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#契約結婚
鷹槻れん

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#第4回テノコン
れの
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「とりあえず春凪、いつまでも夏凪の後ろに隠れてないで、さっさと僕の方へ来なさい」
いまのやり取りの間もずっと夏凪の陰に隠れてソワソワしている春凪をじっと見つめると、宗親は有無を言わせぬ調子で言って、手を差し出した。
そもそも助けに来たはずの自分から逃れて、誘拐犯?夏凪の陰に隠れるとかおかしいでしょう!?とイライラが募る。
それもそのはず。
宗親のなかでは、「宗親さん!」と嬉しげに駆け寄ってくる春凪は想像出来ても、こんな風に自分から隠れるなんて想定の範囲外だったのだ。
不機嫌さを態度に出したつもりはないけれど、宗親の言動を見て、夏凪がニヤリと不敵な笑みを浮かべたから余計にイラッとさせられる。
「お兄様、今日は夕方、お家に春凪さんがいらっしゃらなくて焦りました?」
まるでマンションの一室での慌てぶりを見ていたような夏凪の言い方に、宗親は今度こそ感情を表に出して、ムスッとした顔をした。
が、すぐににっこり笑うと、話題をすげ掛けるように「このメッセージは夏凪が打ったんでしょう?」とメッセージアプリの画面を夏凪へ向けた。
「これを見た瞬間、僕には犯人が夏凪だって分かったので、冷静に対処させていただきましたよ?」
実際にはそうと分かってからも、結構常よりは冷静さを欠いていた宗親なのだけれど、そこは伏せておくことにする。
宗親は、この部屋に乗り込んだ際、春凪のスマホがリビングのテーブルの上に置き去りにされたままだったのをチラリと視線を投げて確認済みだ。
それを見てふんわり抱いていた疑念は、宗親のなかで確信へと変わった。
(春凪はきっと、自分のスマホにほとんど触れられていない)
今も手元に持つことを、きっと夏凪に邪魔されてあそこへ置かされているんだろう。
それに、何より宗親が、例の『むねちかさゆ、タスケテ』という文言を、春凪が送ったものではないと言いながら夏凪のほうへ突きつけた途端、春凪がパァッと明るい顔になって宗親の方へ駆け寄ってきたから。
「宗親さんっ! 私、アホの子じゃないってちゃんと分かってくださってたんですねっ」
などとよく分からないことを言ってくる春凪に、宗親は一瞬「は?」と思ったけれど、そのことはおくびにも出さず、「当然です」と返した。
それは、今まさに夏凪から離れて自分に懐きそうな春凪を懐柔しておく作戦の一環だ。
このメッセージを見た瞬間、実は何か事件に巻き込まれたのでは?と思ってしまい、寸の間とはいえ肝が冷えたなどという恥ずかしいことは、間違っても春凪に悟られてはいけない。
「どうして春凪さんからじゃないって分かったんですの? アタシ渾身の力作でしたのに」
不満気に聞いてくる夏凪に、宗親は「まだまだ詰めが甘いんですよ、夏凪は」とニヤリとした。
横にいた春凪が、「わっ、元祖腹黒スマイルだ」などと思っているとはつゆほども勘付いていない宗親は、笑みを消さないままに夏凪に言う。
「同じ文言を自分のスマホで打ってみれば分かることですよ、夏凪」
言われて、夏凪がいそいそとカウンターキッチン背後の鞄から自分のスマートフォンを取り出すのを、宗親は背後に春凪を隠すようにしながらじっと見つめて。
何かの拍子に春凪が「夏凪さんっ」などと妹の方へ行ってしまっては面白くないと思って、無意識に後ろ手に春凪の手を握った宗親だったけれど、そこはやっぱり顔には出さずにおいた。
『宗親さん、助けて』
予測変換でサクサクと正しい文言が出てしまって、夏凪は「あ……」とつぶやいた。
「策士、策に溺れるってやつですね」
宗親がにっこり笑って夏凪の頭をポンと優しく叩いて。
「それにね、仮に宗親さゆ、と打ち間違えたとして――」
今度は自分のスマホでその文言をサササッ打って見せると、宗親が画面を夏凪に見せた。
『宗親白湯、助けて』
その画面を夏凪に向けながら、「ほら、〝さゆ〟なんて打ったら勝手に白湯って変換されてしまうのが普通でしょう?」とニヤリとする。
「こんな小細工をする人間は僕の周りには夏凪ぐらいしかいませんし、この詰めの甘さも夏凪だなと思ったんです」
一度は、「でも……まさかな」と打ち消したくなった思いだったけれど、コンシェルジュに確認を取ったら夏凪が来ていると言われて、「まさか」が「やはり」に変わったのだと宗親が言って。
それを聞いた春凪が、
(一緒にいる時はあんなに腹黒く見えた夏凪さんなのに、本家本元の手にかかったら赤ん坊みたいになっちゃうんだ)
とか思ってしまっていたのだけれど、口には出さなかったのでそれは宗親の預かり知らない領域でのお話。
「むぅ〜。だからお兄様は可愛げがなくて嫌なんですわっ!」
夏凪がぷぅ〜っと頬を膨らませて言って、言われた宗親は、それ、そっくりそのまま夏凪に返していいですか?と思ったけれど面倒なので言わなかった。
「私にはおふたりともすっごい腹ぐ……策士さんに見えます!」
春凪がほぅっと溜め息をついてそう言って。
織田兄妹に睨まれたのは仕方ない。
***
「春凪、帰ってから今日のこと、じっくりお話、聞かせてくださいね」
