的場さんが花束を持ってリビングを出たあと、ちえりさんが「お茶を淹れるわ」と言って立ちあがる。
けれど小牧さんが「私のほうがうまいから」と言ってキッチンに向かった。
彼女がお茶の用意をする音が聞こえるなか、百合さんは吐息混じりに言った。
「……何から話せばいいのかしらね」
彼女はあきらかに驚き、動揺しているけれど、困惑や喜びもあるみたいで、その表情は様々な感情で揺れている。
溜め息をついたあと、百合さんは私を見て微笑んだ。
「あの時はありがとう。偶然だったの?」
「はい。あの、私、上村朱里と申します。尊さんとは同じ会社の、同じ部署で働いています。お付き合いを経て今は婚約者となり、札幌でお会いした時は一緒に旅行をしていました」
説明すると、彼女は「凄い偶然ね」と驚いたように笑う。
「尊とはうまくやれているの? 優しくしてもらえている?」
「はい。この上なく優しくて尊敬できる人です。彼以上に素敵な男性を知りません」
「そう……」
頷いた百合さんは、私と話す事で、尊さんとの会話を引き伸ばしているように感じられた。
小牧さんたちは『もう八十一歳』と言って、昔のような気力はないと言っていた。
そうなのだろうけど、実際に会うまでは尊さんから聞いていた話の印象が強く、とても厳しい人なのかと思っていた。
だから、会うなり「出ていけ」と怒鳴られる覚悟も持っていた。
でも対面してみれば、百合さんはたおやかな印象の老婦人だ。
年齢より若く見えるけれど、深い悲しみと絶望を経験した彼女は、あまり元気がないように見える。
今なら小牧さんたちが、祖母を『穏やかな人』と言っていたのがよく分かる。
きっと尊さんは、さゆりさんが勘当された事と、母と妹の葬儀後も何も言ってこない事で、「祖母は厳しくて怖い人に違いない」と思い込んでいたのではないだろうか。
実際、百合さんは娘を勘当したし、尊さんを迎えようとしなかった。
でもそれは怒りや憎しみからではなく、深い悲しみと絶望の谷底にいたがゆえに、身動きが取れなかったからかもしれない。
祖母と孫は、言葉を交わせない遠い場所にいたまま、お互いに壁を感じていた。
顔を見て話せない間、尊さんは祖母のイメージを大きく膨らませすぎてしまった。それは百合さんも同じだ。
――それを今日、修正していくんだ。
(頑張れ、尊さん)
私は心の中でエールを送り、いま口にした言葉を肯定するようにニコッと笑った。
百合さんは私に微笑み返し、小さく息を吐いてから尊さんを見る。
皆さんが見守るなか、彼女は少し言葉を迷わせてから尋ねた。
「……元気だったの?」
その問いに尊さんもぎこちなく答える。
「色々と精神的にやられた時期はありましたが、概ね元気です。大きい怪我や病気はしていません。健康診断も太鼓判を押してもらっています」
「そう」
尊さんは祖母の短い返事を聞いてから何かを言おうとして息を吸い、小さく吐いてはまた吸う。そして意を決して尋ねた。
「……お、…………ゆ、…………百合さんは、…………お元気でしたか?」
小牧さんたちは、〝お祖母ちゃん〟と言おうとして失敗した尊さんの言葉を聞いて溜め息をつく。
彼の問いを聞いて、百合さんは微笑んだ。
「……私が言う資格はないかもしれないけれど、他人行儀な呼び方はよしてちょうだい。……あなたには皆と同じように、お祖母ちゃんって呼ぶ資格があるわ。孫なんですもの」
「…………っ」
その言葉を聞いて、尊さんは息を震わせながら吸い、俯いて黙る。
耳まで真っ赤になって涙を堪える彼の横顔を見ると、私までウルッとしてしまう。
「…………じゃあ、…………お祖母、……ちゃん……」
私は赤面してボソッと言った尊さんが愛しくて、彼を抱き締めてめちゃくちゃ頭を撫でてあげたくなる。
速水尊が可愛いなんてなかなかなくて、シリアスな場面だというのに情緒が大変だ。
ちえりさんはズッと洟を啜り、ティッシュで洟をかむ。
百合さんはせつなげに微笑んだあと、溜め息をついた。
「あなたにはつらい思いをさせたわね。……憎かったわけじゃないのよ。さゆりと大喧嘩して勘当すると言ったあと、あの子がシングルマザーになったと聞いて手を差し伸べたくなったわ。でも突っぱねられるのが怖くて、声を掛けられなかった」
やっぱり、思っていた通り百合さんはずっとさゆりさんを気に掛けていたんだ。
そして助けたいと思っても、確執を生んでしまった以上怖かったんだろう。
芸術家気質の人だからこそ、普通の親より不器用で繊細なのかもしれない。
コメント
2件
( ゚ー゚)ウ ( 。_。)ン☺️❤おばあちゃん、会えて良かった🤗
お祖母ちゃん…言えたよ…😭😭😭