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あいたぴ♡苺もち
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#日常
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ひまわり
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谷崎爽奈
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第286話 身体へ戻る意識
【異世界・王国警備局/帰還保護区画・翌朝】
候補Dを保護している部屋は、ほかの帰還者たちの部屋とは少し違っていた。
中央に置かれているのはベッドではない。
低い台座の上に、銀色の輪。
その内側には目に見える人間の身体はなく、淡い光だけがゆっくりと脈打っている。
十一年前からこの世界に残り続けていた意識反応。
その向かいで、ノノが現実側から届いた波形を重ねていた。
《候補D》
《意識反応・維持》
《現実側身体候補・長谷川修一》
《一致率・高》
《身体側生命反応・維持》
《昏睡期間・約十一年》
ハレルは表示を見つめる。
「まだ“本人確定”にはしてないんだよね」
『うん』
ノノが答えた。
『似てるだけなら決められないから』
候補Dは以前から、「名前」を直接聞かれることに強い恐怖反応を示していた。
誰かに名前を奪われる。
あるいは、名前を答えたことで何かをされた。
何があったのかまでは分からない。
だからこの人にだけは。
最初から名前を問い詰めないと決めていた。
アデルが銀の輪を見る。
「身体側との反応は?」
『昨日より強いよ』
ノノが二つの波形を表示する。
異世界側。
銀の輪。
現実側。
十一年間眠り続ける長谷川修一。
片方に小さな刺激を与えると
わずかな遅れのあと、もう片方にも同じ変化が出る。
『ほぼ同じ反応が返ってる。でも、“ほぼ”だけで人間を戻すのは怖い』
「だったら、もう一つ必要だな」
ハレルが言った。
ノノも頷く。
『うん』
画面に
一人の女性の名前が出る。
《長谷川美咲》
長谷川修一の妹。
十一年間。
兄の病室へ通い続けている人だった。
◆ ◆ ◆
【現実世界・長期療養病院/個室】
病室の中央に一人の男が眠っている。
長谷川修一。
三十代になっているはずだが、長い昏睡と治療の影響で身体は痩せ、頬にも深い影が落ちていた。
ベッド脇には、妹の美咲。
城ヶ峰と日下部。
医師。
そして数名のスタッフがいる。
美咲は突然聞かされた話を
まだ完全には理解できていなかった。
十一年前。
事故のあと兄の意識が「別の場所」に残った可能性がある。
普通なら信じられる話ではない。
だが城ヶ峰たちは、すでに高瀬や悠真たちの帰還記録を持っている。
それでも美咲は一つだけ確認した。
「……兄なんですか」
城ヶ峰は即答しなかった。
「その可能性が非常に高いです」
「可能性?」
「だから、あなたに確認してもらいたいんです」
美咲は眠る兄を見る。
「何をすればいいんですか」
日下部が答える。
「普通に話してください」
「普通に?」
「名前を聞いたり、記憶を試したりしなくて構いません」
少し迷ってから。
「あなたしか知らないことでもいい。昔の話でもいい。お兄さんに話しかけるように」
美咲は困ったように笑った。
「十一年間、ずっとやってますよ」
「なら」
城ヶ峰が言う。
「今日も同じでお願いします」
◆ ◆ ◆
【異世界・王国警備局/帰還保護区画】
現実側から音声だけが繋がれる。
銀の輪の中。
光はまだ弱い。
ノノが言った。
『直接名前は呼ばなくていいって伝えてある』
ハレルが頷く。
「うん」
しばらくして女性の声が届いた。
『今日ね、雨だよ』
銀の輪。
変化なし。
美咲は続ける。
『そっち、雨嫌いだったよね』
わずかに光が揺れた。
ノノの目が動く。
『反応した』
ハレルたちは黙ったまま聞く。
『昔さ、学校行く時、傘忘れて……私の傘取ったことあったでしょ』
小さな光。
もう一度。
