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フルーディアの街の湖岸部近くまでやって来た俺達は、いよいよ魔物が巣食うエリアへと突入することにした。
ネレディ、ナディ&イザベル、ジェラルド、テオ、最後尾が俺という隊形《フォーメーション》のまま、もうもうと立ち込める灰色の霧へと順に入って行く。
俺の位置から先頭を行くネレディ辺りまでなら何とか見えるんだけど、それより先となると、まるで灰色の絵の具で塗りつぶされてしまったかのように視界が閉ざされてしまっている。
ナディ以外の全員がそれぞれ【気配察知】スキルを展開。
また柵こそ一応あるものの、すぐ隣は流れる深めの運河となっているため、足元にも気を付けながら石畳の細い道を注意深く進んでいく。
少し進んだところで一同が立ち止まった。
武器を構え直しつつ、ネレディが言う。
「……前方からレイクリザード3体に、スモールスライム1体。左からはスモールスライム2体。ずいぶん勢いよく向かってきてるわねぇ……タクト、テオ、作戦通りでいいかしら?」
「はい!」
「OKだよー!」
俺とテオはパーティーの左側を受け持つように剣を抜く。
「じゃ、ジェラルドとイザベルもそれでよろしくね!」
「「かしこまりました!」」
ジェラルドとイザベルがナディをガードするように構えたところで、魔物達が一気に視界に走り込んでくる。
魔物の姿が見えるや否や、ネレディは前方の魔物集団に切り込み、青いトカゲ型の魔物・レイクリザード2体を相手取って戦い始めた。
そして前方からの残り2体――レイクリザード1体・スモールスライム1体――が、ジェラルド・イザベル・ナディの元へと襲い掛かってきた。
初めて見る魔物に驚き怯えたナディは、イザベルにしがみつく。
「水よ散れ。そして包め、ウォーターフォッグ!」
すかさずイザベルが放った水の魔術が綺麗に決まり、スモールスライムはキラキラ光る粒子へと変わりながら、すぅーっと消え去った。
「ありがとうございます」
イザベルはナディににっこり笑いかけてから、すぐにレイクリザード1体と交戦中のジェラルドの援護に入る。
一方テオと俺とは、左側からやってきたスモールスライム2体と戦っていた。
体長50cm程のスライム達は、スラニ湿原の大人しいスライムと違い、素早さを最大限に活かして伸び縮みしつつ体当たりを繰り返してくる。
俺にとって初となる霧ステージの戦闘、しかも場所は幅3mの狭い道のため、様子見と慣らしも兼ね、1人1体ずつ担当して体当たりをかわしたり剣で受け流したり。
「どうだタクト、問題ないか?」
しばらく経ったところで、テオが剣でスライムをあしらいながら、同じく別のスライムと交戦中の俺に声をかけた。
「ああ、これぐらいなら十分いけると思う」
霧の中とはいえ近くはしっかり見えるため、そこまで他のエリアと変わらない。
しいて注意すべき点をあげるなら、ゲームと同じく「狭い道で攻撃を避けた際にうっかり運河に落ちないようにする」とか「霧で遠くが見えないので遠距離からの攻撃に気を付ける」とかだろうか。
「じゃあ、とどめ刺すぞ?」
「おう!」
俺の返事を聞いた瞬間、テオは右手の剣でスライムの体当たりを受け流し、その隙に左手で【土魔術】を発動する。
「……ランドフォッグ」
スライムはすぐに再度体当たりしてくる。
その軌道に合わせ、テオが「ランドフォッグ/土霧包」で発現した砂の球を「ほらよっ」と軽く突き出すと、スライムは自ら砂球にぶつかってしまう。
至近距離でランドフォッグの直撃を受けたスモールスライムは、砂球の破裂で広がった砂に包まれ、そして消滅。
スライムと砂球がぶつかると同時に、砂球から手を放して素早くバックステップで退避していたテオが嬉しそうな声をあげた。
俺はというと、左手の盾を残して剣を鞘に仕舞い、ぶつかってくるスモールスライムを何度もかわしながら詠唱する。
