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僕とたまごとの出逢いは、ある意味運命だったのかもしれない。
僕を日陰者とするならば、たまごは太陽だった。誰にでも平等に光を与えてくれる、太陽。たまごはまさにそんな存在だった。
あの子は僕に、そして母に光を与えてくれた。その光はとても温かく、心に潤いや癒しを与え、そして幸せを感じさせてくれた。まさに奇跡そのものだった。
この物語は、そんな一匹のハムスターであるたまごと僕との、なんてことのない小さな日常であり、短くも色濃く心の中に大きく残る思い出であり、夢のような時間を描いた、そんな物語だ。
* * *
初めてたまごに出逢った時のことを、僕は一生忘れることはないでしょう。
たまごとは言っても、あの『卵』ではないです。ペットショップで買ったジャンガリアンハムスターのこと。どうしてそんな名前にしたのか。それはこの子が真っ白でコロコロしていて、本当に『卵』みたいだったから。それで僕がそう命名しました。
あの時、僕は特に用事もないのに駅前でぶらぶらしていました。で、なんとなく。本当になーんとなく、急にハムスターを飼いたいなあと思って。それでペットショップに行きました。まあ、ただの気まぐれですね。でもそれが僕の生き方を変えてくれたんだから不思議で仕方がない。『事実は小説より奇なり』というのは、こういうことなのかもしれないですね。
そして店内に入り、ハムスターのコーナーを探してみた。見てみると、まあ可愛い子がいっぱいいること。どの子にしようか、めちゃくちゃ迷いました。ハムスターとは言っても、新しい家族を迎えるわけですから迷うのも当然ですよね。
それで、迷いに迷った僕は、女性の店員さんと一緒に選んでもらうことにしました。とりあえず『雄』を希望していると、それだけお伝えして。
「じゃあ一度、全部出しちゃいましょう」
そんなことを言いながら、店員さんはショーケースを開け、そして段ボールの中にひっくり返してジャンガリアンハムスターの皆んなを出してくれました。段ボールの中は、もうとにかくわちゃわちゃ。 何この楽園。
というわけで、僕は一匹一匹を手に取らせてもらっていたんですけど、店員さんはちょっと不思議そうな顔。なんだろうと思ったのですが、疑問はすぐに解決。
「あれ? もう一匹いるはずなんですけど……」
どうやらハムスターの数が合わないみたいでした。なので店員さんは再度、ショーケースをひっくり返して、思い切りぶん回し始めて。
いやいや、そんなにぶん回すとめっちゃ可哀想なんですけど……というのが僕の率直な感想でした。本当はいるはずのもう一匹のハムスター。絶対に目を回してるはず。それに『一体何事だ!?』と混乱してるはず。
で、「あ、出てきた出てきた」と、店員さん。コロンと一匹出てきました。それを見て二人で大笑い。店員さんの「この子、意地でも出てこないつもりだったのかな?」という言葉を聞いて。
最後に出てきた意地っ張りなハムスター。それが『たまご』でした。その時はまだ名前も決めていませんでしたけどね。
それでその子、とにかくめちゃくちゃ元気。段ボールの中で走る走る。他のハムスターは皆んなで寄り添って丸まっているのに、その子だけはずっと単独行動。とにかく変わり者でした。
まるで僕みたいに。
一目惚れでした。全く迷いませんでした。この子を家族に迎えることを。
「この子にします!」
その子は真っ白で、背中に黄色い線のようなものがあって、コロコロしていて。この時点で、僕は名前を決めましたね。
そう。『たまご』と。
そんなわけで、ハムスター――いや、たまごを飼うために必要な物を全て購入。ちなみに、店員さんにちゃんと確認してもらったのですが、ラッキーなことに雄でした。『この時点では』という括弧付きですけど。
それからお会計を済ましてお店を出たわけですが、たまごはというと、小さな箱に入れられて渡されました。その間もずっと走っているのか、はたまた暴れているのか、ちょっと分かりませんが、とにかく箱の中がガサガサ騒がしい。何をしているのか気になって、お手洗いの個室に入ってこっそりと箱を開けて確認。
「おい! 早く出せよ!」
そんな言葉が聞こえてきそうな程、暴れまくってました。もうちょっと待たれよ。という感じで、僕はそっと箱を閉じました。
「早く広い所に出してあげよう」
そんなことを考えながら、僕はバイクに乗って自宅に帰ることに。
家族が一人増えたことを嬉しく思いながら。
* * *
自宅に戻ってたまごを家族として迎えたわけですが、もう毎日が楽しくて、すごく幸せで。そんな日々の始まりでした。
