テラーノベル
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剣戟の音を聞いた瞬間、歩みを早めて音のする方へと急いだ。
本能的に、あるいは反射的に。
ドーム型の広がった場所に出た瞬間、四肢の獣型魔物が数匹と白銀の髪の少女が戦っていた。
少女は十五、六歳だろうか。
独特な剣術だが、悪くない動きだった。戦い慣れている――といえばいいだろうか。
(へえ……)
華奢な体にどちらかと言えば少し目元が鋭く、服装を見るに女性向き乗馬用のパンツスタイルを組み合わせて作ったオーダーメイドなのだろうとわかった。
貴族の娯楽なのかと、うんざりした気持ちになったが、すぐにその考えを改めた。
(お遊びって感じじゃないな……)
戦う彼女の目が、享楽や遊び半分の戯れではないと気付いたからだ。よく見れば冒険者登録をしている者が持ち歩く耳飾りと、指輪に目を瞠った。
それがシルヴィア・ローランという悪役令嬢の配役を押しつけられた彼女の名だと知ったのは、もう少し先。
***
少し調べて分かったことだが、シルヴィアは悪役令嬢役を果たす傍らで、国外追放した後のことを考えて着々と準備をしていた。既にいくつかの商業ギルドと個別契約を行い、準備を整えているという。
懸命に生きようとする人間の瞳は美しい。だからか気付けば彼女の戦っていた姿を思い出す。三女神にばれないよう、鳥や獣の目を借りてシルヴィアの様子を見ることが増えた。
なぜだか気になって、目を追ってしまう。
(自分の未来を理解している配役も珍しい。その上、諦めるどころか運命に立ち向かう姿勢や、行動力も悪くないな。……だがシルヴィア・ローランという役割が、国外追放した事例はない。その道中で不慮の事故、あるいは女神たちの力で強制的に死を齎す。……未来が閉ざされながらも、挑むのなら……こちらの《箱庭の聖女候補》としてはアリだな)
聖女候補となる条件は既に破滅の宿命を持ち、その運命に抗おうとする意志を持つ少女であること。それは箱庭遊戯を始めた際に決めたことだが、箱庭での環境に適応できれば生き残れる、というある意味救済処置を目的としていた。
(まあ、そういう連中のほうが感情豊かだからな。感情を糧にする俺たちにとっては好都合だ)
箱庭は季節を出来るだけ遅滞なく運行するための装置であり、災いと祝福によって成り立つ場所でもある。また人外の糧となる感情を摂取するための箱庭だ。
表向きは絆を結ぶ、お見合い的な出会いの場ではある。
もっとも《ただの人間》ではすぐに魂が摩耗して消えてしまう。上手く順応できれば、この国で安定した生活と祝福に恵まれる。新たな道を用意しても、大抵の聖女候補は己が欲望に抗えず、自ら滅亡の道を選ぶ。
目先の欲に囚われて愚かな終焉を迎えるのも人外にとっては、その感情こそ糧である場合も多い。だからこそ箱庭は人外と人間が入り交じり、雑踏と喧騒、事件に暴動、お祭り騒ぎなど日常茶飯事で起こる。
全てを引っくるめて楽しめる強靱な精神と強さがいる。
(シルヴィア・ローランが十八になり、婚約破棄という断罪の場まで見届けたら、その先の人生は俺が貰い受ける。そうすれば接触することもできるし、もっと近くにいられる)
退屈で平坦だったが、気まぐれで印を付けた聖女候補。彼女の生き方は、きっと自分を楽しませるだろう、と妙な確信があった。
(これは俺のもので、俺が見つけた駒だ。出来るだけ近くで、観客席ではなく同じ舞台に立ち、傍らでどのような幕間劇を齎すのか楽しみだ)
しかし、いざ蓋を開けたら想像もしていなかった展開が待ち受けている──などというのは、人外たちにとってよくあることだ。特に人間の感情を糧にしている種族であれば、予想外の展開や人間の心の動きに、極上の味わいを得る。
そしてシルヴィア・ローランという少女の言動は、人外たちに様々な影響を及ぼす。彼女のあり方やうちから溢れ出す輝きを敏感に感じ取った人外たちは、早くも絆を結ぼうと動き出す。
(竜王と一緒にいても平気な女。それにしてもベルナールの予言めいたとおり、実際に現れた)
シルヴィアの傍は、上手く表現できないが心が大きく揺れ動く。普段から誰かの会話にツッコミを入れることなどなかったし、ムキにもならなかった。
だいたい俺の目を見て普通にいている人間なんて久しぶりすぎて、驚いた。大体は恋に落ちて泥と刺激臭の感情ばかりで、クソ不味かった。
でもシルヴィアの感情は驚くほどサッパリしていて、瑞々しい。
『触れてみたい』
『空色の瞳を俺に向けてほしい』
なんだかわからないが気になって、気づくと目で追っていて、一喜一憂する姿が眩しくて、奇跡を目の前にしているような、そんな気分にさせられる。
『手放したくない』
『傍にいたい』
『その隣は俺のだ』
『繋がりが欲しい』
シルヴィアには誤作動だといったが、自分から望んで繋がりを望んだ。絆ならなんでもいい。程よい距離感で良いと思っていたのに、ベルナールとの距離感の近さに苛立ち、対応の差に愕然とした。
(思った以上に警戒されている。……俺が何をした? 色々口を出したからか? なのに時々俺を見て悲しそうな顔をするのは何故だ? どうして?)
一方的に俺が認識していただけで初対面だったはずなのに、最初から警戒されたことにショックだった。
(たいていの女は、この外見で好印象を持つんだが……)
今まで相手が寄ってくることがほとんどだったので、自分からどう距離を詰めるかが分からない。つっけんどんな態度は嫌われる。
(嫌われる……俺が?)
その未来が思っていた以上に恐ろしくて、嫌だと心が悲鳴をあげる。息が苦しくて、無性に悲しみの波が溢れた。
なぜ?
どうして?
そう自問自答を繰り返しても答えはでない。
(俺がずっと前から、お前を見ていた──って言ったら引くな。ドン引きだ。そして悪手だ。……お前といると楽しい的なことは、すでに言ったんだよな。……言ったはず。ちゃんと伝わっている……よな?)
そう思って呑気にいてはダメなのだと身を持って知るのはもう少し先──。
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