ギュッと春凪を掴んだ手に力を込めて逃げられないようにホールドしてから、「さぁ帰りましょう」と宗親が春凪に向けてにっこり微笑みかけた。
それはもう、素晴らしいくらいに含みのある腹黒スマイルで。
「お兄様っ。しれっと春凪さんを連れ帰ろうとなさってますけど……そうは問屋が卸しませんことよ? アタシと春凪さんのお茶会がまだすんでないんですものっ」
そんなふたりの前に立ちはだかるようにして、夏凪がプゥッと頬を膨らませて、春凪のもう一方の手を掴む。
「勝手にアタシの春凪さんを連れて行かないでください」
「何を馬鹿なことを。春凪は僕の妻ですよ? 夫である僕の方に優先権があるに決まっているでしょう?」
自分を挟んで火花を散らせるふたりに、板挟みの春凪はタジタジだ。
「あ、あの……」
両サイドから手を引かれて左右に揺れながら、春凪は懸命に頭をめぐらせる。
「お、お茶会っ。宗親さんも一緒にいかがですか?」
どうあったってあのサイズのフルーツタルトは夏凪とふたりきりでは食べきれない。かといって、きっと宗親が増えたところで結果に大差はないのだけれど、少しぐらいは戦力になってくれるはずだ。
ソワソワオロオロしながら交互に宗親と夏凪の様子を窺い見る春凪に、最初に口を開いたのは夏凪だった。
「春凪さんっ! いけませんわっ! お兄様が混ざったら女子会じゃなくなってしまいますっ!」
最初は確かに「女子会をしましょう」と言って自分を誘った夏凪だったけれど、さっきは「お茶会」と称していた気がする。
だからてっきりこだわりはないのかな?と思った春凪だったけれど、どうやら夏凪のなかでその2つは同義だったらしい。
「でも……夏凪さん。私ね、みんなで食べた方が美味しいと思うんですっ」
つい先刻までは夏凪のペースに押されまくりだった春凪だけれど、宗親が来たことで本来の調子を取り戻していて。
いつも宗親に物申す感じで夏凪にもしっかり意見出来るようになってきていた。
そのことに春凪自身は気付いてはいないのだけれど、横にいる宗親は、実は「おや?」と思っていたりする。
(自分のスマートフォンすら取り返せずにいたわりに、うちの春凪、結構ハッキリものを言えてませんか?)
と。
(これはきっと僕が来たからに違いないですね)
そんな風にすぐ思い至るあたり、さすが自己肯定感の高い宗親と言うべきか。
そうして、その推測はあながち間違いではないからタチが悪い。
結果、ふつふつと夏凪に対する優越感みたいなものが芽生えた宗親は、フッと笑みを深くすると、「夏凪、お兄ちゃんも混ぜて欲しいな?」と、可愛い婚約者をギュッと抱きしめるようにして春凪の肩越しから、妹にそう問いかける。
いつもは「僕」のはずの宗親が、いきなり「お兄ちゃん」と自称したことに、宗親に抱きすくめられたまま、春凪は瞳を見開いた。
そうして、言われた方の夏凪は――。
「しっ、仕方ありませんわね。おっ、お兄様がそこまでおっしゃるのでしたら、混ぜて差し上げてもよろしくってよ」
と、いとも簡単に陥落されてしまう。
夏凪は子供の頃から、優しくて頭が良くて自分にはとびきり甘い歳の離れた美形の兄が大好きだったから。
夏凪には、宗親が自分のことを「お兄ちゃん」と称しながら甘くとろける砂糖菓子みたいに可愛がってくれた記憶が、今でも色濃く記憶に刻み込まれている。
宗親は敢えてそこを逆手に取ったのだ。
***
3人で、先ほどみたいにカウンターキッチンに横並びに座って。
夏凪の左横に春凪。春凪の左横に宗親。
要するに春凪を挟む形で腹黒――もとい織田兄妹がいる形。
ワイワイと、ああでもないこうでもないと談笑しながら。
3人で香り高い紅茶をお供に、ツヤッツヤにナパージュされた、宝石みたいに光り輝くフルーツがふんだんに載っけられたタルトを頬張る。
これはこれでありかな?なんて、3人ともが三者三様に思っているなんて、お互いには気付いていない。
思わぬ夏凪の襲来が呼んだハプニングだったけれど、雨降って地固まる。
宗親と春凪の婚約でわだかまりが出来たように感じられた兄妹間のちょっとした隙間は、ほぼ修復されたみたいだ。
そればかりか――。
「アタシ、初めて本当のお友達が出来た気がしますわっ」
春凪を見つめながら嬉しそうに微笑む夏凪を見て、宗親は己の結婚相手に春凪を選んで良かったと、心の底から思っていたし。
もっと言えば、春凪が自分が登場したことで本来の姿を取り戻すさまを見るのはなかなかに心地がよかった。
そうして春凪も、宗親が何だかんだ言いながらも、偽装妻であるはずの自分を心配して探しにきてくれたことを嬉しく思っていたりする。
例え偽装の夫婦でも……少しずつこんな風にお互いの距離を削って行けたならいつか。
もしかしたら――。
そんな思いを、春凪も宗親も言葉には出さず、甘い甘いケーキと共にゆっくりゆっくり咀嚼して飲み込んだ。
END(2021/06/22-7/30)
コメント
2件
腹黒兄妹(笑)
ああもう、この兄妹の腹黒バトル、最高でした…!宗親が「お兄ちゃん」って自称した瞬間の夏凪の陥落、完全に子供の頃の記憶にやられてて可愛すぎました😂 それに、春凪が宗親の登場で本来の調子を取り戻して、ちゃんと自分の意見を言えるようになってるところ、じんわりきました。偽装から始まった関係が、少しずつ本物になってく過程が尊い…。最後の3人でタルト食べるシーン、ほっこりしました🤍