
一方、その日の夕方。
レオンハルトは父に尋ねていた。
「父上。」
「なんだ?」
「ぼく、助けてもらった。」
「ああ。」
「でも。」
幼いレオンハルトは首を傾げる。
「なんで、リュシアンは泣いたの?」
父は少し考え込み、静かに答えた。
「怖かったんだろう。」
「……。」
「大切な人が傷つくかもしれないと、思ったから。」
レオンハルトはその言葉を胸の中で何度も繰り返した。
(大切な人。)
まだ三歳の彼には、その意味はよく分からない。
けれど一つだけ、はっきりと思った。
(今度は。)
(ぼくが守る。)
今日、自分を守ってくれた小さな銀髪の少年を。
今度は自分が守るのだと。
その幼い決意が、未来へと続く長い絆の始まりになることを、まだ誰も知らなかった。
コメント
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みぅです🤍🥀 第7話、読み終わりました……。 リュシアンがレオンハルトを守ったシーン、すごく心にきました。助けた直後にぽろぽろ涙が止まらなくなるところ、小さな体で一生懸命だったんだなって思うと切なくて。それなのに「感情を悪魔に差し出した子」って噂されるの、本人の前では違うのにって思ったりして、切なくもありました……。 でも最後のレオンハルトの「今度は自分が守る」って決意、すごく胸が熱くなった。ふたりのこれからがもっと気になります! #感想投稿