「光よ散れ。そして包め……ライトフォッグ」
詠唱に応えるように、俺の右手に光の球が現れる。
直後に体当たりしてきたスライムを避け、すぐにその後ろ姿へ向け「やっ!」と思いっきり光球を投げつけた。
光球は瞬時に弾け、淡く白い光が魔物の体を覆うと同時に染み渡っていく。
スライムは苦しそうにぷるぷる震えながら粒子に変わり、そして消え去った。
俺が小さくガッツポーズをしたところ。
背後から呆気にとられたようなネレディの声が聞こえた。
振り返ると、既に戦いを終えていた他の面々が、いつの間にか集まってきていた。
「……初めて見たわ……あ、もちろんタクトが勇者だってのを疑ってたわけじゃないんだけど、実際に目にするってなると……やっぱりビックリしちゃうわね」
ネレディは上品に微笑んだのだった。
引き続き、ネレディ、ナディ&イザベル、ジェラルド、テオ、最後尾が俺という隊形《フォーメーション》のまま、灰色の霧の中心部を目指していく。
襲い来る魔物達との戦闘を繰り返しつつ、常時【気配察知】スキルを展開した状態で注意深く進んでいくと――
――ようやくフルーユ湖の前へと到着した。
柔らかく流れる水音だけは聞こえてはくるものの、湖面部分は特に濃い霧で閉ざされてしまっているため、現在は湖の姿自体を見ることができないようだ。
何かを探すように、辺りをきょろきょろ見回すイザベル。
「えっと……あ、これです! この橋から、島に渡れるはずですよ」
イザベルが前方を指す。
彼女が指した方向をよくよく見ると、霧の向こうへと続くように橋が延びていた。
「確か島のほうが魔物が強くなるって話だったわね。気を引き締めていきましょう」
ネレディの言葉に一同はうなずき、そして引き続き慎重に橋を渡っていく。
かろうじて橋の手すりが左右に見えていることから、何とか島の方向を目指せてはいるのだが、それがなければどこを歩いているかすら分からない状況だっただろう。
俺は不思議な気分だった。
視覚的にはまるでふわふわの雲の中を歩いているかのように思えるのにも関わらず、歩を進めるたびにブーツ越しに感じる橋面の感触はしっかりと固いのだから。
しばらく進んだところで、遠くのほうにうっすら木々の影が見えた。
近づけば近づくほど、その輪郭はハッキリしてくる。
そして同時に、戦闘中の冒険者だと思われる声が多数聞こえてきた。
魔術を詠唱したり、仲間に指示を出したり。
島に上陸したところで、ネレディが溜息をつく。
「……聞いてはいたけれど、結構な数の冒険者がいるみたいねぇ。どうする?」
「そうですね……やっぱり実際に見ないと分からない部分もあると思いますし、とりあえず、現在の島の状況を確認してもいいですか?」
ほんの少し考えてから俺が答える。
真っ先にテオが「さんせーいっ!」と手を上げ、続いて他の面々も同意した。
島自体は外周2km程度とそこまで広いわけではなく、遭遇した魔物達との戦闘を何度か挟みつつでも、俺達は約1時間で十分に全体を見て回れた。
確かに街にいた魔物よりも、島の魔物のほうが強くはあった。
だが今の俺達にとっては、大した脅威ではなかった。
肝心のボスが居ると思われるエリア――魔力増幅の中心部――には、特に多くの冒険者達がたむろっていたため、他の冒険者達に見られずにボスを探すのは厳しいのではないか。
そんな結論に達した俺達は、時間を置いて出直すことに決めた。
いったん灰色の霧の外に出て、フルーディアの街の中にあるというネレディ所有の別荘に向かう。
別荘は橋のすぐ近くであり、窓からは、先程まで潜っていた霧のエリアを間近から見上げることができた。
俺とテオは別荘の客用寝室を借り、しばらく仮眠をとる。
よく眠るナディと、彼女の護衛としてジェラルドとイザベルを別荘に残し、俺・テオ・ネレディの3人だけで改めてフルーユ湖を目指すのだった。