今度ははっきりと強くなる。
『私、ずっと怒ってたの覚えてる?』
波形が跳ねた。
ノノがすぐに記録する。
《記憶刺激・反応》
《個人的記憶との一致可能性》
美咲は少し声を詰まらせながら笑った。
『あと、踏切』
その瞬間、銀の輪が強く光った。
ハレルの目が見開かれる。
候補Dを最初に調べた時にも。
「踏切」という言葉へ強い反応を示していた。
美咲が続ける。
『家の近くの、小さい踏切』
『あそこ通るたびに、いつも止まって電車数えてたよね』
光が。
一度。
二度。
大きく脈打つ。
現実側。
眠っている長谷川修一の心拍にも同じ変化。
ノノが息を呑む。
『同期した』
アデルが聞く。
「一致か?」
『かなり高い。でも、まだ待って』
美咲の声。
『……私ね』
一度、止まった。
『ずっと待ってる』
銀の輪の光が静かになる。
『お医者さんには何回も言われた』
『もう起きないかもしれないって』
『でも……』
美咲の声が震えた。
『私は、まだ帰ってきてほしい』
その言葉に、
銀の輪の中で今までとは違う反応が起きた。
光が
現実側へ向かって伸びる。
一本。
細い線。
ノノが表示を開く。
《現実側指向反応・上昇》
《身体候補座標への反応・一致》
サキが小さく言った。
「帰りたいんだ……」
セラはすぐには同意しなかった。
案内層を確認しながら。
「まだ決めつけない方がいいです」
「うん」
ハレルも頷く。
「本人に聞こう」
◆ ◆ ◆
ただし、名前は聞かない。
ノノは候補Dへ最小限の問いかけだけを送った。
『聞こえる?』
光が一度。
強くなる。
『今聞こえていた人のところへ行きたい?』
数秒。
何も起きない。
さらに。
数秒。
そして銀の輪から細い光が現実側へ伸びた。
ノノが確認する。
『もう一回聞くね』
『あの人がいる場所へ行きたい?』
今度は迷いがない。
光が、現実側へ強く伸びる。
《本人意思反応・現実側》
ハレルが銀の輪を見る。
「名前は分からなくても」
アデルが続ける。
「自分が帰りたい場所は分かっている」
ノノはまだ慎重だった。
『あと一つ』
現実側へ通信する。
『美咲さん。今度は、お兄さんの名前を呼んでもらっていい?』
一瞬、銀の輪の反応が乱れた。
ハレルが息を呑む。
だが以前のような強い拒絶ではない。
美咲がゆっくり呼んだ。
『修一』
光が揺れる。
『修一』
二度目。
現実側。
眠っている男の右手。
指先が、ほんのわずかに動いた。
医師が顔を上げる。
「今……」
日下部もモニターを見る。
異世界側。
銀の輪の光が同じ瞬間に強くなる。
ノノが小さく言った。
『……一致した』
表示が切り替わる。
《候補D》
その文字が消える。
代わりに。
《長谷川修一》
《本人確認・高確度》
《意識・異世界側》
《身体・現実世界》
《身体側生命反応・維持》
《本人意思・身体側への帰還》
十一年前から名前のなかった意識に。
ようやく、一人の人間の名前が戻った。
◆ ◆ ◆
【王国警備局/臨時分析室】
今までの帰還とは構造が違っていた。
ノノが図を表示する。
高瀬。
悠真。
三浦。
リーネ。
彼らは身体と意識が一つのまま、世界を移動した。
だが、長谷川修一は違う。
《現実世界》
《身体》
そこから離れた。
《意識》
それだけが
十一年前、異世界側へ移っている。
ハレルが画面を見る。
「じゃあ、銀の輪を現実へ送るわけじゃない?」
『うん。あれは意識を保護してる器に近い』
「じゃあ、何を送る?」
『本人』
ノノは
現実側の身体と。
異世界側の意識を線で結ぶ。
『正確には、意識の固定を銀の輪から身体へ移す』
リオが聞く。
「世界を渡るのは同じだろ」
『そう。でも身体を作り直す必要がないから、前の帰還より境界への負荷は軽い』
アデルが続ける。
「代わりに、最後の接続が難しい?」
『うん』
ノノが頷く。
『間違った位置へ繋げたら駄目。長谷川さんの身体に、長谷川さんの意識を戻さないといけない』
ダミエが図を見る。
「出口、小さい」
『すごく小さい』
人間一人が通る道ではない。
意識反応だけを、一点へ。
正確に。
戻す。
ハレルが聞く。
「主鍵は?」
『使う。ただし前みたいに大きく道を開かない』