そして、たまごを家族に迎えたことを僕以上に喜んでくれたのが母さんでした。やっぱり母さんもハムスターが大好きみたいで。
「この子、本当に可愛いね」
「でしょ? あ、名前なんだけど、たまごでいいかな? なんか『卵』みたいじゃない? 真っ白だし、コロコロしてるし」
「うん、いいと思うよ。たまごかあ、本当にそんな感じだもんね」
ちなみに。今もそうなのですが、当時も僕は母さんと二人暮らしでした。あと、僕も母さんも、ハムスターの扱いには慣れて。
どうしてかと言うと、僕が子供の頃も家にはハムスターがいたんです。飼っていたのは僕じゃなく弟なんですけど。で、なんで手慣れているのかというと、その弟は飽きてしまったのかハムスターを放置。なので僕と母さんが世話をすることに。だから手慣れていたんです。
というわけで早速、購入してきたケージやらの準備をして、そこにたまごを解き放ちました。封印解除! すると、まあ走り回ること。うん、やっぱりめちゃくちゃ元気。むしろ、元気すぎる程に。
こうして、たまごは家族になりました。でも、色々と不思議なことが。
運動不足にならないように当然回し車も設置したんですけど、全然使ってくれないんです。それに、その時は真夏だったので冷んやりした石板のような物も設置したんですけど、これも無視。ガン無視。真冬の時はヒーターも設置したけど、そのヒーターが当たらない隅っこに行ってしまうし。
うん、やっぱり僕と同じように相当な変わり者だなって思いました。
でもさ、変わり者が過ぎるだろ!
* * *
それから一ヶ月くらい経った頃なんですけど、どうもおかしい。何がおかしいのかと言うと、『アレ』がないんです。男の子のシンボルである『アレ』が。一ヶ月も経てば、普通だったらハッキリと分かるくらいの大きさになるはずなのに。
それで僕はたまごを連れて、購入先のお店へ。理由はもちろん、確認してもらうために。そしたら、やっぱりビンゴでした。
「あ、この子、女の子だったんですね」
そうなんです、たまごは雄ではなくて雌だったんです。無理もない。だって専門家でも、産まれたてのハムスターを雄か雌かの判別を間違えてしまうくらいに難しいですから。まあ、別にいいか。そんな感じで僕はたまごと一緒に帰りました。
で、自宅について母さんにそのことを話したんですけど、二人とも合点がいきました。個体差はあるものの、ハムスターって雄は比較的大人しい子が多いんです。だけど、たまごは雌だったわけで。だからこんなにも元気だったんだな、と。
そして母さんはその日から『たまご』ではなく『たま子』と呼ぶようになりまして。
名前、変わっちゃったよ!
* * *
それからしばらくしてからなんですけど、ちょっとした騒動が。
仕事の都合で新しい家に引っ越すことになったんですけど、たまごが行方不明になってしまって――僕はたまごと呼び続けました――たまごは元気がありすぎて、よくケージから脱走はしてたので慣れっこだったんですが、この時ばかりはもう気が気じゃなくて。
どうしてかと言うと、仮に脱走したとします。で、僕か母さんがたまたま窓を開けた時に、僕達が気付くことなく外に逃げ出してしまったかもしれないから。
何故そう思ったのか。だっていくら探しても見つからないから。そこら中をくまなく探しても、いない。どこにもいない。
母さんは泣き出して、僕もかなり焦ってしまって。もし外に出てしまったとしたら、野良猫なりに捕食されてしまう。考えたくはなかったけど、その可能性を否定できないのも事実だし。一体どうしたらいいんだと考えました。
それで、「まさかなあ」と思った場所があって。くまなく探したつもりではあったけど、そういえば一箇所、まだ調べていない所があるのに気が付いて。全ての荷物を取り出して空っぽにした収納スペース。しっかりドアを閉めていたのでここにはいないはず、と勝手に思い込んでしまって調べていなくて。
で、結果なんですけど、いました。そこにいました。一体どこから持ってきたのか分からないけど、ティッシュで寝床を作ってすやすや寝ているたまごを発見。
「お前なあ……何時間探したと思ってるんだよ!」
言葉にはしませんでしたけど、そんな気持ちでした。でも、安堵。緊張の糸が切れて、僕はぐったり。親の心子知らずとはこのことですね。いや、僕が産んだわけではないですけど。
母さんは泣きながら笑っていました。「この子、頭いいねー。もう寝床も作っちゃって」と言いながら。
僕は少し落ち着いてから、寝ているたまごを拾い上げて、絶対に逃げ出さないようにケージに戻した後、そのケージをガムテープでぐるぐる巻きに。
ちなみに、拾い上げた時にたまごはというと、怒ってました。
「寝てるのに起こすんじゃねーよ!!」
そう言いたげな感じで「キーー!!」と威嚇してきて。
でも、そんなの関係ねー!
