テラーノベル
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夕方の園庭には、子ども達の笑い声が響いている。
夏の暑さも落ち着き、自由に外で遊ぶ子ども達の姿を見ると、僕のいる世界とは正反対に見えてくる。
そんな時は、置き去りにされた子どもの気持ちになる……
「せんせー!こっちきてー!」
子ども達が僕の手を引きながら無邪気に誘ってくれている。
進学を考える時には、勉強が得意じゃない僕に選べる進路なんてなかった。
”保育士”だって「いつでも、どこでも働ける資格」くらいの軽い選択肢だった。
……だけど、そもそもそんな甘い仕事なんて、世の中には無い。
今なら普通に理解しているけど、本当に軽い気持ちだった。
実際、保育園で働き始めた後も、自分にこの仕事は向いてないかもしれないと思っていた。
でも続けることで、仕事の視野や知識が広がっていく事を知れた。
気づけば──もう十年だ。
簡単に選んだ仕事だったのに、今はやりがいも見付けられた。
──続けて良かった。
でも、たとえ居心地の良い環境であっても、ストレスや疲れからどうしようもなく汚い自分が顔を出す。
眠れなくなる度に誰でも良くなって、一晩限りの相手を探しては関係を持っていた。
でも、自分勝手な理由から周りに迷惑はかけたくない。
自分のためにも、それなりに昼間の身なりや、体調には気をつけるようになった。
◇
専門時代には転々としていた夜職も、今は五年程前から出入りする様になったバーのマスターのご好意で不定期に働かせてもらっている。
昼間は保育士、夜はバーテンダーの二重生活。
──とにかく時間を隙間無く潰したかった。
そんな生活を続けていると、ついに体調を崩してしまった。
普段は穏やかで優しいマスターに叱られ、「何故そんなに働くのか?」と、理由を聞かれた。
「──眠れないから」なんて、本当のことは言えなかった……
僕が「母子家庭で貧しかったからです……」と、マスターへ言うと、
「──わかった。でも無理だけはしないで」
と言われた。
僕が適当に言った嘘でも、マスターは信じてくれた。
それ以来、不定期で働かせてもらえる様になった。
マスターはとても良い人だ。
他人に心配してもらったのは恋人以来。
久しぶりのことで素直に嬉しかった。
保育園と同様に、居心地の良いバーも自分にとって特別な場所になっていた……
◇
──今夜は、バーで勤務の日
「ツキー、そっちのお客様お願いなー」
と、マスターから指示が来る。
「はい、わかりました。」
頷いてからお客様が座るカウンターの前に立ち、注文を受けて提供する。
すでにほろ酔いの客に「君、可愛いねー。男の子?女の子?」と声を掛けられた。
少し照明を落とした店内に、自分の中性的な顔立ちも相まって客はパッと見だと、どちらか判断がつかないらしい。
「────男です……」
「そっかー、お肌が綺麗だから女の子かと思ったよー」
「──ありがとうございます……」
すぐに連れと話し始める客にホッとした。
性別の事はいつもどちらか聞かれているので慣れている。
客に悪気がないことは、相手の話し方や雰囲気で伝わっていたので手短に返事をした。
愛想が無くてもあまり気にされないのはバーの良いところでもある。
マスターは明らかな陽属性なので、変に絡まれるとすぐに場を治めてくれる。
それもここで働きやすい理由だった。
◇
「おつかれー!気をつけて帰ってねー」
「お疲れ様でした」
軽く会釈して、マスターと別れた。
深夜、その先にある独りの時間が長く感じる……
店の裏口から出て、急に肌寒くなった夜風に当たりながら帰る。
(この肌寒さも案外嫌いじゃないな……)
そう思いながら上着のポッケに両手を突っ込んで歩き、空を見上げた。
それでも急に感じた肌寒さからなのか
──夜の闇が深いように感じた。
歩いているとタイミングよくスマホのメッセージが鳴る。
《終わったら来れる?》
《行く》
そう短く返信をして、そのままセフレの元へ向かった。
────これが僕の日常。
これが普通なんだ。
誰かにこれが正解かを聞いても意味の無い事。
今夜も、自分以外の体温が必要なんだ。
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