「副鍵は?」
『アデルは固定。リオは今回、もっと低くできると思う』
リオが少しだけ眉を上げる。
「助かる」
セラがエリウスの案内層を見つめていた。
「その代わり、案内層の役割が大きくなります」
ハレルが見る。
「身体まで案内する?」
「はい」
セラは現実側の一つの光点を指した。
「世界を越えるだけなら、出口を示せばいい。でも今回は、その人の“身体”そのものが出口です」
サキのスマートフォンでreが動いた。
白い線が銀の輪から現実側の光点へ伸びる。
その先、まるで針の穴を指すように。
一点だけが強く光った。
ノノが言う。
『reも同じ場所を指してる』
ハレルはその細い線を見つめた。
「ここに戻すんだ」
◆ ◆ ◆
【現実世界・長期療養病院/個室】
医療スタッフが長谷川修一の身体を囲んでいた。
心拍。
呼吸。
脳波。
すべて十一年間、最低限の生命活動を続けている。
日下部が通信を確認する。
『現実側、準備できています』
ノノの声。
『身体側の固定点、もう一回確認するよ』
モニターへ複数の線が重なる。
脳波。
心拍。
過去の医療記録。
異世界側から送られる意識波形。
その中心。
一つの一致点。
『固定』
城ヶ峰が美咲を見る。
「ここから先は、少し離れていてください」
美咲が兄の手を見る。
「……分かりました」
一歩後ろへ下がる。
だが離れる前に
「修一」
一度だけ呼んだ。
「帰ってきて」
異世界側で。
銀の輪が。
強く光った。
◆ ◆ ◆
【異世界・王国警備局/帰還準備室】
銀の輪は帰還陣の中央へ移されていた。
ただし今までのように大きな円は開かない。
床に描かれているのは細い一本の線。
ハレルが主鍵へ触れる。
アデルが左腕の副鍵を固定。
リオは、右腕を下げたまま最低限の補正だけを流す。
ダミエの結界も今回は部屋全体ではない。
銀の輪の周囲だけを薄く、何重にも囲んでいる。
『リオ、今のまま』
「分かってる」
『アデル、固定お願い』
「ああ」
セラが白い線の横へ立つ。
「案内層へ入ります」
サキが聞く。
「戻ってこられる?」
セラが少し笑った。
「今回は深く入りません。出口がもう分かっていますから」
reもスマートフォンの中で同じ方向を示している。
《接続可能》
エリウスの案内層。
《対象固定》
《身体側座標・一致》
ノノが最後に確認する。
『長谷川さん』
銀の輪の光が揺れる。
『今から、あなたを身体へ戻す』
静かな光。
『行きたい?』
一度強く、脈打った。
ノノが息を吸う。
『……始めるよ』
◆ ◆ ◆
主鍵が、淡く光った。
今までのような大きな境界は開かない。
代わりに銀の輪から。
細い糸のような光が伸びる。
目で追うのが難しいほど細い。
それが空間へ刺さる。
ノノが数値を読み上げる。
『意識固定、解除開始……十……十八……』
銀の輪の光が少しずつ弱くなる。
同時に。
現実側。
長谷川修一の脳波に微かな変化。
『三十一……四十四……』
セラが目を閉じたまま案内層を追う。
「世界境界、通過」
ハレルは主鍵へ力を入れすぎない。
道を開くのではない。
位置を示す。
そこにいる、それだけ。
『五十二……六十三……』
リオの副鍵。
熱はない。
だが、わずかに震える。
ノノが確認する。
『リオ側、正常』
「続けろ」
ダミエも細い結界を調整する。
「線、ずれてない」
現実側。
医師がモニターを見る。
「脳波が変わっています」
日下部の声。
『異世界側の波形と近づいてる』
『七十一……七十九……』
その時だった。
銀の輪の光が、、突然乱れた。
サキが息を呑む。
「何?」
セラが眉を寄せる。
「身体の手前で止まっています」
ハレルが見る。
「止まった?」
『待って』
ノノが波形を拡大する。
『拒絶じゃない』
アデルが聞く。
「なら何だ」
数秒。
ノノが答える。
『身体側が、意識を受け取る反応をまだ出してない』
十一年。
意識のないまま、身体だけが眠っていた。
身体と意識が、互いをもう一度本人だと認識しなければならない。
ハレルが現実側を見る。
「美咲さん」
城ヶ峰が察する。
美咲をベッドのそばへ呼ぶ。
「声をかけてください」
「今?」
「お願いします」
