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「大丈夫?」
お姉さんが心配そうに言った。
「大丈夫です。すみません、折角の食事の席で――」
「それは全然いいけど……」
豪快に泣きすぎて、お姉さんが私を化粧室に連れて来てくれた。
「結婚……、無理してない?」
「え……」
「雄大が強引に進めてるなら――」
「違います!」
「お客様?」
化粧室にウエイトレスが入ってきた。
「個室をご用意しましたので、よろしければご案内いたしますが」
私は急いでメイクを直し、雄大さんが待つ部屋に案内してもらった。
「ぶっさいくな顔」
「雄大!」
「泣いたら腹減ったろ? 食おうぜ」
雄大さんの言う通り、お腹が空いた。
美味しかった。
楽しかった。
賑やかな食卓は私には縁のなかったもので、嬉しかった。
お姉さんは二度の離婚歴があり、現在は恋人と同棲中。その恋人と喧嘩をして、家出してきたとのことだった。
「経験者だから言うけど、結婚は勢いじゃダメよ? 好きだの愛してるだので生活は出来ないんだから!」
「姉さんは男を見る目がないんだよ」
「結婚前にわかっていればしなかったわよ! けどね、男も女も変わるのよ!!」
「はいはい」と、雄大さんが聞き飽きたように流す。
テーブルの上のスマホが震え、雄大さんが立ち上がった。そのまま、部屋を出る。
「馨ちゃん、本当に雄大と結婚していいの?」
お姉さんが小声で言った。
「もし、少しでも不安があるなら――」
「それは、雄大さんに言ってあげてください」
「え?」
「この結婚で犠牲になるのは……雄大さんだから……」
「犠牲……?」
親身に心配してくれるお姉さんには、真実のことを話すべきだとわかっている。
あなたの弟さんは、私を救うために戸籍を汚そうとしている――。
雄大さんを想うなら、こんな結婚はするべきじゃない。
お姉さんに反対されて、説得されたら、雄大さんは考え直すだろうか……?
わかっているのに、お姉さんに申し訳ないと思うのに、彼の手を離すのが怖くて、離したくなくて、言えない。
代わりに、私はもう一つの真実を言葉にした。
「私は……雄大さんが好きです」
雄大さんには言えない、雄大さんへの想い。
「本当に……感謝してます。だから……」
けれど、誰かに知っていて欲しい、想い。
「明日、結婚をやめたいと言われても、いいんです」
「そんなこと――」
「私、子供の頃からお兄ちゃんかお姉ちゃんが欲しかったんです。だから、一時でもお義姉さんと呼べる人が出来て、嬉しいです」
「馨ちゃん……」
帰り際、今度は二人で飲もう、と携帯の番号とメアドを交換した。
家まで送ると言う雄大さんから逃げるようにタクシーに乗り込み、私は二人に笑顔で別れを告げた。
雄大さんが少し寂しそうに、また明日、と笑った。
雨を予感させる、湿った重い空気の夜だった。
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