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夕方。
人通りの少ない道を、二人並んで歩いていた。
会話は特にない。
でも、沈黙が気まずいわけでもなかった。
付き合っている。
それは事実だ。
けれど、手を繋いだことは
“一度”もない。
ないこは歩きながら、何度も視線を落とした。
まろの手は、すぐそこにある。
(…今さら、変かな)
付き合っているのに。
恋人なのに。
触れたことがない。
理由は簡単だった。
おれは、自分から何かを求めるのが、怖い。
拒まれるのが怖いわけじゃない。
“欲しい”と思ってしまう自分を、認めるのが怖かった。
歩幅が、少しだけずれる。
その拍子に、指先がかすかに触れた。
一瞬。
ないこは反射的に手を引きかけて、止まった。
(……あ、)
心臓が、遅れて強く打つ。
まろも気づいたのか、足を止める。
無理に笑ったり、誤魔化したりはしない。
「……手、繋ぐ?」
聞き方は、驚くほどあっさりしていた。
命令でも、冗談でもない。
選択肢として、そこに置かれただけ。
ないこはすぐに答えられなかった。
でも、首は横に振らなかった。
沈黙の中で、
まろの手が、ゆっくりと近づく。
触れるか触れないか、その手前で止まる。
「……嫌やったら、やめる」
その一言に、ないこの胸が静かに揺れた。
嫌じゃない。
むしろ—
ないこは、ほんの少しだけ勇気を出して、
自分から指先を伸ばした。
指が絡む。
ぎこちなくて、力も入っていない。
恋人繋ぎ、というには頼りない。
それでも、確かに“繋がって”いた。
温かい。
思っていたよりも、ずっと。
「……変な感じ」
思わず漏れた声に、
まろが小さく笑う。
「初めてやしな」
それ以上、何も言わない。
握る力も、強めない。
ないこは、繋がれた手を見つめながら思った。
怖い。
でも、離したくない
ないこは今、自分から“繋がる”ことを選んでいた。
信号を渡って、角を曲がって、
見慣れた道に入る。
それでも、手はそのままだった。
まろは何も言わない。
握り返すこともしない。
ただ、ないこのペースに合わせて歩いている。
家の前に着いて、ようやく足が止まる。
鍵を出そうとして、
ないこはそこで初めて気づいた。
まだ、繋いでる。
視線が、絡んだ指先に落ちる。
心臓が、少しだけ早く打った。
「…ぁ、」
小さな声が漏れる。
慌てて離そうとして、
でも一瞬、ためらってしまう。
「……ずっと、やったな」
まろが、ぽつりと言った。
責めるでも、からかうでもない。
ただ事実を確認するみたいに。
「…ご、ごめん。」
反射的にそう言うと、
まろはすぐに首を横に振る。
「謝らんでええ」
「離したかったら、途中で言うてくれてよかったんやで」
その言葉に、ないこは言葉を失った。
離したかったか、と聞かれたら
答えは、わからない。
でも、嫌ではなかった。
「……嫌、じゃない」
正直に言えたのは、それだけだった。
まろは小さく頷く。
「そっか」
それ以上、何も言わない。
指先が離れる。
少しだけ名残惜しさが残ったことに、
俺は気づいてしまった。
玄関のドアを開けながら、
胸の奥が静かにざわつく。
手を繋いだまま帰ってきた。
ただそれだけのことなのに。
俺は思う。
離すタイミングが 本当はわからなかったんじゃない。
離したくなかったんだ。
その事実を、
まだ誰にも言わないまま、
ないこは家の中へ入った。