* * *
それから約二年後。
たまごは常に元気に走り回っていました。相変わらずの脱走癖も直らないで、元気いっぱい。いつも部屋の中をダッシュ&ダッシュ。
でもやっぱり変わり者で、せっかく設置したパイプトンネルも一切使ってくれなくて。「僕は一体、何のために買ってあげたんだろう……」と思いましたが、でも、それが逆に可愛く思えて。
『手のかかる子ほど可愛い』というやつですね。はい、そうです。親馬鹿です。
だけど、たまごの様子に変化が表れ始めました。
餌もほとんど食べなくなり、少しずつ痩せ細っていって。心配なので、急いで動物病院に連れていきました。
病院の先生に言われた言葉。それは「寿命」でした。それも、余命としては持って一週間。その言葉を聞いた瞬間、目の前が真っ暗になりました。
信じられなかった。信じたくなかった。
だって、ついこの前まであんなに元気だったじゃないか! そんなの嘘だ! 絶対に嘘だ! このヤブ医者が!
そう、大声で叫びたかった。現実を見たくなかった。人目もはばからず、僕は泣きながら歩いて帰りました。
弱ったたまごを抱きかかえながら。
* * *
別れの日は、あまりに唐突に訪れました。
今でもしっかり覚えています。午前0時を過ぎようとした時でした。
ケージの中にいるたまごが「キューー!」と叫び、苦しみ始めたんです。ものすごく辛かったんでしょう。苦しかったんでしょう。痛かったんでしょう。叫び声を上げると同時に、ひっくり返って苦しみ悶えていました。
「もう、やめてくれ……」
叫び声を聞くたびに、僕はそう呟いていました。だけど、耳は塞がない。絶対に。たまごの苦しみは僕の苦しみでもありますから。僕が逃げるわけにはいかない。だから僕はたまごをずっと見ていました。泣きながら。号泣しながら。
たまごは苦しみ悶え、ひっくり返っても、それでも立ち上がった。そして、歩く。前に進もうとして。だけど、すぐに苦しさに耐えられず、また叫び声を上げてのたうち回る。でも、立ち上がる。
何度も、何度も。
歩くために。前に進むために。
「いいか! よく見ておけよ! お手本を見せてやる! こうやって歩くんだ! どんなに苦しくても、辛くても、挫けそうになっても、何度も立ち上がるんだ! そして歩け! 前に進め! 諦めるな! だからお前も同じように歩き続けろ! 辛くても歩き続けろ! 弱音を吐きたくなっても大丈夫だ、安心しろ。お前のこと、ずっと見ててやるからな!」
ハッキリと聞こえた。言っていた。絶対にそう言っていた。
たまごは最後に教えてくれた。僕のために。どんなに辛くても歩き続ける大切さを。諦めないことの大切さを。
だから僕も諦めない。書くことを諦めない。人生を諦めない。負けてたまるか! たまごに教えてもらったんだ! それを無にしてたまるか! どんなに辛くても、苦しくても、絶対にこの人生を生き抜いてやる!
今でもそう思いながら、僕は生きています。
そして午前三時十四分。たまごは息を引き取りました。
「よく頑張ったね、たまご」
僕はたまごをそっと手のひらに乗せて、布団に入りました。たまごの体が少しずつ固くなっていくのを感じながら。
* * *
これが僕とたまごの物語です。辛い時はいつもこのことを思い出し、そして自分を奮い立たせます。
それで、たまごは今どこにいるのか。今も僕のすぐ近くにいてくれています。亡くなったたまごを、大きな植木鉢の中に埋めてあげたから。
だから僕は絶対に諦めません。どんなに苦しくても、挫けそうになっても、前に向かって歩き続けます。
もしも何かを諦めてしまったら、たまごに怒られちゃいますから。
いつも一緒だよ、たまご。
END