日付けも変わった深夜。
いったんネレディの別荘で仮眠をとった俺・テオ・ネレディ。
ネレディの娘であるナディと、彼女の護衛として執事のジェラルド・メイドのイザベルを別荘に残し、再度フルーユ湖へと向かう。
しんと静まり返った深夜の街には、昼間と違って冒険者達の姿は無い。
聞こえるのはサラサラ流れる水音と、自分達の足音だけ。
曇りがちな空の下、雲の隙間からこぼれる淡い月明かりだけを頼りに、俺達は言葉少なに石畳の細道を歩き、灰色の霧のエリアへと突入。
月明かりすらも遮られてしまう霧の中を照明無しで歩くのは厳しかったため、テオのファイアオーブで辺りを照らしつつ、フルーディアの街の湖岸部から橋へ、島へとゆっくり進んでいく。
そして目的の場所へと到着。
ここもゲームと同様、周りを林に囲まれている開けた草原となっていた。
スキル【気配察知】を常時展開した状態ではあったが、念のためにあたりを確認。
一通り調べ終わったところでネレディがつぶやく。
「……さすがに深夜ともなると、他の冒険者はいないわねぇ」
「ですね。これなら遠慮なくボスを探せます」
と俺が答えると、テオが待ちきれなさそうに言う。
「そんならチャチャッと探しちゃおうぜ!」
「おう! では打ち合わせ通り、ネレディさんは見張りをお願いしますね」
「ええ、任せてちょうだい!」
ここへ来るまでの道中にも、魔物はかなり襲ってきた。
また他の人達が来てしまう可能性だってあるだろう。
いったんネレディに周囲の警戒を任せ、俺とテオでボスを捜索し始める。
霧の中、草原を注意深く観察した俺は、事前に攻略サイトで調べておいた目印の大木を見つけた。
大きな木の幹の中ほどから伸びているのは、妙にうねうねと曲がった枝。
俺は目印の木に近づき、その特徴的な枝の根元に立つ。
幹を背にしてから、ゆっくり12歩歩いたところで立ち止まった。
足元に目をやる。
一見すると他と変わりない、草原の1ヶ所に過ぎない只の地面。
ゲームではこの地点を『調べる』と、ボスとの戦闘に突入するのだ。
なおゲームにおいても、フルーユ湖の浄化方法は長らく謎のままであった。
しかし、魔王討伐そっちのけで大陸の端から1歩ずつ全ての地面や壁などをぽちぽちとボタン連打しながら調べていった有名プレイヤー、通称『ブレリバの伊能忠敬』がフルーユ湖を調査した際、ここにボスが居るのを発見。
攻略サイトでの彼の報告は、多くのプレイヤーへと衝撃を与えた。
ゲームで地面を調べる際は、ボタンで『調べる』コマンドを選ぶだけだが、現実ではそうもいかない。
前にエイバス近隣の森で愛用のマントを入手した際と同じように、俺は地面を掘ってみることにした。
「んじゃ、俺はここ掘ってみるから、テオは明かりをよろしくな!」
「OK!」
このためにエイバスの道具屋で買っておいた金属スコップを【アイテムボックス】から取り出し、俺は慎重に少しずつ地面を掘り始めた。
穴を掘る俺の手元をファイアオーブで照らしつつ、テオが言う。
「……なぁ、いまさらだけどさ。ホントにこんなとこに居るのか?」
「たぶん?」
「あいまいだなー」
自信なさげな返答に、思わず笑ってしまうテオ。
俺もつられて笑顔になる。
「しょうがないだろ、俺だってまだ実際に見たわけじゃないんだし。ま、だからこそ、こうやって確かめに来てるんだって」
「そうなんだけどさ~――」
テオの言葉を遮るように、俺が大きめの声を出した。
喋りつつも地面を掘り進めていたところ、サクッとスコップを入れた所から、黒いガスのようなものが小さく噴き出したのだ。
灰色の霧よりも明らかに黒いガス状の物質には見覚えがあった。
パッと穴をのぞき込んだテオも驚いた表情になる。
しばし穴の様子を観察した後、俺達2人は顔を見合わせ、うなずき合った。
身構えるテオ。
俺はふぅっと深く深呼吸する。
そして穴を広げるように、ゆっくりとスコップを入れると。
スコップを入れた先から、噴き上げるように凄い勢いの風の渦が巻き起こった!
風の直撃を食らいそうになる俺だったが、すんでのところでテオに引っ張られ、10mほど後ろに下がれた。
「……わりぃ」
強烈な風と、風によって起き続ける衝撃波がおさまらぬ中。
バランスを立て直した俺が足を踏ん張りつつ、横にいるテオに声をかけると、「おうよっ!」という軽い答えが返ってきた。
ハルバードを携えたネレディが衝撃波から身を守りつつ、急ぎ足で俺達へと合流。
俺が「ええ」と、テオが「だいじょぶだよー」と返事すると、彼女は「ならよかった」と安心した表情を見せたものの、すぐに緊張した顔つきへと戻る。
「で……いったい何が起きたの?」
とネレディは、風の渦の中心部へ目をやった。
風や衝撃波や吹き上がる土や草などに遮られてハッキリとは見えないが、そこには“大きな何か”が浮き上がり、そしてそれを包む黒いガス状の物質が、次第に不吉な感じのオーラへと変化していく。
「地面を掘ってみたら、いきなりアイツが出てきたんですよ」
「そう。じゃあ、アレが例の?」
「おそらく……フルーユ湖のダンジョンボス、ヒュージスライムだと思います」
俺が言い終わったのと時を同じくし、すぅっと衝撃波が収まる。
先程まで風が渦巻いていたその中心には。
黒紫の禍々しいオーラにつつまれた大きな大きな巨大スライムが、不気味にグネグネと動きながら浮いていた。
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