テラーノベル
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三回目の交換の翌日、台帳が、合わなかった。
要は、峠の小屋で、三冊を照らしていた。毎回、交換の翌日に、照らす。それが、決まりだった。
一冊目。要の字。米、百二十キロ。
二冊目。隣村の孫の字。米、百二十キロ。
三冊目。ひかりの字。米、百四十キロ。
要は、三冊目を、もう一度見た。百四十。「二」の上に、横線が一本、足されている。細い線。でも、確かに、足されている。
「ひかり」
ひかりが、小屋の隅で、顔を上げた。
「これ、書いたのは、お前か」
ひかりは、ノートを見た。顔が、白くなった。
「……違う。私が書いたのは、百二十。昨日、確かに」
「じゃあ、誰が」
ひかりは、答えなかった。答えられなかった。三冊目は、交換の後、ひかりが、村に持ち帰っていた。村の、ひかりの家に。祖父母の家。鍵は、かかっていない。村の家に、鍵はかからない。
村の、誰かだ。
*
要は、その日のうちに、大畑に言った。
大畑は、ノートを見て、長い間、黙っていた。
「百四十、と書き換えて、何になる」
「次の交換のとき、『前回、米を百四十渡した。二十キロ、受け取りすぎだ。今回は、二十キロ分、味噌を多くよこせ』と、言える。隣村に」
「隣村が、信じるか」
「信じません。隣村の孫の台帳は、百二十です。僕の台帳も。三冊のうち、一冊だけ違う。だから、一冊の方が、嘘だとわかる。それが、三冊の意味です」
「じゃあ、問題ない」
「問題は、あります」要は言った。「村の誰かが、台帳を書き換えようとした。隣村を、騙そうとした。それは、仕組みが防いだ。でも、仕組みが防いだのは、今回だけです。次は、三冊目じゃなく、僕の台帳を書き換えるかもしれない。次は、二冊を書き換えるかもしれない」
「二冊は、無理だろう。隣村の孫のは、隣村にある」
「無理じゃない。難しいだけです」
大畑は、ノートを、机に置いた。
「犯人を、探すか」
「探しません」
大畑の目が、動いた。
「なぜだ」
「探して、見つけて、罰しても、次の犯人が出ます。四百年の掟で、村の人間が嘘をついたら、村にいられない。それは、わかってます。でも、それは、嘘が見つかった場合です。見つからなければ、嘘は、通る。だから、人は、見つからない嘘を、探す」
「それが、人間だと」
「それが、人間です。僕は、七年間、銀行で、それを見てきました。どんなに罰を重くしても、侵入は、止まらない。止まるのは、侵入しても、意味がないときだけです」
「侵入しても、意味がない」
「はい。書き換えても、何も変わらない仕組みにする。それを、作ります」
*
夜、要は、小屋で、つむぎと話した。
つむぎは、交換の日に、峠に上がってきていた。木曽の村の、交換に来た六人と、隣村の五人の顔を、覚えていた。そして、村に戻ってからも、村の人間の顔を、見ていた。
「誰か、わかる?」要は聞いた。
「わからない」つむぎは言った。「でも、一人、顔が、変だった人はいる」
「誰」
「言わない」
要は、つむぎを見た。
「要さんは、犯人を探さないって、大畑さんに言った。だったら、私も、言わない。顔が変だった、というのは、証拠じゃない。私の目が、間違ってるかもしれない」
「……そうだな」
「それに」つむぎは、少し間を置いた。「たぶん、その人は、悪い人じゃない。冬が怖いだけ。味噌が足りないから、二十キロ分、多く取りたかっただけ。村のために」
要は、何も言わなかった。
そのとおりだった。嘘をつく人間は、悪人ではない。怖い人間だ。冬が、怖い。足りないことが、怖い。だから、台帳に、線を一本、足す。
ゼロは、怖いから、増やしたのだろうか。
要は、その問いを、頭の隅に置いた。答えは、なかった。
「要さん。どうするの」
「仕組みを、変える」要は言った。「書き換えても、意味がない形に」
「どうやって」
要は、三冊のノートを見た。一冊は、木曽の村にある。一冊は、隣村にある。一冊は、要が持っている。
一冊を書き換えるのは、簡単だった。村の中に、ノートがあるから。
「三冊を、三つの村に、預ける」
「三つ? 村は、二つしかない」
「三つ目を、作る。木曽でも、隣村でもない、第三の場所。諏訪でも、甲府でも、塩尻でも。遠ければ、遠いほどいい。遠ければ、書き換えに行くのに、二日かかる。二日あれば、他の二冊と、照らされる」
つむぎは、少し考えてから、言った。
「遠くに、預けるために、遠くを、信じないといけない」
「そう」要は言った。「信じられないから、三つにする。三つの、信じられない相手に、別々に預ける。三つとも裏切ることは、ない。たぶん」
「たぶん」
「たぶんだ。絶対は、ない」
三冊目のノートの、「百四十」の上に、要は、線を引いた。消さなかった。消すと、書き換えた記録が、消える。代わりに、横に書いた。
『他の二冊と不一致。百二十が正』
三人の、印を押した。
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コメント
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みぅです🤍🥀 第23話、読み終えました。 「嘘をつく人間は悪人ではなく、怖い人間だ」――この台詞がずしんと響きました。台帳の改ざんという具体的な行動の裏にある、冬への恐怖、足りなさへの怯え。悪意ではなく弱さから嘘が生まれる描写が、すごく人間っぽくて苦しくて、でも納得してしまいました。 三つの信じられない相手に預ける、という仕組みの提案も美しかった。絶対なんてないと認めた上で、それでも仕組みを作る諦めの悪さ。要という人の強さがじんわり沁みました。 つむぎが犯人を言わなかった選択も、静かに胸に残ります。