テラーノベル
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それでは
どうぞ。
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放課後の音楽室は底冷えがした。
窓の外には、鈍色の空から剥がれ落ちたような雪が、音もなく降り積もっている。
冬という季節は、全ての色彩を奪い取り、生き物の体温を際立たせるから嫌いだ。
桜花は、ピアノの蓋に映る自分の顔を見つめていた。
誰からも“神様からの贈り物“と称される、左右対称の完璧な造形。
冷気にさらされて一層白さを増した肌と対照的な紅い唇。
けれど、その美しさは彼女にとって、自分を閉じ込める冷たい鉄格子でしかなかった。
💜「……ねえ、美咲。」
💜「…もし私たちが、この雪の結晶みたいに触れたらすぐに溶けて消えてしまうものだったら良かったのにね。」
美咲は、窓際に寄りかかったまま、ぼんやりと外を眺めていた。
彼女の髪は、冬の希薄な光を吸い込んで、今にも空に溶けてしまいそうな白金色をしている。
彼女の美しさは、桜花のそれとは対照的だった。
どこか壊れやすく、少しでも力を入れたら粉々に砕けてしまいそうな、氷細工の儚さ。
🧡「…もし雪になったら、誰にも見つからない代わりに、お互いの体温を感じることができなくなっちゃうよ。」
美咲の声は、冷たく澄んだ空気を震わせ、桜花の鼓膜を優しく撫でる。
その声を聞く度に、桜花の胸の奥、1番柔らかい場所が、氷柱で突き刺されたように疼く。
これは病気だ。
少なくとも、この“清潔で正しい“世界においては。
2人は、誰もが認める『親友』だった。
登下校の道すがら1つのマフラーを分け合い、放課後には温かいココアを飲み、SNSには雪の中に並んだ2人の足跡をアップする。
世間はそれを“微笑ましい女子高生の友情“という、無害で消費しやすいパッケージに詰め込んで処理する。
だが、そのパッケージの裏側で行き場を失った恋心が、氷の下で窒息しかけていることに誰も気付かない。
💜「…友情って便利な言葉だよね。」
桜花が苦笑しながら呟く。
💜「友達だから手を繋いでいてもいい。友達だから可愛いって言い合ってもいい。」
💜「でも、友達だから“愛してる“の代わりに“大好き“って言わなきゃいけない。」
💜「……その“大好き“の濃度が、致死量を超えていたとしてもね。」
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美咲は答えなかった。
ただ、大きな瞳に涙を溜めて、桜花を見つめた。
美咲は知っていた。
自分たちが抱いている感情が、この学校の、この国の、この世界の“普通“という天秤にかけられた瞬間、いかに汚らわしい“異常“として切り捨てられるかを。
今朝、桜花は母親に、氷のような冷ややかさで問いかけられた。
『…桜花、貴方ほどの容姿があって、どうして彼氏の1人もできないの?』
『お父様も期待しているわ。貴方には相応しい家柄の、素晴らしい男性と結ばれてもらわないと。』
『それが、貴方の“価値“なのよ。』
その言葉は、鋭利な氷柱となって桜花の皮膚を削り取った。
桜花は、自分が“投資対象“であり、“観賞用“であることを知っている。
両親は彼女に、清廉潔白で、いつか家を潤すような男性に見初められる“高価なお姫様“の役割を期待している。
その期待という名のレールから一歩でも外れれば、昨日までの楽しみは、一順にして凍りつくような絶望へと変わるだろう。
美咲はもっと臆病だった。
美咲は、自分が他人と違うことを自覚するのが怖く、いつも周囲の環境を伺って生きてきた。
美咲への想いは、彼女にとって救いであると同時に、自分を永遠の冬へ四時込める鎖でもあった。
🧡「……私、昨日お母さんに言われたの。」
🧡「桜花と一緒にいる時間を減らせって。変な噂が立ったら将来に傷がつくって、。」
美咲の言葉は、乾いた雪のように床にこぼれた。
価値、将来、傷。
大人達が使う言葉は、いつも自分達の心を殺すためにある。
💜「……傷、」
💜「もう血まみれなのにね、私達。」
2人の距離が縮まる。
制服の擦れる音が、静かな音楽室にやけに大きく響いた。
桜花が手を伸ばし、美咲の頬に触れる。
美咲は拒まなかった。
それどころか、その温もりに縋るように、猫のように目を細めた。
このまま唇を重ねてしまえばいい。
そうすれば、この苦しみから解放されるだろうか。
いや、そんなはずはない。
一度でも一線を超えてしまえば、彼女達はもう“親友“という安全な檻の中に留まる事はできない。
待っているのは、好奇の視線、蔑み、拒絶。
そして、『治さなければならない病』としての扱い。
🧡「……できない、。」
美咲は泣きながら、桜花から離れた。
🧡「……、この感情が大きくなるのが怖いの。」
🧡「桜花の人生を壊すくらいなら、私は一生“1番の友達“でいい。」
🧡「…結婚式で、1番綺麗なドレスを着て、1番大きな拍手を送る役でいいから……、」
その言葉は、救いようのない絶望だった。
愛しているからこそ、手に入れない。
愛しているからこそ、殺す。
これ以上に残酷な純愛が、他にあるだろうか。
たった1つ“性別の違い“だけで。
💜「、美咲。」
桜花は美咲を抱きしめた。
折れてしまいそうな程細い肩。
自分と同じ、石鹸の香りがする髪。
心臓の鼓動が重なり合う。
この鼓動が、性別なんていう無意味なラベルを剥ぎ取って、ただの“個“として響き合っているのに。
💜「…私達は、生まれてくる時代か、性別を間違えたのかもね。」
桜花の瞳から、涙が零れ落ち、美咲の白いブラウスに染みを作った。
🧡「、…ううん、間違ってるのは世界だよ。」
🧡「でも、……そんな世界に生まれてきちゃった私達こそ間違いなのかもね。」
美咲の声は、冷徹なまでの現実を突きつける。
2人は、お互いを抱きしめる力を強めた。
けれど、決して情熱的な抱擁ではない。
それは、吹雪の中で遭難した2人が、互いの体温だけを頼りに、緩やかな死を待つ姿に似ていた。
窓の外では、完全に陽が落ち全てを覆い隠すような雪の夜が訪れていた。
白一色の世界は、2人の罪人を一時的に隠してくれる。
けれど、明日の朝になれば、また眩しい日の下で、彼女達は“完璧な少女“と可憐な少女“を演じなければならない。
お互いを想う心を、爪で手のひらを傷つけるようにして隠しながら。
2人の恋心は、誰にも認められないまま、降り積もる雪の下に深く深く、埋もれていく。
救いなんて、どこにも無かった。
ただ、窓の外で瞬き始めた冬の第一星だけが、未来の2人を預言するように、冷ややかに、けれど美しく、彼女達を見下ろしていた。
それは、死よりも静かで、生よりも残酷な、冬の日の情景。
彼女達は、あまりにも美しく、そして救いようがなく不幸だった。
___「私達は親友だもんね。」
誰にも邪魔されず、誰にも理解されず、ただそこに居ることだけを許される、一対の孤独。
地球という泥から1番遠い場所で、永遠に沈黙を守る存在である星。
そんな事を夢に見ながら、彼女達は今日もこの『間違った世界』で呼吸する。
end.
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