は? そんな理由で?
「――――そんな理由で!」
「正当防衛だろ? お前だって、殴られたら殴り返すだろ? それと同じだよ」
「同じなわけないだろ! 正当防衛!? なり立つわけない、狂ってるのか!? それに、俺は殴られたからって、殴り返したりしない! 絶対に」
それが、正しいと思っているから。
暴力では何も解決しない。当たり前のことだ。
しかし、男子生徒は俺の言っていることが理解できないというように首を傾げた。
「何言ってんの? 殴らないなんて無理でしょ。喧嘩売ってきたのは向こうなんだぜ。買わない方が失礼じゃね?」
「たかが、肩が当たっただけだろ。喧嘩を売ってきたわけじゃない。お前は暴力を振るいたいが為に理由づけたいだけだ!」
俺が、そう怒鳴ると彼はめんどくせェと肩をすぼめる。
「なァ、お前が俺の敵《ヒーロー》?」
「は?」
「正義、正義、正義……お前の目ェから感じられるの、それなんだよ。俺《ヴィラン》のこと、倒すために現われたわけ? お前は」
俺はその問いに答えられなかった。何故なら、俺はそんな大層なものなんかではないからだ。
でも、彼は自分を悪《ヴィラン》だと認識していて、俺の事を善《ヒーロー》だといった。
つまり、彼の中では、俺は正義の味方であり彼の敵なのだ。そして、それは間違ってはいないかもしれないと思った。
俺は彼の問いかけに答えるべく、彼を睨み付け叫ぶ。
「そうだ、俺はお前を倒すヒーローだ! お前が間違っているって、悪を正し成敗するヒーローだ!」
「アハハッ♥ やっと出会えた、やっと出会えた! マジでおもしれェ奴。だからこそ、俺はお前をねじ伏せたくなる、暴力でッ!」
男子生徒が、俺に向かって拳を振り上げる。
俺は咄嵯に腕でガードするが、そのまま勢いよく吹っ飛ばされてしまった。
俺は痛みに顔を歪めながらも、立ち上がるが、彼は俺の上に乗っかり、馬乗りになる。そして、そのまま俺の顔面を思いっきりぶん殴った。鼻血が出てしまい、口の中に鉄臭い味が広がる。
それでも、まだ意識がある俺を見て、男子生徒は嬉しそうに笑っていた。
「な、お前名前は? あァ、あれか人に名前を聞く前には名乗らなきゃいけないんだっけか。俺は、琥珀朔蒔ッ♥ よろしく」
と、自己紹介をして俺の顔面に一発拳を撃ち込む。その衝撃に息が出来なくなり、吐き気が込み上げてくる。
「お前の名前は? 教えてよ」
「……っ」
「喋れねェの? しょうがないなァ」
そう言うと、また殴ってくる。そして、何度も繰り返していくうちに俺の頭はぐらりと揺れたような感覚に襲われていた。視界もぼやけて、身体中が痛い。
「次答えてくんなかったらァ……」
「っ……か、陽翡……星埜……」
「星埜? それがお前の名前? へぇ、いいじゃん」
俺の名前を聞いて満足したのか、彼は俺から降りて俺を見下ろしながら楽し気に笑う。
「なぁ、星埜。もっと俺を愉しませてよォ。だってさァ、これから毎日こんな風に遊べるんだぜ。最高じゃね?」
そう言って彼は、再び俺を殴り始めた。何度も、何度も……。
「なァ~、星埜。お前、なんで反撃してこないの? つまンねぇんだけど」
そう言われても、俺はただ黙って耐えることしかできなかった。彼に手を出したところで勝てるはずもない。それに、彼を傷つけたくもなかったのだ。
目には目を歯には歯をじゃダメなんだ。
「良い子ぶってんなよ。ヒーローだって殴るだろ? 自分の正義を貫くために」
「……痛いだろ、殴ったら」
俺の言葉に、彼は一瞬だけそのクソ真っ黒な瞳を丸くしたが、次の瞬間には呆れたようにため息をつく。
「星埜お前、良い子過ぎ。何だ、面白い奴って思ってたのに、期待外れ……期待外れだからお前、用済みじゃん」
「俺は……良い子じゃない……」
殴られすぎて、頭がぼんやりしてきた。
このままでは、殺されるかもしれないという恐怖が湧いて出てくるが、不思議と怖くはなかった。むしろ、どこか心地よい気分だった。
俺のそんな様子に気付いたのか、朔蒔は驚いた表情をする。
良い子じゃないの? とでも言うような顔で俺を見下ろし俺の胸倉を掴んで引き寄せた。真っ黒でそこの見えない瞳にうっすらと光が差しているようで、深海のそこに光が当たっているようなそんなあり得ない光景だった。
「あ、ぁ……俺は、母さんが死んだとき、泣けなかった……悲しめなかった……バラバラに解体されて、箱につめられた母さんを見て、悲鳴一つ上げれなかった」
俺はぼんやりと、母さんが死んだときのことを思い出していた。
今思えば、あんな見るも無惨な姿になった自分の母親の肉塊を見て何も思えなかった俺は異常だったと思う。
「……やっぱ、お前同じだわ」
と、朔蒔は呟く。
彼の言葉の意味がわからず、俺は首を傾げると、彼はニィっと笑って拳を握りそうして俺に撃ち込もうとしてきた。
きっと、この一発殴られたら気を失うか死ぬだろうなと覚悟し目を瞑ったとき、遠くで俺の名前を叫ぶ声が聞えた。
「星埜くん! 先生呼んできたから!」
その声に俺は目を開ける。そこには、楓音の姿があった。
楓音が連れてきた教師が俺や、気絶している男子生徒それから朔蒔を見て顔を青ざめさせたかと思うと、一瞬にして真っ赤になり朔蒔を怒鳴りつける。
「琥珀! お前は何をやっているんだ! 停学開け早々に!」
後から集まってきた教師達は朔蒔に怒鳴りながら彼を取り押さえ、俺は駆け寄ってきた楓音に抱き起された。
身体中痛いが、何とか意識は保っていた。
「……楓音、如何してここに?」
「星埜くんが遅かったから、そしたら校舎裏から痛々しい音が聞えて、星埜君の声が聞えて……!」
と、涙ぐみながら楓音は言う。
どうやら心配させてしまったようだ。申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「ごめん、心配かけた」
「ううん、ううん……星埜くんが無事なら、僕はそれでいいんだ。でも、その痛いよね」
楓音に抱きしめられながら、俺はぼんやりとしていた。
彼が、ハンカチで口の端から流れている血をふいてくれたり、保健室に行こうと提案してくれたりしたが、正直今は眠くて仕方がなかった。
それでも、治療して貰った方が良いと楓音に急かされ支えられながら、ゆっくりと歩き出す。
もう、抵抗する元気もないほど、俺は疲れていた。
「星埜、星埜! またなァ♥」
と、去り際に教師に連行されている朔蒔が俺の方を振返りニッコリと笑みを浮かべる。
それを見た瞬間、ゾッとした寒気がした。あの男は、ヤバいと本能的に感じたのだ。
それでも、殴られた痛みと怒りから俺は朔蒔に向かって中指を立ててやった。すると、朔蒔は嬉しそうにハハッと声を上げて笑う。
ああ、狂ってる。
そうして朔蒔は連行されると同時に他の教師達に何処かに連れて行かれてしまい、俺はそのまま保健室へと運ばれたのであった。
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