美咲は、兄の手を握った。
今度は誰も止めなかった。
「修一」
異世界側。
止まっていた光が、揺れる。
「覚えてる?」
美咲の目から涙が落ちる。
「小さい踏切」
一度、光が強くなる。
「雨の日に、私の傘取ったこと」
もう一度。
現実側。
長谷川修一の指が動いた。
医師が息を呑む。
「反応!」
ノノの声が跳ねる。
『身体側、受容反応!』
セラが言う。
「通ります!」
細い光が。
一気に現実側へ伸びた。
◆ ◆ ◆
『八十五……九十一……』
銀の輪の光がほとんど消える。
現実側。
長谷川修一。
脳波が、十一年間の平坦な形から
ゆっくり変わっていく。
『九十五……九十八……』
ハレルの主鍵が、一度強く光る。
アデルの副鍵が最後の揺れを抑える。
リオの腕輪も残った経路だけで静かに応える。
reの白線。
その先端が現実側の身体へぴたりと重なる。
セラが目を開いた。
「入りました」
『九十九……』
銀の輪の中から、最後の光が消える。
そして。
『――百』
何も。
爆発しない。
境界も開かない。
ただ、銀の輪が静かに。
暗くなった。
◆ ◆ ◆
【現実世界・長期療養病院/個室】
最初に変わったのは呼吸だった。
長谷川修一の胸が少し大きく上下する。
医師がモニターを見る。
「脳波……上がっています」
日下部も異世界側の反応を確認する。
『銀の輪側、意識反応消失』
城ヶ峰が聞く。
「残留は?」
ノノの声が返る。
『ない』
セラも確認する。
『途中層にもありません』
美咲は兄の手を握ったまま、動けなかった。
「修一……?」
返事はない。
数秒。
十秒。
二十秒。
医師が慎重に呼びかける。
「長谷川さん。聞こえますか」
まぶた、動かない。
美咲の表情に不安が戻る。
「……戻ったんですよね」
誰もすぐには答えられない。
意識が身体へ戻った。
それと目を覚ますことは、同じではない。
その時、美咲の手の中で指が動いた。
今度は反射ではない。
握る。
弱く。
だが、確かに美咲の指を握り返した。
「……え?」
美咲が兄を見る。
長谷川修一の眉が、わずかに動く。
そして、長く閉じていた瞼が。
ほんの少し。
開いた。
光が眩しいのか
すぐに細くなる。
唇が、動く。
声にはならない。
美咲が顔を近づける。
「修一?」
もう一度口が動く。
掠れたほとんど息のような声。
「……み……さき……」
美咲の顔が、崩れた。
「うん」
兄の手を両手で握る。
「うん……いるよ」
長谷川修一は。
それ以上
何も言えなかった。
再び、ゆっくり目を閉じる。
だが、眠り方が
十一年間とは違っていた。
◆ ◆ ◆
【異世界・王国警備局/帰還準備室】
銀の輪。
もう光らない。
ノノが何度も数値を確認する。
《長谷川修一》
《意識・現実側身体へ再接続》
《異世界側残留・なし》
《本人反応・確認》
《再統合・完了》
サキが画面を見る。
「起きたの?」
『一瞬だけ』
ノノの声が震えていた。
『妹さんの名前、呼んだ』
ハレルは暗くなった銀の輪を見る。
ここにいた人は、もういない。
でもそれは、消えたからではない。
自分の身体へ帰ったからだ。
アデルが静かに息を吐く。
「これで一つ分かったな」
ハレルが見る。
「何が?」
「帰る場所は、世界だけではない」
その言葉に、ハレルはもう一度現実側の記録を見る。
高瀬。
悠真。
三浦。
現実世界。
リーネ。
王都。
そして、長谷川修一。
自分の身体。
セラが小さく頷いた。
「どこに帰るかは、人によって違います」
ハレルは胸元の主鍵へ触れた。
帰還者を一人ずつ帰してきた。
残っている現実世界から来た者たちも、もう多くはない。
その中に。
自分。
サキ。
リオ。
三人の名前が。
はっきり残っていた。
コメント
1件
うわあ、このエピソード、涙腺に来ました……。十一年間、意識だけが異世界に留まっていた長谷川修一さん。妹・美咲さんの「ずっと待ってる」という言葉に、銀の輪が現実側へ光を伸ばす瞬間、本当に胸が熱くなりました。「帰る場所は世界だけではない」というアデルの言葉、その通りですね。自分の身体こそが帰る場所だったんだなと。名前が戻ったときの描写も丁寧で、設定の細かさに毎回唸らされます。