「今日は体調いいかりゃ、ちょっと屋上行かにゃい?」
窓から見える茜空に視線をやっていた瑞奈が、ゆっくりと俺の方を向いた。確かに、午前中よりも瑞奈の顔色が良くなっていた。にいっと口の端をあげられていることからしても、今の瑞奈は快調そうだ。具合が悪い時には気持ちを表情であらわすことさえ、最近の瑞奈は難しくなってきている。
「ああ。でも用心して歩けよ。つうか、俺にしがみついて歩け。昨日の夜も転んだって看護師さんから聞いたぞ」
「ふにゅう~、口止めしといたのににゃあ」
瑞奈がそっとスリッパに足を入れる。
「ほら、掴まれ」
瑞奈に身を寄せると、彼女が俺の背に腕を回した。ベッドから瑞奈を引っこ抜くように立たせる。
「お尻触った」
「しょうがねえだろう。ケツを支えないと上手くいかないんだから」
「あ、傷つく。暗に太ったって言いたいんでしょ」
「逆だよ。おまえまた痩せたよ。太んなきゃ免疫つかねえぞ」
「まあいいや。大目に見てあげりゅ。へっへっへ」
瑞奈をなかば抱きしめながら、病室を出る。リノリウムの廊下はよく磨かれ、歩くたびにキュッキュと小気味良い音が立った。
屋上にあがると、すうっと肌触りの良い風が吹き抜けていった。
「いい風。もう秋にゃんだね。あたし、秋が一番好きだにゃあ。特にこの空、大好き」
ベンチに腰をおろし、瑞奈が空を仰いだ。くんくんと犬みたいに空気の匂いをかいでいる。茜色の空に濃い藍色が混じりかけていた。うろこ雲が果てることなく続いている。
「写真撮りたい。晴翔くん、今スマホありゅ?」
「ああ、あるけど」俺はジーンズのポケットからスマホを取り出す。
「撮って。それで、あたしのLINEに送って」
言われたとおりに空を写す。瑞奈とのトークルームに画像を貼った。スマホをベンチ脇に置く。
「あの日も綺麗な茜空だったね」
「あの日?」
「あたしと晴翔くんが初めて会った日だよ」
喋る瑞奈が嬉しそうに目元を緩ませた。
「ああ」
「練習初日、誰もがあたしを見て目が点になっていたにょに、晴翔くんだけは違った」
「そりゃそうだろ。男女混合をうたっていないチームに突然おまえが現れて、しかもスカートのままサッカーしだすんだから」
「でも、晴翔くんはあたしのパスを真っ先に受けてくれた。みんにゃが遠巻きにあたしを見ているにゃか。しかも、女子に向かってもっと強いパス出せって注文もつけて」
くすっと、瑞奈が笑い声を立てる。
「そりゃあ、パス受けたら分かるよ。あ、こいつレベチだって。おまけに遠慮してやがるし。だから、あの時は、おまえがする本気のサッカーを知りたくなった」
「あたしも、知りたくなったよ。晴翔くんがパスを返してくれた時。パスって、色々と分かりゅ。その人の気持ちや真摯な態度も。晴翔くんはとてもまっすぐにゃ人だと思った。たった一本のパスでここまで強い気持ちを伝えてくる人は初めてだった。だから、最初に交わしたパスで、あたしは恋に落ちたの、晴翔くんに。結婚したい、ってもうその時かりゃ」
「俺も……思ってたよ。おまえからのボールを受けて、一緒にサッカーしたい気持ち以上に、心の中で何かが燃え上がってくるのを感じた。こんなことは初めてだった。もう、おまえしか見えなくなった。俺がサッカーをする理由までもが、瑞奈ありきになっていくのを止められなかった。おまえといつまでも一緒にいたい。ともに生きていきたい。そう切に願う自分がいた」
「恋の情熱だ!」瑞奈が嬉しそうに口にする。「一緒だね」
相好を崩す瑞奈の様子が、顔を見るまでもなく伝わってくる。
「ああ、一緒だった」
俺も自然と笑っていた。久しぶりの笑みだった。
だが、――
「ごめんね」






